深夜のテレビで,実演付きの通信販売番組を見たことがある人は少なからずいるだろう。お腹を引っ込める器具とか,ジューサーとか,車の傷を目立たなくする塗料とかいろいろなものを扱っている。中にはテレビを見て,さっそく電話で注文した人もいるに違いない。

 買う買わないは別として,この深夜の電話を受けるオペレータはどこにいるのか考えたことがあるだろうか? ヘッドセットを付けたオペレータが大部屋に居並んで,パソコンに向かっている――こうしたイメージを持った人は正しい。ところが,ブロードバンド回線の普及とIP電話技術によって,こうしたイメージは変わり始めている,というのが今回のお話である。

午前1時。コール・センターはにぎわうが・・・

 通信販売で電話を受けて受注業務をするオペレータが集まっている設備を「コール・センター」と呼ぶ。電話のコール(呼)を扱うセンターというわけだ。電話を受けるだけでなく,電話をセンターからかけて商品/サービスの売り込みをする場合もある。

補足:前者を「イン・バウンド」,後者を「アウト・バンド」と呼ぶ。

 テレビ通販では,コール・センターへの電話はテレビ放映直後がピークで次第に減っていく。ジュピターショップチャンネルによると,深夜であれば午前0時から2時がピークになるという。日中のピークとあまり変わらない本数の電話がかかってくることもある。しかし,3時や4時になるとほとんど電話が来なくなる。

 ピークをさばくためには,それなりのオペレータを用意しておかなくてはならない。コンサートなどのチケット購入であれば,電話がつながるまで何度もかけるだろうが,テレビを見て,そのときの勢いで買ってもらおうというテレビ通販では,何度も電話をかけ直してくれることは望みにくい。電話がつながらなければ,購入をあきらめてしまうかもしれない。

 そこで深夜であっても,一定数のオペレータを確保しなくてはならない。ところが勤務条件が厳しいため,採用が難しい。また多人数が必要なのは,午前2時ごろまでだが,公共交通機関がなくなっているため,帰ってもらうわけにもいかず,朝まで手当を払わなくてはならない。結局,コスト高になってしまうのである。

電話の先はインターネット経由お隣さん?

 こうした現実に対して,コール・センターのシステムを提供するベンダーは「バーチャル・コール・センター」という提案をしている。

 バーチャル・コール・センターという用語は7,8年前から使われていた用語だが,今は当時と若干違う意味で使われている。当初はコール・センターを分散させたものをそう呼んでいた。分散させたとはいえ,センターには少なくとも数十席規模の設備を用意する。

 ところが今のバーチャル・コール・センターは,それぞれの拠点はもっと小規模なものである。オペレータの自宅や数人規模のオフィスをコール・センターとして使う。これを実現可能にしているのが,IP電話の技術だ。わざわざセンターまで出かけなくても,自宅や自宅近くのマンションの1室などで仕事ができるようになる。

補足:ここでの「IP電話」はVoIP技術を用いた電話という広い意味で使っている。

 注文者がセンターにかけた電話は,自宅でスタンバイしているオペレータに転送される。その際に,通常の電話回線を使わずに,インターネット接続回線を用いてIP電話の形でオペレータの自宅に転送する。電話機は,BBフォンなどのような個人向けIP電話サービスのように通常の電話機を使うのではなく,専用の電話機を使ったり,パソコンにヘッドホンとマイクを付けて利用する。ADSLなどの常時接続回線によって,センターでIP網に乗せられた音声が自宅まで届くようになった。

 センターに集めていたオペレータを,センターに集めずに自宅などで作業してもらう形になる。理屈の上では,インターネット接続回線を用いずともセンター側から自宅に電話をかければ,こうした形態は可能だ。実際に後述するようにジュピターショップチャンネルはISDNで実現している。しかし,既存の電話を使っているのでは,電話は通話時間にともなって電話代がかかってしまう。それであれば,センターで電話の大口契約をして,電話代を安くした方がよい。あるいは,ここで述べているようにインターネット接続回線を利用してのIP電話の導入である。これによってバーチャル・コール・センターが実現できる。

 こうしたバーチャル・コール・センターによって,あなたの注文はもしかするとあなたの隣の家で受け付けられるかもしれないのだ。

需要増減に応じられるバーチャル・コール・センター

 バーチャル・コール・センターによって,得られるメリットはピーク時対策だけではない。7月31日に筆者が司会を務めた,次世代コール・センターについてのパネル・ディスカッションでは,ベンダー3氏にパネリストとして参加いただいた。

補足:IPテレフォニーと次世代コールセンターの活用法』と題して,コスモコム ジャパン ゼネラルマネージャー兼アルファコム 代表取締役の中尾修氏,日本アスペクト・コミュニケーションズ ソリューションビジネス マネージャーの澤村大介氏,日本アバイア プロダクトマーケティングシニアマネージャの輿石伊佐央氏が参加した。

