「せっかく苦労して構築したシステムなのに,ユーザーがうまく活用できていない」──。システムの開発に携わる方であれば,このような悩みを一度は持ったことがあるだろう。システムの使い勝手の悪さや機能不足といった開発側の問題ということもあるが,現場の社員が情報を入力してくれない,あるいは蓄積した情報を活用しようというマインドがないといったユーザー側の問題であることが多い。

「笛ふけど,現場動かず」を防ぐには

 筆者が担当する日経情報ストラテジーでは,IT戦略を立案する立場の方々に取材する機会が多いが,実に多くの企業が似たような悩みを抱えている。「収益向上を狙ってシステムを導入したのに,想定通りに業務の現場が動いてくれないので効果が表れてこない」という悩みである。

 なぜ,「笛吹けど,現場動かず」という状況に陥るのか。根本的な原因は,情報システムの変質にある。ERP(経営資源の統合管理)やCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)に代表されるように,最近のシステムは既存業務を効率化するだけでなく,業務プロセスの改革を伴うものが多い。こうしたタイプのシステムでは,単にシステムを導入しただけで効果が表れるわけではない。現場の社員が新しい業務プロセスに基づいて行動しなければ,想定した効果は得られない。

 では,どうすれば,現場が動いてくれるようになるのか。この答えは,導入効果が全社員に「見える」ような仕組みを作ることだ。しかし,だからといって,全社の売り上げや利益を毎月,公開すれよいというわけではない。経営環境が悪ければ,どんなに良いシステムを入れようが売り上げは下がるし,導入効果が売り上げや利益といった財務指標に結び付くまでには時間がかかる。

 このヒントにしていただけるような特集を日経情報ストラテジーの9月号と10月号(8月24日発売)に掲載したので,エッセンスを紹介しよう。

 ITの投資効果を測定するためのポイントは,(1)システム起案時に定量的な効果を報告することを制度化する,(2)その際,効果が経営と直結するように適切な指標を打ち立てる,(3)導入後に本当に効果を検証する──の3つである(9月号の特集1「IT投資効果の測定術」より)。

 このなかでも,重要なのが(2)の指標作りだ。いくら効果の報告を制度化しても,経営戦略とかけ離れたものでは意味がない。また,省力化で人件費が削減できるという場合でも,実際に人を減らせなければ意味がない。

 システム導入の最終的な目標は売り上げや利益といった財務指標になるはずだが,これでは導入効果を直接測定することは不可能。そこで,財務指標に影響を与える中間指標を導き出し,これをシステムの導入効果と位置付けることが欠かせない。

 例えば,リコーは今年3月から,バランス・スコアカード(BSC)に似た「SCN(Strategic Capability Network)」(開発は米IBM)という戦略策定手法を利用している。この手法に基づいて,システム構築に関する中間指標を作り,効果を測定している。

 SCNの中核となるのは,BSCの「戦略マップ」に似た図。例えば,「製品在庫の削減」という効果目標があれば,そのために不可欠な「リードタイム短縮」を矢印でつなぐ。さらに,リードタイムを短縮するには,大口顧客から大量の製品(複写機やプリンタ)を受注した際に即納することが重要なので,「販売側が需要をありのままに伝えられることが必要」といった具合に分析を進める。

 こうして,因果関係を洗い出して,最終的な目標に大きな影響を与える中間指標を導き出し,導入効果の指標とするのだ。

業務の「可視化」で効率化を加速

 もう1つのポイントは,情報システムの上でこなしている業務を「可視化」することだ(10月号の特集1「見えれば,変われる! 新経営管理システム」より)。業務全体のなかに,どんな業務プロセスがあるかを徹底的に洗い出し,誰がどんな手順でどのくらいの時間をかけて処理しているかを分析する。これが分かれば,仕事の現場を見渡しただけでも業務全体の進ちょく状況やボトルネックの個所が見えてくる。

 当たり前のことのようだが,実はこれが徹底できていない。工場のラインをはじめとする生産現場であれば,業務プロセスや手順,および処理時間などを把握しているだろうが,営業や企画,設計,間接部門などの非生産現場では,同じような仕事でも人ごとに違う手続きで処理するなど属人的になっていることが多い。

 こうした手法は一見,ホワイトカラーの業務には適用できなさそうに見えるが,実際に取り組んで成果を上げているところもある。例えば,農業専門の金融機関である長野県信用農業協同組合連合会(長野県信連)では,基幹系システムを再構築する際に業務の可視化に取り組んだことによって,優良顧客を獲得したり,顧客本位のサービスを開発するといった成果を生んだ。

 長野県信連が実践した手法の特徴は,「業務の現状を表すオペレーショナル・モデル」を作成するチームと,「理想のビジネス・モデル」を検討するチームの2つを作り,両者のギャップ(食い違い)を徹底的に検証した点だ。それぞれの業務モデルは,大分類から,現場の作業単位である「アクティビティ」まで4階層に分け,ひたすら分解している。オペレーショナル・モデルの最下層に位置するアクティビティは,2700にも上った。

 この一連の作業を実施することによって,「やるべきなのにやれていないこと」「必要がないのにやっていること」「今後やるべき優先順位」が明確になるのだ。対策の優先順位を明確にして,業務の現場に伝えられれば,日常の行動に結びつけられる。現場の作業レベルまで洗い出しているので,職員の1人ひとりが自分がすべきことを把握できるのである。

 リコーや長野県信連の事例に見られるように,新規のシステム導入で効果を生み出すためには,業務の現場にいるユーザーに対して,明確な目標を与えることだ。一般的にシステム導入の目的というと,顧客満足度の向上や在庫の削減といった全社レベルの目標を掲げがちだ。しかし,これでは現場は動かない。全社レベルの目的を徹底的に分解して,現場レベルの目標にひも付けないと,「笛ふけど,現場動かず」の状況に陥ってしまうのだ。

(吉川 和宏=日経情報ストラテジー副編集長)