今回の記者の眼の狙いは二つある。一つは,「かものはしプロジェクト」をIT Pro読者の皆様に紹介すること。もう一つは,このプロジェクトが抱えている課題を解決する方策を読者の皆様に考えていただくことである。

 お忙しいところ恐縮であるが,読者の皆様は以下を読み進む前に,かものはしプロジェクトのWebサイトを見ていただきたい。特に,プロジェクトの代表である,村田早耶香氏(フェリス女学院大学国際交流学部4年)のメッセージはぜひご覧下さい。

 これで狙いの一つ目は達成したと思われるので,二番目に入る。筆者(谷島)がかものはしプロジェクトのメンバーに会ったきっかけは,筆者の同僚の紹介であった。プロジェクトのメンバーが筆者の同僚に,「IT業界に詳しい人に会いたい」と相談したそうである。同僚によく聞くと,プロジェクトのリスクを除去するために専門家の意見を聞きたいとのことであった。

青木 健太氏
IT事業を担当する青木健太共同代表。取材の後も,ビジネスの打ち合わせがあるといって先に退出した。

本木 恵介氏
かものはしプロジェクトの本木 恵介事業統括兼財務担当。取材中,熱心にメモをとっていた。

 はっきり言って一介の記者に意見を聞いても無駄で,本物の専門家に聞くべきである。本物の専門家としては,IT Proの読者であるITプロフェッショナルの方々が最適であろう。そこで,筆者がプロジェクトについて取材し,記者の眼に書くことにした。取材したのは,村田代表,事業統括兼財務担当の本木恵介氏(東京大学文学部思想文化学科4年),共同代表でIT事業の責任者である青木健太氏(東京大学教養学部理科I類2年)である。

カンボジアでオフショア開発,職業訓練センターを運営

 かものはしプロジェクトを村田代表らが始めた理由と経緯,プロジェクトの内容,スタッフの状況などは,プロジェクトのWebに出ているので,本稿ではすべて省略する。ただし話の展開上,プロジェクトの骨子を書く。

●日本側でIT事業をし,資金を作る。IT事業は,システム開発の一部をカンボジアで実施する,いわゆる「オフショア開発」である。このため日本とカンボジアにそれぞれ開発要員を確保する。
●IT事業で得た資金を使って,カンボジアに住み込み可能な職業訓練センターを用意する。児童買春にあう危険がある子供を保護し,ITや英語などの職業訓練を実施する。
●5年間の職業訓練を受けた子供は独立する。プログラマになった場合は,カンボジア国内の仕事に加え,本プロジェクトのオフショア開発を手伝ってもらう。

 プロジェクトのスケジュールは以下の通りである。日本のIT事業は青木氏が中心になって2003年1月から開始した。さらに日本で仕様書を英語で書き,それをカンボジアに送って開発してもらう実験をした。9月から村田代表がカンボジアに長期滞在し,職業訓練センターやオフショア開発の準備を始める。10月から日本とカンボジアで実際のオフショア開発に取り組む。2004年1月から,子供の受け入れを開始し,3年後に100人が学べるようにする。

 それでは,このプロジェクトが抱えている課題を列挙し,IT Pro読者の教えを請うことにする。ご意見・ご助言のある方は,記事末のFeed Back!欄から本サイトへコメントを書き込むか,編集部あてに電子メールをお送りいただきたい(※現在は受け付けていません)。課題に番号を振ったので,意見を言われるときに番号をご利用いただきたい。

 課題は,事業面と人材面に分けられる。まず事業面の課題から考える。

課題1.資金

 なんといっても先立つものはお金である。現状のIT事業は,数人の協力者がいるものの,事実上,青木氏が全体の8割近いプログラムを一人で書いている状態である。これだけでは,カンボジアの職業訓練のためのお金がなかなかたまらない。「企業とのコラボレーションあるいは寄付金,または融資を検討中」(村田代表)である。

課題2.組織

 現在のかものはしプロジェクトはまだ法人格を持っていない。NPO(非営利組織)にするか,有限会社にするかを検討しているところだ。現在のところ,IT事業は有限会社の形にして進める案が有力になっている。NPO法人の場合,年間予算の50%以上を事業収入にしてはならない。これではITでどんどん稼ぐわけにはいかなくなるからだ。組織形態については秋までに結論を出す。

課題3.事業モデル

 日本で稼ぎ,カンボジアの職業訓練センターを運営する事業モデルは成立するのであろうか。センターで子供を一人預かるのにかかる費用は,年間10万円。目標の100人を保護するには,年間1000万円かかる。

