いやぁ,今年の阪神タイガースは本当に強い,強すぎる。6月29日の横浜戦では,ジョージ・アリアス選手の18号3ランでまたしても逆転勝ち。8回には頼れる選手会長,桧山進次郎選手のダメ押し10号ソロも飛び出した。巨人戦で痛い敗戦を喫した2位の中日に12.5ゲーム差をつける,ぶっちぎりの強さである。

 昨年も6月までは阪神タイガースの快進撃が話題となっていた(関連記事)。だが,6月の8連敗を境に大きく後退し,終わってみれば結局4位の成績。「今年もどうせ同じだろう」――。そうお考えになるのも無理はない。だが今年は,選手たちのやる気が昨年とは大きく違う。連敗してもすぐに立ち直り,1点を争って最後まで善戦。勝負を決してあきらめない粘り強さが選手たちに見える。

 筆者は日経情報ストラテジーで大企業のIT経営の動きを取材し,現在は中堅・中小企業の競争優位を創るIT戦略誌「日経アドバンテージ」で中堅・中小企業のIT経営をテーマに執筆している。日経アドバンテージ7月1日号では中堅・中小企業向けのERPパッケージ(統合業務パッケージ)の導入事例について取材したが,成功のポイントをみると,今年の星野・阪神タイガースと状況が極めて似ているのである。

 そこで,「あまりに強引な展開」とのおしかりを覚悟の上で,今年の星野・阪神タイガースから,企業のIT経営にも通じる成功ポイントを探ってみよう。

ミスターもデータ重視だった

 データの重要性はビジネスでもプロ野球でも同様である。今ではどの球団も試合の模様や配球など様々なデータの収集に金と時間をかけ,パソコンで管理している。金と時間をかければ多くのデータが集まるから,実は巨人が最も熱心にデータを収集しているという。

 意外に思われるかもしれないが,「勘ピュータ」(?)で有名な巨人の長島茂雄・前監督さえ,実はID(データ重視)野球を重視していたそうだ。試合が終わると深夜までパソコンの前で過去のデータを見ながら,熱心に何かを考えている姿がよく見られたという。しかし,長島・前監督は「魅せる野球」に注力したためか,現場での采配を見るとやはり「勘ピュータ」が前面に出ていたように思える。

 それが現在の原辰徳監督となると,過去のデータから代打や継投を判断。意外な采配と思われる若手やベテランの起用でも,データによる裏付けがあった。今年は前半戦に故障者が続出し,既に自力優勝への道は絶たれたが,侮れない存在である。

「やる気のないものは去れ!」――外部の優秀な人材で意識改革

 もちろん,阪神にとってもデータの重要性は変わらない。ID野球で知られる野村克也・前監督は,就任するとすぐに全員を集めてデータの重要性について講義し,自分のノウハウを叩き込もうとした。いわば情報リテラシー教育の実践である。こうした講義仕立ての方法はヤクルト・スワローズの選手たちには効果があった。熱心にノートを取って議論する姿勢が見られ,こうした方法に野村・前監督も自信を持っていた。

 だが,阪神タイガースの選手たちは違っていた。ベテランのなかには,「とにかく打ちゃあいいだろう」とまともに講義を聞かない選手もいたという。これでは,ID野球の実践は無理というもの。野村・前監督の「ぼやき」が次第に増えたのもうなづける。

 「やる気のない選手には去ってもらう」――。就任2年目の星野監督が断行したのがこれである。社内のやる気のない人材を時間をかけて教育するより,外部の優秀な人材を獲得する方が有利と見た。そして広島カープから金本知憲選手,米国から伊良部秀輝投手らを招きいれた。昨日(6月29日)の横浜戦で好投した下柳剛投手も,日本ハムから獲得した戦力である。さらにコーチ陣までも達川光男コーチ,西本聖コーチなどに入れ替えた。
 
 こうした姿勢に,当然ながら阪神タイガースの内部から反対の声が上がった。「外部の人員ばかりでは,阪神らしさがなくなる!」といったもので,阪神タイガースのフロントだけでなく,一部の熱烈なファンも不安を示した。監督といえどもしょせんは中間管理職。球団には社長もオーナーもいる。反対の声にはなかなか逆らえない。

アメとムチが活力を生む

 星野監督は人材獲得の必要性を訴えるが,上司を飛び越えて直訴するといった「奇策」には出なかった。内部に余計なしこりを残さないためにも,正式な社内ルートを通じて一人ひとり説得を重ねたという。これが星野監督流の気配り術と言える。

 また各コーチ陣の担当を明確に分けて衝突を防ぎ,権限も委譲した。担当記者との間では「今日の先発投手? それは担当コーチに任せてあるから,わしゃ知らん」といった会話が交わされるという。もちろん,そんなことはないだろうが,こうした発言もコーチ陣への気配りの一つだろう。

 一方で,球団の営業部門に対して「昨日は空席が多かった」「前売りチケットが売れていない」と積極的に発言。フロントもうかうかとしていられない。観客が増えれば選手たちの励みになる。営業部門もりっぱなチームの一員なのである。

 「やる気や能力のある人材を登用し,気配りで現場に作業しやすい環境を作り出す」――。鉄拳制裁といった強面の印象が強い星野監督だが,実態はこうした「アメとムチ」が星野流マネジメントであり,選手たちのやる気を生み出す源泉と言える。

選手たちが自分で考える環境に

 ERPパッケージの導入も,ある意味で星野監督が断行した外部の人材の登用に似ている。外部のノウハウを受け入れ,業務の変革を狙うのである。だが,パッケージ,あるいは情報システムを導入するだけで社内に活力が生まれるわけではない。一番大切なのは,自分たちでデータを活用し,考え,工夫する企業風土作りである。新システムを導入する際にも,社内へ良い刺激になるように社員への気配りは重要だろう。

 「大幅な業務の効率化につながる」と言っても,自分たちのポストが危ういと感じれば社員たちは消極的になってしまう。実際,今年の星野監督は選手たちがミスしても,あまり吼えない。むしろ積極的にほめて,選手たちが萎縮しないように努めている。

 こうした気配りの上で外部の才能を積極的に招き入れたことが,生え抜きの選手たちの意識を改革した。打線も見違えるように変わった。「つなぐ意識」がかつてのダイナマイト打線を復活させたのである。しかも,「全員野球」「試合ごとに主役が違う」と言われるように,相手の弱点を自分で考えながら,みんな生き生きとプレーしている。他球団を応援する方には申し訳ないが,私は「これぞ中堅・中小企業がIT化に取り組む姿や!」と思わずにはいられないのである。

 最後にきっちりと言わせてもらおう。今年こそは大丈夫である。85年以来の優勝は絶対に間違いない。優勝を祝う歓喜の「六甲颪(おろし)」が甲子園にこだまする,そのときまであと一歩だ。がんばれ,我らが阪神タイガース!! がんばれ,ニッポンの中堅・中小企業!!!

(大山 繁樹=日経アドバンテージ副編集長)