この夏,ADSL事業者各社には「24メガ」の高速ADSLサービスという“おいしい話題”を提供していただいた。が,筆者はあえて「長距離向けADSL」にスポットをあて,日経コミュニケーションの7月14日号で「『より遠く』に狙い定めたADSL」という特集を組んだ。

 正直言って初めは高速化に対する単なる“逆張り”を狙っていた。ところが調べていくうちに長距離向けADSLで大きな動きが出ていることを知った。今まで距離の問題からADSL導入が見送られていた地域で,サービスが続々と始まっていたのである。理由の1つに,自治体がADSLを整備する補助金事業が立ち上がってきたことがある。これを後押しするのが,長距離向け技術の進化である。この秋には,ITU(国際電気通信連合)が長距離伝送に絞ったADSL仕様を標準化することも分かった。

山手線内より広いエリアを1局で

 筆者は長距離向けADSLの記事を執筆するにあたり,全国4カ所を取材して回った。

 中でも印象に残ったのが,この6月からADSLのサービスを開始した岡山県の旭町である。東京駅から新幹線で3時間ちょっとの岡山駅から普通電車に乗り換え,約1時間半。そして,津山という駅のバス・ターミナルからさらにバスに40分間ほど揺られると,旭町に着く。どっしりとした構えの役場庁舎に入り,企画情報課で導入を担当する前田有輝主査を訪ねた。

 事前に電話で話したとき「NTTの電話回線の長さが10km以上というユーザーも珍しくない」と聞いていた。筆者は半信半疑だった。1997年の長野県における実証実験からADSLを取材してきたが,NTTの電話回線で10kmを超えるのは「地方でもごくごく稀(まれ)」と認識していたからだ。

 そこで,まずは旭町の地図を見せていただいた。面積は82.99平方km。この広さを想像できるだろうか。東京でいえば,山手線の内側の面積は約70平方km。行政区でいうと,新宿,中野,杉並の3区を足した面積が67.84平方kmである。この3区は13のNTT電話局でまかなっている。一方で旭町のNTT電話局は1つだけ。旭町では町の隅々まで町民が住んでおり,10km超えが続出するのも納得がいった。

限界を大幅に超えられる理由

 ADSLの伝送距離は,一般に4k~5kmが限界と言われる。信号が減衰してしまい,接続できなくなるのである。

 旭町の10kmというのはこの2倍以上である。ところが,ユーザーは「100%接続できている」(前田主査)と言う。これには理由がある。同町でNTTが敷設しているメタル回線が太く信号の減衰に強いこと。NTT電話局からユーザー宅までの回線上に,同じく減衰の要因となる「ブリッジタップ」や「手ひねり接続」が少ないのである(これらの要因については特集記事を参照して欲しい)。

 前田主査は各ユーザーの接続速度を調べたデータを見せてくれた。それを見て少し驚いた。10kmを超えるユーザーが,NTT電話局からユーザ宅への下り512kビット/秒,上り576kビット/秒で接続しているのだ。

ADSLでまだいけるのでは・・・

 もっと驚いたのは,“普通”の12メガADSLを使っている点だ。長距離伝送に特化した「ReachDSL」を使っていると思っていた。ReachDSLは米Paradyne独自のDSL技術で,日経コミュニケーションなどでも何度か紹介しているのでご存じの方もいるだろう。

 細かな点は特集記事に譲るが,12メガADSLの仕様には高速化だけでなく長距離化の技術が盛り込まれている。ただ,10km超えで500kビット/秒というのは,筆者の想像を超えた。

 ここで筆者が思うのは,地方でもまだまだADSLの出番は多いのではないかということだ。最も広いエリアで展開しているフレッツ・ADSLでも,NTT東日本で95%,NTT西日本で93%の回線カバー率(フレッツ・ADSLが利用可能な回線数/総回線数)である。少々乱暴な計算だが全人口のおよそ5%,600万人以上がADSLを利用できない場所に住んでいる。

 こうした地域で値段のこなれた“普通”の12メガADSLが活用できるではないか。24メガADSLは長距離化という点では12メガADSLと基本的に変わりがない。さらに,あわてて光ファイバによるFTTHを導入する必要はない,と筆者は考える。現存のメタル線を活用できる。光ファイバを「誰が引くのか」「引き回すインセンティブがない」といった議論はそもそも不要になる。

 旭町では100%の接続を達成するため,ReachDSLも併用する。12メガADSL“でも”接続できない約1割のユーザーが使っている。例えば,回線の長さが13km超えるユーザーがReachDSLを使って,上り下り256kビット/秒で通信している。 ReachDSLをメインに使わないのは,「予算に限りがあるので,できれば割高となるReachDSLを避けたい」(前田主査)からだと言う。

 ちなみに旭町でのADSL利用料金は「タダです」(前田主査)。もう一度聞き返した。「そうそう,メタル回線利用料金として月額300円程度は払ってもらいます。あとユーザー宅のモデムは購入してもらいます」(同)。それでも月額300円である。

 これには2つの理由がある。1つは税金を使って設備を揃えたこと。もう1つは町自体が第二種通信事業者となって,サービスを運営しているからだ。Linux使いの前田主査がサーバーを管理し,“町営通信事業”を切り盛りしている。

地方でも都市部でも導入が盛んに

 旭町以外でも,長距離ADSLの導入は各地で進められている。特集記事では,旭町のほか長距離に挑む3つの事例を紹介した。民間事業者が長距離向けサービスに積極的な長野県,補助金を使って民間事業者による導入を促進している島根県,恐らく東西NTTがReachDSLを唯一導入している青森県今別町である。興味のある方は,日経コミュニケーション7月14日号を読んでいただければと思う。

 どのケースも最終的にはReachDSLを使うことで,ほぼ100%のユーザーにサービスを提供できている。地方だけではない。実は都市部でもこのReachDSLが活躍し始めている。Yahoo! BBがこの4月からReachDSLを正式メニューに加えたのである。悪条件の回線で効果が出ていると言う。

 冒頭に述べたとおり,技術面ではこの秋に長距離の“大物”が登場する。ITU初の長距離向けADSL仕様,READSL(Range Extended ADSL)がこの秋にも決まる見通しである。特集記事では,現時点で明らかとなっている情報をできる限り集め,紹介した。24メガADSLの登場で高速化にばかり目が奪われていたが,その脇で長距離向けADSLにも光が当たり始めたようだ。

(市嶋 洋平=日経コミュニケーション)