写真●PiTaPaカードと,モニター試験で使った決済端末 期間中,約220万円分の利用があった。
写真●PiTaPaカードと,モニター試験で使った決済端末

 JR東日本のICカード乗車券「Suica(スイカ)」の利用者数は今年4月に600万人を超え,首都圏のJR利用者にはすっかり定着した。非接触型なので,定期券入れに入れたまま自動改札の読み取り機に「タッチ」すれば改札を通過できる。定期区間を乗り越した場合でも自動精算機に並ばなくてよいといった便利さが,利用者に受け入れられた。

 しかし,Suicaは確かに便利だが,従来の乗車券をそのままICカードにしたという印象を受ける。よくよく考えてみれば,自動改札機導入以前も,定期券入れに入れたまま定期券を駅員に見せればよかったはずで,これだけでは進歩とは言えない。

 ICカードは,乗車券という概念をもっと根本的に変えるものであるはずだ。その意味で筆者が注目しているのが,関西の42交通機関(阪急電鉄,近畿日本鉄道,阪神電気鉄道などの私鉄や,公共交通機関)が加盟するスルッとKANSAI協議会が2003年度中の導入を目指して準備中の「PiTaPa(ピタパ)」である。

 協議会のメンバーのうち,まず阪急(関連記事)と京阪電気鉄道の2社が先行導入し,大阪市交通局なども追随する。JR西日本のICカード乗車券とも相互利用できるようになる見込みだ。

 「PiTaPa(ピタパ)」は非接触ICカードを使った乗車券という点ではJR東日本のSuicaと同じ。一方で,「運賃後払い方式」を採用したことと,当初からICカードの特性である「多機能化」を意識している点が大きな違いだ。

運賃は後払い,割引も自動適用

 PiTaPaは「Postpay IC for “Touch and Pay”」の略。「Postpay(ポストペイ)」は「後払い」という意味である。PiTaPaのカードを持つには,利用者は駅窓口などで名前,住所や銀行口座番号などを記入して申し込み,数週間後に郵便でカードを受け取る。鉄道運賃は,毎月登録した銀行口座から引き落とされる。イメージとしては,クレジットカードに似ている。

 後払いなので,利用者が自分でカードに現金を入金(チャージ)する必要はない。残額が1000円未満のカードを自動改札機にタッチすると,自動的に2000円分がチャージされ,運賃支払いに使えるようになる。この2000円は後で銀行口座から引き落とされる。

 JR東日本のSuicaの場合,カードの残額が初乗り料金未満しかないときに電車に乗ろうとすると,自動改札機の扉が閉まってしまう。チャージ機で入金しているうちに1本乗り遅れてしまうことだろう。これに比べれば,PiTaPaでは残額を気にする必要がなく,入金の手間もかからない。

 PiTaPaでは1カ月分の運賃を集計し,所定の割引を適用してから請求する機能も盛り込む。例えば,「同じ区間を一定期間内に11回利用した場合,1回分を割り引いた運賃を請求する」といった回数券のような割引を自動的に適用できるわけだ。夏休みなどで出勤(通学)日数が少ない月に,「回数券が得か,定期券が得か」といったことを考える人は多いだろうが,PiTaPaなら,何も考えなくても一番安い運賃が適用されることになる。このようなことは従来の乗車券では不可能だ。

 ちなみに,カードを落とした場合は,その旨を申し出れば,すぐに利用を止めることができる。関西圏内の鉄道運賃なので,落としたことに早く気付けば,被害額は知れているだろう。

電子マネー端末は1万台以上を展開

 当初からカードで買い物ができる電子マネー(少額決済)機能を盛り込んだのもPiTaPaの特徴だ。JR東日本のSuicaも,来年から電子マネーとして利用できる予定だが,利用店舗は駅周辺のJR系列のコンビニなどに限定される。

 これに対し,スルッとKANSAI協議会は,私鉄各社の系列店舗以外への普及を最初から視野に入れている。今年3月に実施した電子マネーのモニター試験(写真)には,阪急や京阪の駅ビル内店舗だけではなく,大阪市の道頓堀商店街や天神橋筋商店街の店舗など,鉄道会社系列ではない店舗約100店も参加した。さらに,スルッとKANSAI協議会はクレジットカード大手のJCBとも提携しており,JCBの決済端末約1万台をPiTaPa対応にする。

追記(2003年7月10日):
 スルッとKANSAI協議会は7月10日,決済業務の委託先をJCBから,クレジットカード大手の三井住友カードに変更したと発表した。決済端末の展開方針や,PiTaPaの導入スケジュールそのものに変更はない。

 買い物にPiTaPaを利用したら,利用額に応じて鉄道の運賃を割り引く「公共交通機関利用促進ポイントサービス」も盛り込む。「車で買い物に行くと,駐車場料金の割引を受けられる。電車で買い物に行ったときも同様に割引があっていいはずだ」(スルッとKANSAI協議会の横江友則事務局長)という発想だ。こうした複数機能の連携はICカードの本来の使い方だといえる。

関西の“うるさい”顧客の声を反映させる

 一方で問題点もある。PiTaPaカードを持つには銀行口座が必要だったり,発行までに時間がかかるのは難点だ。誰がいつどこで電車に乗った,物を買った,ということはすべて記録されるため,個人情報保護の課題もある。

 それでも筆者は,PiTaPaは従来の乗車券の概念を大きく変える画期的なICカードだと考えている。横江事務局長は,「関東のお客様なら何もおっしゃらないようなことでも,関西ではクレームになる」と言う。残額が少ないと自動改札機の扉が閉まる,私鉄では使えるがJRでは使えない,といった従来型のプリペイドカードについて,実際に抗議が多かった。カードに入金する手間を省くのも,JR西日本と相互利用できるようにするのも,すべて「関西の(うるさい)顧客」の声を反映させた結果だという。鉄道会社の都合を受け入れるほど,関西人は寛容ではないのだ。

 うるさい消費者と,それに真しに応えるスルッとKANSAI協議会とが力を合わせれば,関西から“世界でもっとも便利なICカード”が生まれるのではないかと期待している。

(清嶋 直樹=日経情報ストラテジー)

日経情報ストラテジー最新号(2003年8月号)では,スルッとKANSAI協議会の横江友則事務局長の活躍ぶりをまとめた記事「チェンジリーダー登場~鉄道プリペイドカードを革新 残額10円でも乗車可能に~」を掲載しています。あわせてご覧ください。