ビデオをハード・ディスク(HDD)に録画し,自分の都合の良いときに視聴するというビデオ・レコーダが一般消費者に広がっている。視聴中に来客や電話が飛び込んできても,その場で静止させておき,手が空いたときに先ほどの場面から再生を再開するなどといった便利な機能が受け,売り上げを順調に伸ばしている。

 DVDビデオ・レコーダでは約40%のシェアを誇るという松下電器産業は7月14日,ハード・ディスクを搭載した「DIGA(ディーガ)」シリーズに160Gバイトの大容量タイプ「DMR-E200H」を追加した。最長212時間も撮り貯め,好きなときに再生,必要ならばDVDに焼いて保存できる。SDメモリー・カード経由でMPEG4動画を保存し,ケータイで録画映像を楽しむといった活用もできる仕掛けまで揃っていて,「ビデオライフ」はまさに大きく広がりそうだ。

 しかし,そこまでの大容量HDDを搭載しておきながら,BSデジタルで放送中のハイビジョン(HD)映像を記録する機能を持っていないのが残念でならない。

 実は,同社が2002年6月に発売したHDD内蔵VHSビデオ・レコーダ,MV-HVH1という機種の場合,内蔵HDDにHD映像を記録する機能が既に内蔵されていた。容量がたった40Gバイトしかなかったために,HD録画をすると3時間しか録画できないのが玉にキズといったところだったが,いつかはHDDの大容量化,そしてビデオ・テープのDVDレコーダへの転換と期待を持たせる第一歩だった。

 しかし,今回の160GバイトのディーガにはHDの録画機能は搭載されなかった。大手量販店ではBSデジタル・ハイビジョン放送が高画質で楽しめるプラズマ・テレビや液晶テレビが販売好調,今年末には地上波のデジタル放送も始まる,といった流れの中で,これらデジタル・レコーディング機器でHDサポートが行われないのは不可解な感じがする。

HD録画できても,高品位画質で保存できなければ

 松下電器産業では,「テレビ放送をどんどん撮ってもらったあとで,気に入った番組はDVDレコーダでしっかり保存するというスタイルを提案したいから,HD録画機能は付けていない」と説明する。重きを置くのはむしろ保存してもらう方の機能で,HD品質で録画できたとしても,DVDに録画する段階で標準画質に落とさざるを得ないのでは訴求力に欠けると判断しているという。

 しかし,さまざまな番組を取りあえず録画しておき,後でゆっくり楽しみたいというHDDレコーダ派には,せっかく基盤が整い始めたのに一歩後退してしまい,残念で仕方がない。

 現在のところ,最も経済的にHD映像を保存するにはD-VHSテープを使うのが最適解だと言われている。したがって,ハイビジョン映像を楽しんでいるユーザーはすでにD-VHSテープ・レコーダを保有している人も多い。内容チェックだけしておきたいといった番組はどんどん大容量HDDにとり貯めておき,どうしても残しておきたいものはD-VHSに保存すればよい。ちょっとした記録として保存しておきたい場合は,通常品質ながら内蔵のDVDレコーダで保存するというスタイルの方が,中上級ユーザーを含めて強くアピールするだろう。

追いかけ再生をするには内蔵HDデコーダがいる

 HDDレコーダでHD映像を録画すること自体の技術的難易度はさほど高くない。BSデジタル・チューナから出力されるMPEG-2 TS信号をそのままの形でHDDに書き込めば良いからだ。しかし,それだけではユーザーのニーズには応えられない。追いかけ再生など,HDDレコーダならではの便利な機能を実現するためには,HDDから取り出したMPEG-2 TSストリームを高画質映像に戻すデコーダを内蔵する必要がある。

 通常こうしたワンボックスのレコーダにデコーダ回路だけを組込むといったことはなく,組み込むならBSデジタル・チューナも付けた形で内蔵させることになる。そうなると,一挙にコストが跳ね上がってしまう。ようやく普及に弾みがつき始めたばかりのDVDレコーダに多くを盛り込み,高価格製品となってしまうのは避けなければならない。

 実は前述のHDD内蔵VHSビデオ・レコーダ,MV-HVH1にはHDデコーダは内蔵されておらず,HD録画時には追いかけ再生ができなかった。HD録画再生は外部のBSデジタル・チューナなどを経由する必要があり,完全に録画済みのトラックを再生することしかできなかった。録画中は外部のBSデジタル・チューナが放送波のデコードに専念しているため,追いかけ再生はできないのだ。

 このようにHDデコーダを内蔵していなくても,HDレコーディング機能は用意することができるが,それではせっかくのHDDレコーダの最大の訴求ポイントを逃してしまうことになる。だから、最新のDVDビデオ・レコーダ「DMR-E200H」には中途半端にHDレコーディング機能はつけなかったものと思われる。

 結局,これらのDVDレコーダなどにHD録画機能が付くのは,地上波デジタル放送が定着し,十分にデジタル・チューナ部分の価格がこなれてくる来年以降まで待たされることになるだろう。

もっと悩ましいPCとの関係

 大容量HDDレコーダにHD映像が自由に取りこめるようになったとして,デジタル大好き人間として,次にやりたいことはその映像コンテンツをPC上で管理したいということだろう。だが,ハイビジョン・テレビを積極的に市場に送り出しているメーカーでさえDVDレコーダなどでのHDサポートが進まないという現状からすると,PCでHDを扱うのはまだまだずっと先になりそうだ。

 PCならばHDDの大容量化,あるいは後からの増設などが簡単だから,蓄積容量などの点ではビデオ・デッキなどよりはるかに快適な利用形態になりうる。技術的にはHD映像の取り込みはMPEG-2 TSフォーマットのストリーミング・データをとらえればいいのだから,今のCPU性能,ストレージ容量からすれば難題ではない。

 しかし,ハイビジョン映像をPC上で扱わせるときのコンテンツのライセンス問題,あるいはMPEG-2のライセンス問題など未解決な部分が多いのが問題だ。一度PCに取り込んでしまえば,無制限なコピーにつながるかもしれないとなると,コンテンツ・ホルダーの理解を得難い。

 デジタル・チューナのIEEE 1394端子から直接PCにMPEG-2 TSストリームを取り込み,不要な部分をちょいちょいと削り取り,ライブラリとして保存する。特に永久保存して大画面テレビでも見たいときには,光学式ディスクなどに焼き込むことができればどんなに映像生活が鮮やかになるだろう。

 一度ハイビジョン映像で映画を見てしまったら,もう,後には戻れない。一度ハード・ディスク・レコーディングの快適さを知ってしまったら,これまた元に戻れない。早く,この二つとPCが融合してくれないかと,心待ちにする毎日だ。

(林 伸夫=日経BP社編集委員室 主席編集委員)