ADSL(非対称デジタル加入者線)やFTTH(Fiber To The Home)などのブロードバンド回線を使って,デジタルCS放送などで放送されている番組を配信する多チャンネル放送事業(有線役務利用放送事業)に参入する動きが相次いでいる。こうした通信回線を使う放送事業は,2002年1月に施行された「電気通信役務利用放送法」によって可能になったものである。

 すでにソフトバンクグループの「ビー・ビー・ケーブル」(BBケーブル)が有線役務利用放送事業者となり,ADSL回線を使って多チャンネル放送を行っている。また,デジタルCS放送「SKY PerfecTV!」を運営するスカイパーフェクト・コミュニケーションズの全額出資会社「オプティキャスト」がNTT東西地域会社の光ファイバ映像伝送サービスを使って,さらにKDDIが東西NTTの光ファイバ(ダーク・ファイバ[用語解説] )を使って,それぞれ2003年秋以降にサービスを開始する計画だ。

 加えて2003年8月4日には,インターネット・サービス・プロバイダ(ISP)のぷららネットワークスなど6社も,東西NTTのFTTHサービス「Bフレッツ」などの利用者を対象に,多チャンネル放送の実験サービスを行うと発表した。12月の本放送開始を目指している。

CATVの“有望市場”に新規参入者がなだれ込む

 こうした動きに対して,これまで自前で放送用ネットワーク(光ファイバや同軸ケーブルで構成)を構築して多チャンネル放送(有線テレビジョン放送)事業を手がけてきたケーブル・テレビ(CATV)事業者が危機感を募らせている。

 特に新規参入者のオプティキャストは,光ファイバ回線を使って集合住宅にデジタルCS放送の番組だけでなく,デジタルBS放送やデジタル地上波放送の番組も配信する計画だ。しかも東西NTTと提携して,同じ光ファイバ回線を使ってインターネット接続と放送サービスをセットで加入者に提供する見通しである。

 こうなれば,見た目はインターネット接続と多チャンネル放送などのサービスを提供している現行のCATV事業とほとんど差がなくなる。当初は集合住宅に限定したサービスとはいえ,「自前のコミュニティ・チャンネルを配信しているかどうかの違いぐらいしか残らない」(CATV関係者)という。

 これまでCATV事業者は,地域独占の形で成長を続けてきた面がある。この不況下にあってもCATVの多チャンネル放送の加入者数はここ数年,年率で10%以上の伸びを示している。言い換えれば,こうした市場は競争激化にあえぐ通信事業者などにとって,新規参入の“有望市場”となる。有線役務利用放送事業への参入が相次ぐ背景には,こうしたCATV事業の状況もある。

「数年後には淘汰される事業者も出る」との見方も

 一方,CATV業界は日本の高速インターネット市場において,最大伝送速度が10Mb/sといったCATVインターネットの提供で先行しながら,後発のADSLインターネットに市場を席巻された苦い経験がある。

 それでもCATV事業者にとっては,経営を揺るがすまでには至らなかった。しかし今後は,「本丸」といえる多チャンネル放送で本格的な競争にさらされる。CATV業界には,「現時点ではサービスの品質や提供コスト,エリア展開などの面で優位性がある」という声が多いが,「数年後には,地域によって,淘汰されるCATV事業者が出る」との見方も出始めた。

 有線役務利用放送の登場によってCATV業界は,「保護の時代が終わり,大競争の時代に突入する」(CATV関係者)。日本でも,米国のように大規模なCATVの業界再編が進む可能性がある。場合によっては,通信事業者などを含めた形での合併や事業統合に発展することも考えられるようになってきた。

(渡辺 博則=日経ニューメディア副編集長)