「世界を見渡すと,次世代のカメラ付き携帯電話の開発プロジェクトが続々と始まっている。400万画素や,100万画素でズーム付きのカメラを目指したものだ」(日本テキサス・インスツルメンツDCESカンパニープレジデントの岡野明一氏)――

 携帯電話に付くデジタル・カメラの進化はどこまで進むのか。日経バイト2003年8月号で携帯電話の特集を企画したきっかけが,この疑問だった。2003年5月には,100万画素クラスのカメラがついた携帯電話,いわゆるメガピクセル携帯電話が登場した。それがどこまで進むのか単純に知りたかった。

 実際にメーカーに取材してみると,冒頭のような威勢の良い話をあちこちで聞いた。とにかく勢いがあるのである。カメラ付きの携帯電話は,今は日本や韓国などに市場が限定されているものの,今後は欧米などでも急速に普及していくと見られている。携帯電話メーカー最大手のフィンランドNokiaによれば,携帯電話に占めるカメラ付きの割合は2005年で半分に達する。なんと2億台ものカメラ付き携帯電話が出荷されるようになるのだ。その巨大な市場でのシェア獲得を狙って,メーカーは勢い込んでいるのである。

 この市場で他社との差異化を図るため,メーカーは携帯電話のカメラの高機能化に突き進む。目標は,デジカメ専用機並みのカメラの実現だ。現在のデジカメ専用機の売れ筋は300万画素クラスで,3倍の光学ズームとストロボが付いている。そこまで到達できれば,デジカメ専用機の市場まで飲み込むことが可能だ。

 しかし携帯電話のカメラがそのレベルに達するには,さまざまな課題がある。各部品の小型化や耐衝撃性の向上などである。

200万画素搭載機は今年にも出てくる

 まず高画素化に関しては,ほとんどのメーカーが「200万画素までは携帯電話で問題なく実現可能」と口をそろえる。早ければ2003年秋にも200万画素のカメラを搭載した製品が登場する見通しだ。200万画素あれば,ハガキ程度の大きさの紙に印刷したときにフィルム・カメラに近い画質が得られる。通常の用途には十分な品質だ。

 問題は300万画素以上の製品化である。「300万画素の実現には,デジタル・カメラで標準搭載されている機械式シャッタが欲しくなる」(三菱電機モバイルターミナル製作所営業部マーケティンググループ商品企画担当課長の永田隆二氏)からだ。これが携帯電話では搭載が難しい。機械式シャッタ(メカ・シャッタ)は,メカ部品なので電子部品に比べて壊れやすいからである。

 粗雑に扱われやすい携帯電話は,例えば人の耳の高さの「1.5m程度の距離からコンクリートに落下させても大丈夫なように設計する」(東芝モバイルコミュニケーション社商品企画第一部の田中政法担当課長)。この条件がなかなかクリアできない。

 メカ・シャッタは,主に「スミア」という現象を防ぐためにある。強い光を発している光源を写すと,その上下(または左右)に筋のような白い線が表れる現象である。スミアは,昼間に太陽を直接撮影したり,屋内でハロゲン・ライトを写したり,夜間に車のヘッドライトを写すといった場合に発生しやすい。このほか,屋外で鮮やかな原色などを写したときも色がにじみ出て写真の美しさを損なうことがある。

 しかし撮影条件が厳しくない限り,メカ・シャッタがなくても100万画素なら十分良い画質で撮影できる。200万画素でもまだ大丈夫という意見が多い。しかし300万画素以上となると,ごく一般的な条件でもスミアが発生してしまう。この解決策は2つ。スミアが発生しにくい撮像素子を開発するか,耐衝撃性をあきらめてメカ・シャッタを搭載するかのいずれかである。

 撮像素子の改良はさまざまなメーカーが進めている。例えばシャープはFIT(フレーム・インタライン転送)と呼ぶ方式を採用した100万画素撮像素子を自社の携帯電話に採用した。FIT方式は,これまで放送局用のビデオカメラといったハイエンド機にしか採用されてこなかったもの。スミアが発生しにくい性質を持つものの,チップのコストが高くなるという弱点があるからだ(詳細は上記の特集を参照してほしい)。それをシャープはあえて携帯電話に適用した。今後もFIT方式でさらに高画素化を進める見込みだ。

