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プロテクトされたコンテンツを気持ちよく買えますか?

2003/09/03

 日経バイトの2003年9月号で著作権保護に関する技術を取り上げた。著作権がカバーする範囲は広いが,今回は,音楽や映画などのデジタル・コンテンツを著作権侵害から守る技術にフォーカスした。

 不正コピーは古くからある問題だし,これに対してコピー・プロテクトをかけるというのもまた古くからある対策だ。ところが一ユーザーとしては,コピー・プロテクトが施されたものを買わされることに,ある種の不満というか,窮屈で釈然としない思いを持ってしまう。そこで,こうしたユーザーの気持ちをどうにかする技術的な解決策はないものか,調べてみたいと思ったのが,今回の特集の動機だ。

 取材して感じたことは,DRM(Digital Right Management)やコピー・プロテクトなどの技術を前面に打ち出して著作権保護を推し進めることは,結果的に市場を狭めることになるのではないかという懸念だ。「不正コピーは絶対許さない」というアプローチは,イソップ物語の「北風と太陽」で言えば北風の手法といえるだろう。筆者は,北風の手法を強めていくと,コンテンツを求めるニーズそのものまでも弱めてしまうように思えるのだ。

エア・チェックがヘビー・ユーザーの下地を作った

 ちょうど20年ほど前になる。当時,高校から大学にかけての間,筆者はFM番組のエア・チェックに励んだ。部活の帰りに買い食いするパンや飲み物にほとんどの小遣いは消えていったので,レコードやCDを買う余裕がなかったからだ。FM番組の情報誌を詳細に調べ,ラジカセのポーズ・ボタンの押し離しに命を賭けていた。それ以外に,聞きたい曲を手元に残す方法がなかったからだ。1曲をフル・コーラスで流してくれる番組は,神のような存在だった。

 ラジオ番組を通じて音楽をカセット・テープに録音し,それを自分で楽しむのは私的複製の範囲とされており,著作権の侵害には当たらない。私的複製は,著作権が及ばない例外(著作権法で規定されている)であって,ユーザーの権利ではない。だから,大っぴらに振りかざせるものではないが,この範囲であればカセット・テープに録音(コピー)した音楽を堂々と楽しめた。

 でも,いつしかそんなことはしなくなっていた。大学に入ってアルバイトを始めて可処分所得が増えてからは,目に見えてエア・チェックなんかしなくなった。半面,所蔵する音楽CDは増えていった。最近では,1回に5〜6枚をまとめ買いし,「昔のオレなら卒倒するような買い方だな」と思うようになっていた。

“欲しい”という気持ちを萎えさせたCCCDのメッセージ

 昨年夏,いつものようにレコード店で自分の好きなバンドの新譜を見つけたとき,これまでに味わったことのない,何ともいえない窮屈な,釈然としない気持ちに襲われた。その新譜がCCCD(Copy Control CD)だったからだ。

 CCCDはコピー・プロテクトをかけたCDであり,2002年3月に登場した。その前後には,多くのメディアがCCCDを取り上げたが,筆者自身はあまり切実なものとは考えていなかった。音楽CDからデータを吸い上げて,パソコンに保存することにまったく興味がなかったからだ。

 CD-Rドライブがパソコンの周辺機器として急激に普及し始めた1996年ころ,筆者は,当時所属していたパソコン雑誌でよくCD-Rの記事を書いた。その際,音楽CDからのリッピング(データの吸い上げ)も何度か試してみたが,意外と時間がかかる。データの音量レベルがまちまちだったり,ライブ演奏だと拍手や歓声が途切れたりと,ちゃんとした音楽CDとしてCD-Rに焼こうと思っても,意外とできないか,できても手間がかかるのだ。

 このような経験があったため,音楽CDをパソコンにコピーする自体がとても面倒なこと=仕事でもなければとてもやってはいられない(考えてみれば不思議な認識だ)ことと,モノグサな筆者の頭には刷り込まれている。だから,音楽CDからコピーできなくなると言われても,世の中が騒いでいるのを野次馬として眺めるという心境だった。

 だが,そのパッケージを見たとき,そうしたノンビリした気持ちは吹っ飛んでいた。パッケージには「パソコンでコピーできません」という強烈なメッセージが踊っている。筆者はパソコンにコピーするつもりはないのでCCCDだからといって特に何が変わるというわけではない。だが,このメッセージからは,パソコンにコピーしようとする行為や人が悪であるというだけでなく,そのCDを所有しようとする筆者自身もそうした行為をやりかねない人間であると決めつけられているような感じが伝わってきた。

 結局,そのCDは買わなかった。このイヤな感じばかりが理由ではないのかもしれない。だが,やっぱりパソコンではコピーできないというメッセージを見た瞬間,「ならいらない」と平積みされた山に戻してしまったのである。いらないと思えるCDだったからではないか,と問われればそうなのかもしれない。でも,CCCDでなければ買っていたはずという気が今でもする。このように,CCCDであるがために売り逃しているケースは,結構あるように思う。

 果たして,買う側に“釈然としない気持ち”を感じさせる商品が,長期に渡って購入者から支持を得られ続けることができるのだろうか。購入者に「ああ,いい買い物をした」と思わせることと,著作権をしっかり守るプロテクトの実現は,けっして両立できないことではないだろう。コピー・プロテクトは,もっと購入者の目線や感情を意識し,反発なく受け入れられるような手法で実施すべきではないだろうか。

 私は著作権を守るべきと考えている。だがそれ以上に,おもしろいコンテンツを気持ちよく買って,楽しみたいのである。

(仙石 誠=日経バイト)

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