最近,細かいことが気になってしかたがない。今,一番気になっているのがADSLの新サービスの速度表記だ。「24メガ」と言っているADSL事業者と「26メガ」と言う事業者がいる。今までの「8メガADSL」や「12メガADSL」では,すべての事業者が横並びの速度表記をしていた。それなのに,20Mビット/秒を超える速度のサービスでは違いが出た。

 ここで示された速度は,一定の基準で付けられているのだろうか。それとも,各社がそれぞれ独自にうたっているだけなのか。本来,数字は“厳密さ”をイメージさせるものだけに,一度気になりだすと,なかなか頭を離れない。この気持ち悪さを取り除くために,各ADSL事業者に質問状を投げてみた。

■「8メガ」は理論上の最大リンク速度ではなかった

 質問状とその回答を見ていく前に,そもそもADSLの速度とは何なのか,伝送のしくみから再確認しておこう。

 国内のADSLサービスのほとんどは,DMT(discrete multitone)と呼ぶ基本技術を採用している。DMTとは,少しずつ周波数の異なるアナログの電気信号(これをビンと呼ぶ)を使ってデータを伝送する技術である。ビンの数と同じ台数の通信機に周波数を1つずつ割り当てて,同時に並行してデータを送るイメージだ。

 ADSLモデムは1秒間に4000回の変調処理を行う。本格的な通信を始める前の「トレーニング」と呼ぶ調整段階で,1回の変調処理でそれぞれのビンに載せるビット数を決める。変調回数,ビンの数,ビット数が決まれば,かけ合わせることで「リンク速度」が決まる。回線が短く品質が良ければ,多くのビット数を使えてリンク速度は高くなり,回線が長く品質が悪いと,少ないビット数しか使えずリンク速度は低くなる。

 理論上の最大リンク速度は,ビンの数と1つのビンに載せられる最大のビット数から計算できる。8メガADSLの場合,下り方向(収容局からユーザー宅へ向けた方向)には223本のビンを使う。さらに,8メガADSLサービスで利用していたADSLモデムでは,1つのビンに最大11ビットのデータを載せられた。つまり,8メガADSLの理論上の最大伝送速度は以下のようになる。

223ビン×11ビット×4000回/秒=9.812Mビット/秒

 計算結果を見ると,8Mビット/秒よりかなり速くなっている。このサービスを「8メガADSL」と呼ぶのには,実は別の理由がある。それは,ADSLモデムが内部で処理できるデジタル信号の上限が8.16Mビット/秒なのである。つまり,各社が「8メガADSLサービス」と呼んでいたのは,「デジタル処理する上限が8.16Mビット/秒で,回線を流せる理論上の最大伝送速度が9.812Mビット/秒のADSLサービス」ということになる。

■「ビンの数と1つのビンに載せられるビット数は?」

 続いて登場した12メガADSLサービスでは,このデジタル処理する上限の速度を2倍の16Mビット/秒にする技術「S=1/2」が採用された。最新の24メガおよび26メガのサービスには4倍の32Mビット/秒にする「S=1/4」が採用されるという。

 それなら,デジタル処理する速度がADSLサービスのボトルネックになることはない。変調速度は1秒間に4000回と決まっている。そこで筆者は,最新のADSLサービスの速度を決めるのは,ビンの数と各ビンに載せるビット数だと想定した。

 24メガADSLおよび26メガADSLは,従来の12メガADSLで使っていた1.1MHzまでの周波数帯域を2.2MHzまで拡大して速度向上を図っている。増えたビンの数などを基に,なんらかの計算式で24Mビット/秒や26Mビット/秒という数字が出てくると考え,以下のような質問状をADSL事業者4社――アッカ・ネットワークス,イー・アクセス,NTT東日本,ソフトバンクBB――に送り,回答をお願いした。

