昨日の記者の眼「携帯のデジカメ化はどこまで進む?」に対して,IT Pro読者の方からこんな意見が寄せられていました。

 「デジカメつきは良いアイディアと思いますが,デジタル・カメラに置き換えようという方向は,映像に対する素人の考えだと思います・・・もっと違った方向を開拓した方が良いのではないでしょうか」

 そこで今日は,メガピクセル携帯の「(デジカメの置き換えとは)違った方向」への進化の道を考えてみたいと思います。そのキーワードは「ユビキタス・コマンダー」です。

 いきなり訳の分からない言葉を持ってきて申し訳ないです。「ユビキタス・コマンダー」にはっきりした定義があるわけではありません。しかし,メガピクセルのカメラ付き携帯電話で「2次元バーコード」を読み取る――これがユビキタス(環境にさまざまな機能が埋め込まれている状態)な情報環境への最短距離なのではないか,と最近考えています。「携帯電話とそこら中にあるバーコードを使ってネットにサービス依頼のコマンドを打ち込む」というようなイメージです。

2次元バーコード・リーダー,携帯電話搭載で急速に普及

 NTTドコモの主力機種である505iシリーズ,売れているのはSO505i(ソニー製)のようですが,実は注目なのは6月20日発売のSH505i(シャープ製)と7月11日発売のF505i(富士通製)の2機種です。

 Fは指紋センサーで話題ですが,FとSHに共通するのは「接写機能」です。この接写機能,ドコモのサイトでは,「バーコードリーダ機能を搭載。JANコード・QRコードを接写して,情報を読み取ることができます」と説明しています。接写機能を搭載する意味は,花を接写できるなどではなく,「2次元バーコードの入力端末に使える」ということなのです(ドコモのサイトへ)。

注:QRコードが2次元バーコードの名称。ドコモのサイトには名刺の例が出ている。四角いコードで,これを携帯のカメラで10cm程度の距離から撮影する。QRコードはデンソーが開発し,ISO標準にもなっている。ライセンス・フリーで利用できる。

 年内には505iの後継機種(505iS?)が出揃うと見られます。この段階で,すべての機種が2次元バーコードに対応する可能性があります。すべての携帯電話に搭載されるとなれば,機種変更のサイクルから考えて,年間1千万台単位で2次元バーコード・リーダーが世の中に浸透することになります。いずれ,欲しいかどうか,使うかどうかにかかわらず,すべての携帯電話にその機能が搭載されていることになるでしょう。1人1台,誰もが2次元バーコードを読み取れるようになるのです。

 例えば,商品やサービスを購入するEC系のアプリケーションでは,長いURLやたくさんの個人情報を入力しなければなりません。キーボードでさえ大変な作業であり,これを携帯電話でやろうとすると至難の技です。カメラ付き携帯電話であれば,撮影するだけで済むようになります。個人情報も携帯電話に格納してある内容を送ってしまえます。携帯電話は,メガピクセルのカメラによって,スキャナあるいはデータ入力端末に化けるのです。

実際にサービスも始まる

 7月23日,ベンチャー企業のメディアスティック(本社:東京都渋谷区)は,「メディアスティックシステム」を公表しました(関連記事)。

 メディアスティックシステムは,「MS-MARK」と呼ぶQRコードを使った2次元バーコードをメガピクセルのカメラ付き携帯電話で撮影することで,ユーザーにさまざまなサービスを提供できるようにするものです。9月にトライアルを実施し,携帯電話の対応機種が出揃う2004年初頭には本格サービスを始める計画だといいます。

 物販を例にすると次のような手順でサービスを利用できるようになると見られます。

(1)カタログなどにメディアスティックのMS-MARKを印刷しておく。MS-MARKには,商品情報をはじめ,ECのトランザクションに必要な情報が暗号化されている。