 一方,カンボジアのプログラマの年収は60万円。日本のプログラミング単価を月額50万円とすると年間600万円となり,カンボジアと年間540万円の差がある。つまりカンボジアのプログラマを2人使い,日本の単価で仕事をとれれば年間1000万円を稼ぎ出せる計算になる。

 つまりオフショア開発といっても,日本の顧客からは日本の相場で受注することを目指す。「先行してお仕事をいただいた会社の中には,『かものはしプロジェクトに開発を発注すると,システムができ上がるだけではなく,カンボジアの子供が助かりますね』と理解してくださるところが多い」(青木氏)

課題4.IT事業の方向性――開発言語と分野

 計画通りにお金を稼ぐためのハードルはいくつかある。本木氏と青木氏が悩んでいるのは,IT事業の方向性である。本木氏は,「ボランティアの仕事というより,一人立ちできるIT事業にしていきたい。数人で始めたIT事業会社が大きくなった事例を知りたい」と語る。

 NPOの事業規模で最大のものは年間数10億円という。「やるからにはトップの規模を目指したい」(本木氏)。実際,日本のIT事業がうまくいかないと,せっかく保護した子供たちを放り出すという最悪の結果になりかねない。成長もさることながら安定して利益を出せる仕組みをどう作るかが思案のしどころである。

 現状は,青木氏がPerlを使ってWebサイトの開発業務を請け負っている。「自分が持っていたスキルがPerlだったのと,Web開発の仕事はカンボジアでも有望だろうということで,PerlによるWeb開発を中心にした」(青木氏)。ただし,「現状は仕事をなんとかこなしているだけで,IT事業を支えるコアスキルが身に付いているとはいえない」(青木氏)。

 顧客との折衝能力やプロジェクトマネジメントのスキルを身に付けるために,ほぼ単一の言語,単一の分野だけに絞る手はある。だが,あまりそれにこだわると事業の継続性の点でリスクがある。「Webは小さい案件が多く受注しやすいと思ったが,常時5~6本の仕事を抱え込むこともある。もっと大きな単位でやれる案件のほうが効率がよいのかもしれない」(青木氏)

 PerlとWebという組み合わせがよいかどうかは,カンボジア側にとっても課題と言える。本木氏は,「先々は,カンボジアの協力者やIT教育を受けた子供たちが,日本に頼らなくてもITで食べていけるようにしたい。そしてカンボジアのIT発展のために活躍してほしい」と語る。そのために,どんなスキルセットを持ってもらえばいいのか悩んでいる。

課題5.IT事業の方向性-オフショア開発

 オフショア開発がうまくできるかどうかも課題と言える。かものはしプロジェクトは,カンボジアにあるCOCCと呼ぶIT系のコミュニティと協力する。COCCはプノンペン大学を中心にした組織で,インターネット・カフェ事業などを手掛けている。この5月には,青木氏が英語で仕様書を書いて,COCCのディレクターに送り,このディレクターが開発する,といったオフショア開発の実験を成功させた。

 カンボジアの人口は約1000万人で,毎年1000人前後のプログラマが誕生している。カンボジアのプログラマは,海外留学生が帰国したケースが多く,英語ができ優秀という。「日本で基本設計をして,英語で書いた仕様書を送れば,カンボジアでオフショア開発することは可能。もちろん最終的な品質は日本でチェックします」(青木氏)

 またカンボジアの治安も気になるところである。村田代表は,「今夏の選挙が無事に終われば,10年間くらいは安定しそうだ」と見る。

課題6.職業訓練

 職業訓練の対象になるのは,14歳前後の農村に住む女の子である。現地のボランティア組織と協力して,児童買春の被害にあうリスクがある女の子を探し出す。職業訓練の内容は,最初の3年間が識字など基礎教育である。後半の2年間で,英語とパソコン,そしてプログラミングを教える。職業訓練を担う先生がオフショア開発もするモデルを考えている。こうすれば子供たちがオフショア開発を手伝うこともできる。

 女の子に教えるIT関連の内容はどうするか。メンバーに質問されて筆者はよほど,「プログラミングだけではなく,プロジェクトマネジメントとソフトウエア・エンジニアリングの基礎を教えてはどうか」と言おうと思ったがやめた。

 ただし,筆者の知る限り,小学生向けのプロジェクトマネジメント教材を作っている会社があるし,あるITコンサルタントは,「中学生でもデータ・モデリングはできる」と断言している。将来のことを考えると,やってみる価値はあるかもしれない。とにかく,プログラムを開発する先に,もっと大きな世界が広がっていることを子供たちに見せてあげるとよいと思う。

