「仕事を任せきることができるベテランの人員は少ないし,開発予算,期間はともに縮少傾向。なかなか要件が決まらない案件も多い。これでプロジェクトがうまくいく方が,不思議だと思いませんか」。プロジェクトマネジメントに関する特集(日経ITプロフェッショナル8月号に掲載)で取材した,あるプロジェクトマネジャ(36歳,大手インテグレータ勤務)の言葉である。

 実際,予算の減少や短納期化,ITの高度化と複雑化など様々な要因が重なり,システム開発プロジェクトを巡る環境はここ数年,悪化の一途をたどっていると言ってもいい。だがプロジェクトマネジャやリーダーにとっては,「困難だからできません」では,済まされない。厳しい逆風に立ち向かい,(メンバーにはつらい顔を見せず)何とかしてプロジェクトをやり遂げなければならない。

 そのためにマネジャやリーダーは,何をすべきなのか。今回の特集ではそれを明らかにするために,数々のプロジェクトを成功させてきたベテランや,開発プロジェクトの実態に詳しいコンサルタントたちへの取材を重ねた。その結果分かったのは,PMBOK(Project Management Body Of Knowledge)をはじめとする標準的なマネジメント手法を理解し,「リスクマネジメント」と「人材マネジメント」をきちんと実践する必要があるということだった。

 特集ではそのためのアプローチや鉄則をまとめたのだが,ここで書こうとしているのは別の話だ。それは「プロジェクトマネジャやリーダー自身が,プロジェクトを失敗に導く原因になっているケースが意外に多い」という“事実”である。

プロジェクトマネジャ,リーダーが失敗原因に

 いくつか例を挙げよう。まずは問題解決をメンバー任せにするマネジャのケース。Webシステム構築プロジェクトのプロジェクトマネジャであるA氏の口ぐせは,「それは君たちの役割でしょう」というものだった。プロジェクトでは工数見積もり,要件定義などに関して顧客との間で様々な問題が発生したが,その際の試算や交渉はすべてメンバーまかせ。A氏は,メンバーの誰かに「やっておいて下さい」と指示するだけだったという。

 もともと基幹系など大規模システムを手がけてきたA氏の考え方は,「プロジェクトマネジャの仕事は本来,進捗状況などの管理や仕事の指示をすること。実務はメンバーに任せる」というもの。しかしサブリーダーなどがしっかりしている大規模プロジェクトならともかく,1人で複数の役割を求められることが多いWebシステム構築プロジェクトでは,同じようにはいかない。いわばサブリーダー(実質的な意思決定者)不在の状態に陥り,スケジュールはどんどん遅れてしまった。

 続いては,メンバーの役割や仕事の指示をはっきり示さないB氏の例。B氏がプロジェクトマネジャを務めたCRMシステム構築プロジェクトでは,テスト直前に大幅な仕様変更が発生し,対応に追われていた。2人のSEがサポート・メンバーとして加わったが,再設計が遅々として進まない。サポート・メンバーの1人,H氏が仕様変更への対応をせず,テスト・データの作成を手伝っていたためだ。

 B氏はH氏に対して,「仕様変更のせいでスケジュールが遅れている。周りのメンバーと相談して対応してほしい」とは伝えたものの,具体的な作業を指示していなかった。H氏は「懇意にしていた先輩SEからテスト・データの作成を手伝ってほしいと頼まれたので,それに従った」というわけである。

 指示漏れに気づいたB氏は,H氏にあわてて設計を手伝わせたが後の祭り。納期は大きく遅れることになった。自分の仕事をB氏に確認しなかったH氏にも,もちろん落ち度はある。だが仕事の内容を,明確な言葉や文書で伝えなかったB氏の責任はより大きい。

 取材では,スケジュールの遅れを取り戻そうと,メンバーにただ「早くやれ」とプレッシャをかけ続けるマネジャが増えているという話も聞いた。プレッシャをかけること自体が悪いわけではない。スケジュールが遅れに遅れ,プロジェクトが危機的な状況にあるとき,またメンバーが自分の責務を果たそうとしないようなときは,あえてプレッシャをかける必要はあるだろう。

 しかし遅れた理由を考慮せずに,ただ「早くやれ」ではメンバーはモチベーションを維持できない。SEをしていたときに優秀だった人ほど,チームのメンバーの仕事がなぜ遅いのかが理解できない傾向がある。そういう人がプロマネに就任した直後にやみ雲にプレッシャをかけるようなことが起こりがちだ。しかし「根本原因に着目せず,プレッシャをかけるだけでは,上手くいくことは少ない」(プロジェクトマネジメントのコンサルティング・サービスを提供するクロスリンク・コンサルティングの拜原正人代表取締役社長)。

自分の仕事の進め方を振り返るべき

 上記3つのケースはやや特殊な例かもしれない。だが,プロジェクト・チームに関するコンサルティングを行っているザ・ネットの清水康雄社長によれば,プロジェクトを失敗させるプロジェクトマネジャやリーダーの典型的な症状があるという。おおまかに列挙すると次のようになる。

・システムが抱える技術的な問題を明確に把握していない。
・要件定義の内容のチェックは,すべてメンバーにまかせている。
・メンバーが意見や要求,不満などを全くぶつけて来ない。
・指示はすべてメールで済ませている。
・プロジェクトの目的やメンバーの役割について,メンバーと話し合ったことがない。
・メンバーの実力を大きく超えた要求をしている。
・メンバーの体調やモチベーションに注意を払ったことがない。
・顧客や上司の言うことは,すべて聞き入れる。

 「プロジェクトマネジメントというと,手法や技法に目を向けがち。マネジャ自身の資質や適性に関する問題が語られることは少ない」(プロジェクト・チームのパフォーマンスに関する研究を行っているデバッグ工学研究所の松尾谷徹代表)。技術力やマネジメント手法の知識はもちろん必要だ。だが,それを十分に身に付けていながらプロジェクトがうまく進まないような場合は,マネジャやリーダー自身の資質や仕事の進め方に問題がないか,じっくりと考え直してみる必要があるだろう。

(鶴岡 弘之=日経ITプロフェッショナル副編集長)