 「貴社がスタートする新ADSLサービスは,広告などで「24Mbps」(または「26Mbps」)という速度を掲げていますが,これはどういう根拠の基に出した速度なのでしょうか? 具体的に,ビンの数,1つのビンに載せるビット数,アマチュア無線との干渉で出力制限することでカットされるビン/ビット数などを教えてください」

■アマチュア無線との干渉部分の考え方に違い

 この質問状に対して,ほぼ正対した回答を返信してくれたのはNTT東日本とイー・アクセスの2社。まずNTT東日本の説明によると,下り方向に利用できるビンの数は全体で478本あるが,そのうち1.8M~2MHzの間にある45本はアマチュア無線との相互干渉があるため利用しない。さらに,1本のビンに載せるビット数は,最大15ビットだという。つまりこれらを単純計算すると,以下のようになる。

(478-45)ビン×15ビット×4000回/秒=25.98Mビット/秒

 ただし,この速度はNTT東日本が明示している24Mビット/秒という速度より約2Mビット/秒速い。これは,NTT東日本によると,(1)装置実装によるおおよその損失,(2)高周波帯域におけるおおよその損失,(3)エラー訂正などに使うオーバーヘッド――などを差し引いたからだという。

 続いてイー・アクセスは「下りで使うビンの数を480とすると」(同社広報担当),最大速度を以下のように計算した。

480ビン×15ビット×4000回/秒=28.80Mビット/秒

 その上で,(1)エラー訂正などによる冗長部を約1割,(2)アマチュア無線との干渉部分の速度低下を約2Mビット/秒――と見て,その結果24Mビット/秒という数字を提示しているという回答だった。

 ここで,同じ24メガという速度を提示している両社の考え方に違いがあるのに気がつくだろう。NTT東日本は最初からアマチュア無線と干渉を起こす帯域のビン(45本)を全く使っていない。その分の速度は,以下のようになる。

45ビン×15ビット×4000回/秒=2.70Mビット/秒

 しかし,イー・アクセスではこの要因による速度低下を2Mビット/秒と見ている。つまり,NTT東日本よりは約700kビット/秒のデータを余計に送れると見ているわけだ。

■オーバーラップの有無だけでは説明できない

 一方,「26メガADSL」をうたうアッカ・ネットワークスとソフトバンクBBからは,ビンの数やビット数についての回答は一切なかった。

 ソフトバンクBBの回答は,G.992.5 Annex Aオーバーラップ方式とダブル・スペクトラム技術(2.2MHzまでの周波数帯域を使うこと)の採用により,論理値で下り最大26Mビット/秒が実現可能な技術であることに基づき,サービス名として採用していると説明。さらに,ラボ・ベースでは26Mビット/秒の速度が出ることを確認しているという。ビンの数やビット数については「数値を公表していない」として,回答してもらえなかった。

 アッカも同様に,26Mビット/秒というのはラボの理想的な環境で測定した実測値だという。ビンの数やビンに載せるビット数については公表していないという話だった。

 ソフトバンクBBとアッカ・ネットワークスの両社は,12メガADSLのころから「オーバーラップ」という技術を使っている。元々上り方向の伝送に使う周波数帯域を,下りの伝送に利用して,ビンの数を増やし,速度を上げるというもの。読者の中には,「NTT東西やイー・アクセスはオーバーラップを使っていないから24メガで,アッカとソフトバンクBBはオーバーラップを使っているから26メガだ」という話を聞いたことがある人がいるかもしれない。

 確かに,オーバーラップによって下りで使えるビンの数が増えるので,NTT東西やイー・アクセスのサービスに比べて速度が出るのは理解できる。でも,その増速分は上り方向の速度と同等になるはず。アッカとソフトバンクBBは,下り26Mビット/秒のサービスでも上り速度は1Mビット/秒と明記している。仮に,上り帯域のビン25本を下り用に全部使えたとしても,