(2)MS-MARKをユーザーが携帯電話で撮影すると,その商品情報とユーザーの個人情報が,メディアスティックシステムのサーバーに送られる。

(3)サーバーでは商品提供事業者とユーザーの情報を確認して発注データを作成し,商品提供事業者に渡す。

(4)商品提供事業者は,メディアスティックからの発注データを基に商品をユーザーに届ける。

 もちろん,物販以外にもいろいろな用途が想定できます。着メロなどのコンテンツをカメラで撮るだけでダウンロードできる,展示会などのポスターにMS-MARKを印刷しておけば会場付近の地図を携帯電話にダウンロードできる,MS-MARKでネットのコンテンツと連携可能な書籍――などがあります。

 メディアスティックシステムのポイントは2つあります。携帯電話をセンサー/スキャナーとして利用することで,Webサイトやiモード・サイトの検索,個人情報の入力といった手間を省くこと。もう一つは,個人情報をはじめとする情報のセキュリティを十分に確保することです。

 メディアスティックシステムでは,課金はあらかじめ登録してあるユーザーの個人情報に基づいて行います。クレジットカード番号を登録しておいても良いし,この辺はインターネットでの決済と同じです。この場合,メディアスティックは,サービスや商品を提供するベンダーからトランザクション料金や情報管理料金を受け取ります。同社では,コンテンツの直接販売も検討していますが,収益の柱はベンダーからのシステム使用料と考えています。また,ベンダーによっては,メディアスティックシステムを使用せずにドコモのiモードの課金機能を利用するようなケースも出てくるでしょう。

 メディアスティックシステムでは,2次元バーコードを読み取った情報だけではなく,個人情報も合わせてサーバー側に送ります。これによって,サービス提供者とユーザーをマッチングするわけです。ユーザーが行っていたWebサイトの検索や絞込みを省略し,サービスや商品を購入する時の個人情報などの入力作業を不要にするのです。

 この時に必要なのが,個人情報などをハンドリングする強固なセキュリティ・システムです。携帯電話なので紛失などの危険性もあります。2次元バーコードに関しては,もちろん暗号化はしてありますが,携帯電話のプロセッサが高性能化すれば,デーコーダをアプリケーションとして入れ替え可能になります。つまり,極論すればコード自体は何でも良いわけです。そのため,メディアスティックシステムでは,サーバー側に実装したセキュリティ・システムが最も重要な意味を持っています。

デジタル・データだがアナログな性質を持つ2次元バーコード

 2次元バーコードは,印刷可能なうえコピーもできます。ただし,暗号技術により改ざんはできません。また,紙などに印刷するだけでなく,コンピュータのディスプレイはもちろん,布なども含めてあらゆるものに表示,掲載することができます。

 メディアスティックシステムの考案者である筑波大学の北川高嗣教授は,「2次元バーコードはデジタル・データだが,印刷可能なアナログなもの。既存のあらゆるものに付けられる。単なるデータではなく,サーバーと連携したアクションを記述できる。印刷できるメモリーとも言える。これをいろいろなところに用意しておけば,その環境はまさに“ユビキタスな環境”になる。印刷で実現できるので,ICチップやタグよりもはるかに低コストでクリアすべき技術的問題もない」と説明しています。

技術と競争が2次元バーコードを表舞台に

 2次元バーコードは,スキャナ/センサーをどう普及させるかが課題でした。しかし,カメラ付き携帯の急激な普及と,メガピクセル級への性能の向上があいまって,一気に現実的なものになろうとしています。この背景には,カメラ付き携帯市場での事業者間の激しい競争があるのはいうまでもありません。

 実は,QRコード対応の携帯電話は,写メールでカメラ付き携帯で先行するJフォンが,2002年夏に発表しています。当時は31万画素でした。今回,ドコモがメディアスティックシステムというソリューションとセットでこの分野に登場したことは,技術と競争が重要であることを実感させられる話だと思います。

(田邊 俊雅=BizTech編集長)

■本記事は,BizTechおよびBizTechイノベーターに掲載した記事を再構成し,加筆したものです。
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