課題7.就職先

 5年たった子供たちが自立できるかどうかも課題と言える。おそらく全員がプログラマにはなれないだろう。村田代表は,「英語とパソコンも教えるので,秘書やタイピストの道も開けると思う。また,いくつかの職業訓練学校と提携し,IT以外の勉強もできるようにする」と語る。さらに,成績優秀者には大学あるいは留学の奨学金を出したり,かものはしプロジェクトが就職先を斡旋することも考えていくという。

 次に,人の課題を列挙する。

課題8.日本の開発メンバー

 喫緊の課題は,日本の開発メンバーの充実である。「Makeit」と呼ぶ社会人のITプロフェッショナル・コミュニティがかものはしプロジェクトを支援しているが,青木氏ほか数人が奮闘している状況はリスキーである。

 村田代表は,「青木さんにかなりの負荷がかかっている今の状態はまずいので,社会人や学生でPerlやPHPが使える人はぜひ応援してほしい」と語る。「フルタイムでなくても,完成したプログラムをレビューしていただくだけでもありがたい」(本木氏)。

 本木氏は,ネットワークを使って,本業を持つITプロフェッショナルが休み時間などに,かものはしプロジェクトの開発案件をレビューしてくれるモデルも考えた。「Linuxのようなボランティア方式が理想と思ったが,セキュリティや契約を考えるとビジネスの世界ではなかなか実現が難しい」(本木氏)

課題9.カンボジアの開発メンバー

 プロジェクトの計画では,10月から日本とカンボジアのオフショア開発を始める。カンボジアのプログラマは確保しているが,問題は日本人スタッフである。「カンボジアのプログラマをとりまとめてプロジェクトマネジメントをしてくれる日本人をカンボジアに派遣する」(青木氏)考えだが,まだ決定していない。「年齢は問わないので,やる気のある方がいたらぜひとも名乗り出てほしい」(村田代表)

 思い切ってシニア・ボランティアを活用するやり方もあるかもしれない。団塊の世代が引退し,大企業の基幹システムがブラック・ボックスになる,コンピュータの西暦2007年問題(関連記事)が迫ってきている。大企業を定年退職したベテランのシステム技術者がカンボジアに行き,古巣の基幹システムをカンボジアのプログラマとともに支える。同時に女の子も救えるのである。

課題10.継続性

 かものはしプロジェクトのコアメンバー3人はいずれも大学生である。IT事業を進めていくと,顧客からプロジェクトの継続性を疑問視する声も出てくるだろう。この点について,村田代表はフェリス女学院大学を2004年春に卒業してから,かものはしプロジェクトに専念することを表明している。「カンボジアに骨を埋める覚悟で取り組みます」(村田代表)。実際,準備は怠りなく,大学の単位はほぼ取り終わっている。後は,卒論を書けば卒業できる状態である。

 青木氏と本木氏は当面,留年を続け東大生のまま,かものはしプロジェクトに専念する。「将来は別な起業をするかもしれないが,向こう3年間はかものはしプロジェクトにまい進し,3年でIT事業を離陸させたい」(青木氏)

ビジョナリーな社会起業家を目指す

 最後に,フェリスの村田代表と,東大の青木・本木氏が出会った経緯が興味深いので記しておく。もともと青木氏は,社会起業家に関するサークル活動をしていた。社会起業家(ソーシャル・アントレプレナー)とは,新しい事業を起こし,それによって社会の問題解決を図る人のことである。

 ただし青木氏と本木氏は,さまざまな社会起業の事業モデルを話し合ったものの,実行に踏み切れなかった。「ビジョナリーカンパニーという本を読むと,企業が成功するカギはビジョンと書いてある。しかし,なんのためにやるのか,という,そもそものビジョンをなかなか見いだせなかった」(本木氏)

 そこに現れたのが村田代表である。青木氏の社会起業家サークルに顔を出した村田代表は,「カンボジアの女の子を買春から救う」というはっきりしたビジョンを持っており,青木氏と本木氏を圧倒した。村田氏のビジョンを具現化する仕掛けとしてIT事業を青木氏と本木氏は考え出し,実行したわけだ。

 ちなみに取材の中で,一番面白かったやり取りを披露する。

村田代表:あとで青木さんが説明すると思いますが,「自分が書いたコードが子どもたちを救うと思うとわくわくする」そうです。
本木氏:それって今日の取材のために,青木が用意していた決めのせりふじゃないですか。
村田代表:あ,ごめんなさい。青木さんどうぞ。
青木氏:代表がお話になった通りです。

 なお,かものはしプロジェクトの名前の由来を村田代表に聞いた。「日本とカンボジアのかけはし」をもじったという。村田代表が好きな動物も,かものはしだそうである。

(谷島 宣之=ビズテック局編集委員)

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