 それでも300万画素の実現が難しければ,耐障害性をあきらめてメカ・シャッタを採用するメーカーが出てくる可能性が高い。

光学式ズームはいっそ沈胴式か

 ある程度,道筋が見えている高画素化に比べ,光学ズームとストロボの実現は難しい。小型化と耐衝撃性の両方に課題がある。

 光学ズームレンズは,厚さが10mm,直径が10mm強で2倍ズームという,小型のものができている。しかし現在は最高で31万画素クラスのカメラにしか対応しておらず,高画素化への対応にはまだ時間がかかりそうだ。

 携帯電話の薄さを確保しながらズームの倍率を高めたいなら,デジタル・カメラで一般的な沈胴式を使う方法もある。ズームを使うときだけ飛び出させるようにすれば,カメラを使わないときの携帯電話の厚さを小さくできる。しかし沈胴式のズーム・レンズは「飛び出させたまま落下させればほぼ100%壊れる」(富士写真フイルム電子映像事業部の巻島杉夫氏)。耐衝撃性で不利になる。

 ただ逆に沈胴式の方が載せやすいという意見もある。「沈胴式なら落とせば壊れることに納得してもらいやすい。これまでの携帯電話よりも丁寧に扱ってもらえるかもしれない」(三菱電機の永田氏)。機械部品である限り,それがない状態と完全に同じ耐衝撃性を確保するのは非常に困難である。ある程度見切る必要が出てくる可能性が高い。

 ストロボはストロボで,難しい問題がある。まず光を通すためにガラスを使うため,耐衝撃性の確保が難しい。それから構造的にも,円筒状で直径10mm程度と大きいコンデンサが必要という大きな問題もある。電池の持ちも心配だ。

ニーズは間違いなくある

 携帯電話のカメラにそこまでの機能が必要かどうか疑問を持つ読者もいるだろう。「きれいに写真を撮りたいならデジカメ専用機を使えば」という意見ももっともだ。

 実際にこれまでの携帯電話のカメラは,おもに人に送って見せるために使われていた。記録のためではなく,人とのコミュニケーションがおもな目的だった。そのためのカメラなら,携帯電話のディスプレイに見合った品質で十分。携帯電話のディスプレイは,最新機種でも240×320画素のQVGAで,画素数は8万画素に満たない。カメラ付き携帯電話の最低スペックである10万画素でも実は間に合うのだ。

 それでも携帯電話の高機能化のニーズは確実にあると,ほとんどのメーカーは見ている。例えばカメラ付き携帯電話の主要ユーザーである10代の若者にとって,携帯電話は生まれて初めて持つカメラである。そのカメラはいつも持ち歩いている。何か気になったものがあれば,どんどん撮って,あとから見たい。「そうした用途で,デジタル・カメラと同じ要求が出てくるのは当然の流れ」(カシオ計算機羽村技術センター通信事業部企画部商品企画室の石田伸二郎室長)。光学ズームやストロボはもちろん欲しい。プリクラ感覚でプリントするなら,画質はきれいな方がよい。

 携帯電話のカメラがデジカメ専用機並みになるなら,もう1つ改良すべき機能がある。いわゆる盗撮防止の機能だ。今は,大きなシャッタ音を出すことで対処している。これでは今後は不十分だろう。カメラ付き携帯電話の台数が増え,シャッタ音を聞く機会が増えていくと,注意を引かなくなるからだ。

 例えばこんな対処法はどうだろう。携帯電話のカメラが被写体を人物と判定すると,Bluetoothなどで相手の携帯電話と自動的に通信する。そのとき相手の携帯電話で「撮影許可」と設定されていなければ,シャッタは降りないというものだ。2005年に実現するのは無理だろうか?

(安東 一真=日経バイト編集委員)