25ビン×15ビット×4000回/秒=1.50Mビット/秒

となり,速度差2メガには足りない。

 両社が「26メガ」という根拠はラボ内の実測値で,具体的なビンの数やビット数は明らかにしていない。さらに,どういった環境で測定した値なのかも判然としない。望みうる最高の回線環境で得られた値が26Mビット/秒なら,実環境でそうした速度が出る可能性は極めて低くなる。

■技術に差があるのに横並びの表記だった12メガADSL

 ここまで見てきて,24メガや26メガというのがADSL事業者が各社独自の理論に基づいて出した,横並びに比べられない速度であるという印象を受けた。

 実は「12メガADSL」からこうした違和感はあった。ご存知の読者も多いと思うが,各ADSL事業者が「12メガADSL」と言って提供しているサービスに採用されている技術は,各社で異なる。技術が違うということは,結果として実現できる速度も違ってくる可能性がある。

 アッカとソフトバンクBBが26メガADSLに採用しているオーバーラップ技術は,12メガADSLでも採用していたものである。つまり両社は,NTT東西やイー・アクセスの「12メガADSL」に対して,「13メガ」や「14メガ」としてサービスを提供することもできたはずなのだ。

 それでも筆者がなんとなく納得していたのは,「12メガ」がサービスのカテゴリとして受け取れたから。すべてのADSL事業者が当時の新サービスを「12メガADSL」と呼んだことで,「12メガADSL」イコール「8メガADSLの次世代のサービス」として捉えることができたのである。別の言い方をすれば,数字自体に明確な意味を感じていなかったともいえる。

 しかし,最新のADSLで「24メガ」と「26メガ」という2つの表記が出てきたことで,そうした思い込みが吹っ飛んでしまった。

■世間一般にある数値表記との乖離(かいり)をなくせ!

 このようにADSLサービスの速度表記の見方が一度リセットされると,その表記が世間一般からかけ離れた“異常”なものだということまで見えてくる。

 例えば,自動車の燃費を示す「10・15モード燃費」。これは,厳密に時間や速度を設定したうえで,それに合わせてアイドリングから加速,一定速度,減速などをこなし,どれだけガソリンを消費したのかを測定したものである。厳密に条件を決め,その環境下で測定した値なので,ドライバーが実際の道路を走って比べた値よりも,各社を横並びにして正確に比較できる数値といえるだろう。

 ネットワーク製品だって,数値の表記には神経質になってきている。例えばブロードバンド・ルーター。一時「スループット」の表記を巡って,メルコとコレガのメーカー2社が衝突したことがあった。しかし,今では各社とも測定方法を合わせて,ユーザーが混乱しないようにしている。

 仮にこうした数値が倍になれば,効果も倍になると考えるのが普通。「燃費が倍になればガソリン代は今までの半分で済む」し,「こっちのルーターのほうがスループットが5割高いから,同時間で1.5倍のデータを転送できる」と考えるわけだ。また,お菓子の袋に「20%増量中」と書いてあれば,だれにとっても20%増量中であって,ある顧客は10%増量でほかの顧客は5%減量なんてことはない。

 しかし,ADSLのスループットはこうはならない。それどころか,12メガから24メガのADSLに乗り換えて,今のスループットが倍になるユーザーはごくまれにしかいない。近距離でないと,高速性の恩恵を受けられないというのがADSLだからだ。

 それなのに,「今12メガのADSLで3Mビット/秒出ているから,24メガに乗り換えれば6Mビット/秒くらい出るかな」と期待しているユーザーは結構多いようだ。他の商品/サービスの数値表記からすれば,こう考えるのはごく自然なのだが,ADSLではそうはならない。

 現状のようなADSLの速度表記はユーザーにとって何もいいことはない。なんらかの厳密な測定方法を決めて,各社を横並びに比較できるようにしなければ,ユーザーに誤解を与えるだけ。ADSLという技術の性格上,明確な数値を示しにくいというなら,プロバイダのニフティのようにADSLサービスの数値表記を止めることを,すべての事業者が真剣に検討すべきだろう。

(藤川 雅朗=日経NETWORK副編集長)