 その議論の結果,次の4点がバーチャル・コール・センターのメリットとして挙がった。

1.(ピーク時対策を一般化した)需要の増減に応じたオペレータ割り当て
2.音声サーバーの統合によるコスト削減メリット
3.オペレータの世界規模での分散配置
4.経験あるオペレータの有効活用

 まず1についてであるが,コール・センターにかかってくる電話は,明け方のようにほとんどなくなる時間帯もある。大物アーティストのコンサート・チケット発売で午前10時にピークを迎えることもある。バーチャル・コール・センターであれば,例えば1時間単位でオペレータの人数を調整することができる。わざわざセンターに来てもらって,1時間とか2時間だけの作業は募集しづらいが,自宅であれば1時間や2時間といった単位で就業してもらうことも可能だ。

 2については,これまでは例えば,東京と大阪にセンターを分散したとしても,多量のコールを扱うために大規模な電話交換機が必要だった。それを1カ所のサーバーに集約することができるため,電話交換機の運用管理コストを削減することができる。企業の電話のIPセントレックスによるPBXの運営コスト削減と同じようなものである(関連記事)。

 3については,米国ではフィリピンにセンターを置いている企業もあるという。日本でも,地球の反対側のブラジルで日系人に日本時間深夜のオペレータをやってもらうとか,時差は利用できないにしても中国やオーストラリアでオペレータを確保するといったこともあるようだ。しかし,日本人は言葉のなまりにセンシティブなため,成功しているという話を聞かない。海外にセンターを置いて成功しているという事例があれば,ぜひ教えていただきたい。

 分散はもちろん海外だけではない。国内でも,ある意味でそこらじゅうがセンターになる。コール・センターとしてのオフィス・スペースを含めた設備を用意しなくても,個人宅で就業してもらえるからだ。

センターに出勤できないベテランを活用

 4については,2つの側面がある。1つは,例えばメーカーだったら,工場の現場のベテランが顧客サポートの電話に出るといった活用法である。製品に対する細かい問い合わせは,コール・センターのアルバイトの人では対応しきれないこともある。そうした場合には,従来はいったん要件を聞いて,当該部署に問い合わせて,回答する形を取ることになる。

 しかし,バーチャル・コール・センターの仕組みを応用して,現場のベテランが顧客サポートの電話に出ることも可能だ。問い合わせをしてきた人には,コール・センターから現場の工場に電話が回ったことを気づかせずに,対応できる。もちろん,あらゆる問い合わせが現場に行っては,現場は本来の業務どころではなくなる。ベテランでしか答えられないような問い合わせだけを振り分ける仕組みが当然必要になる。

 もう1つは,例えば出産で休職/退職しているベテランの在宅勤務での活用である。コール・センターから電話をかけて商品/サービスを売り込む場合には,やはりオペレータのセールス・トークが成約率の鍵を握る。ベテランと初心者では売り上げに大きな差が付く。バーチャル・コール・センターで在宅勤務ができるようになれば,ベテランに1日に1時間でも働いてもらうことも可能になる。

課題は顧客情報の保護

 こうしたメリットがあるバーチャル・コール・センターだが,IPベースの導入事例はまだないようだ。パネル・ディスカッションでは新興の航空会社,米JetBlue Airwaysの例が披露されたが,同社はアナログ回線を用いている(ご存じのように米国では市内通話を定額料金で利用できる)。JetBlue社の約700人のオペレータはすべて在宅ベースで業務をしているという。

 国内では,ジュピターショップチャンネルがISDNを使ったバーチャル・コール・センターを実現している。オペレータの自宅にISDNを引く。ISDNが2チャネル同時に使えることを利用して,1チャネルをパソコン接続,もう1チャネルを音声で使っている。ブロードバンド回線で在宅勤務というのはこれから広まるようだ。

 パネル・ディスカッションでは,残念ながら時間切れで踏み込んで議論できなかったのだが,導入にあたっては,顧客情報をどのように保護するのか,今まで以上に考慮しなくてはならなくなるだろう。個人宅のパソコンに顧客情報が表示されるようになるからだ。

 大部屋式のコール・センターであれば,センターから顧客情報を持ち出さないというルールで運用できた。ところが個人宅がバーチャル・コール・センターの一部となると,監視というわけにもいかなくなる。

 技術的には,画面をデータ形式で保存させないようにするだけでなく,画面のスクリーン・ショットを取れないようにするとかいった工夫が必要だろう。とはいえ,デジタル・カメラを使えば,いくらでも情報を保存できてしまうわけで,絶対的な保証はない。雇用契約時に,顧客情報の保護について明示するとともに,違反時に罰則を設けるなどの制度的な対応が必要になるだろう。

 このように解決すべき課題はあるものの,バーチャル・コール・センターは新しい可能性を見せてくれる。定期券の利用者が減少していることに端的に表れているように,雇用形態は多様化しつつある。IP電話によって,企業と働き手とがこれまでにない関係を持てるようになると言えるだろう。

(和田 英一=IT Pro副編集長)