3年ぶりに米Apple Computerの開発者向け会議,Worldwide Developers Conference(WWDC 2003)に参加している。ここ数年,Appleを取り巻く状況は極めて悪く,新製品を発表するも業界は反応してくれなかった。長年,Appleに熱い視線を注いできた筆者にとって,悲しい状況が続いていたのである。

 かつてはマルチメディア・コンテンツを作るなら,Macintoshが一番という共通認識があった。しかし,CPUの動作クロックが伸び悩むなかで徐々にWindowsプラットフォームに移行するクリエイタが相次いだ。1秒いくらで仕事をこなさなければならないクリエイタにとって,編集を加えるたびごとに数10秒待たなければならないのは死活問題だった。

 マックでイマジネーションを膨らませたいが,生計を立てる仕事なら背に腹は代えられない。違和感は残るがWindowsプラットフォームに依存するしかない,というのがリッチ・メディアを生み出すクリエイタたちのジレンマだった。

 そのジレンマを吹き飛ばす出来事がついに起きた。Power Mac G5の登場だ(関連記事1関連記事2)。私費を叩いてまで情報のアップデートに駆け付けた私に,これは来たかいがあると思わせる出来事だった。これが2年前に起きてくれれば,クリエイタたちも悩むことは無かったのだが,既にWindowsプラットフォームに移行してしまったクリエイタがたくさんいる状況の中ではなかなか悩ましいG5のイントロだった。

デスクトップ用途では初の64ビット,開発環境も強化

 64ビット・アーキテクチャに移行した実際のOS,Panther(パンサー,関連記事)の製品版が出てきたわけではないので,パフォーマンスの優劣をこの手で検証はできないが,Steve Jobs CEO(最高経営責任者)の解説によると,Adobe Photoshopなどのアプリケーションでベンチマークを行うと,2GHzのPowerPC G5を2個積んだG5マシンは3GHzのXeonデュアル・プロセサ・マシンの約2倍以上のパフォーマンスをたたき出すという。これから本格化するデジタルBS,地上波放送のコンテンツ制作,DVDオーサリングなどCPUパワーをとことん使い果たすアプリケーションには,このマシンに期待がかかる。

 オーディオの入出力には光インタフェース,高速のファイル転送には800MbpsのFireWire(IEEE 1394),内蔵ハード・ディスクの接続は1.5GbpsのデュアルSerial ATAなど,従来のG4 desktopと比較するとほとんどが倍以上のスピードを実現するポートがずらりとならぶ。これならかつてはMacベースで仕事をしてきたがWindowsにスイッチしてしまったプロフェッショナル・ユーザーを再び揺り戻す動きが起こるかもしれない。

 オブジェクト指向をとことん追及してきたAppleの面目躍如たる進化が開発環境にも盛り込まれた。Xcodeと呼ばれる開発環境では,コンパイル済みのアプリケーションのソースを書き直すと,即座に修正が反映され,アプリケーションが更新されるという“マジック”を実現,コンパイル~デバッグ~ソース・コードの修正というアプリケーションの開発サイクルを劇的に短縮させた。想定した通りに動いてくれないアプリケーションをカット・アンド・トライで最終形に持ち込む作業が,これで飛躍的に効率化する。

エンドユーザーにとっても,福音がいっぱい

 WWDCは開発者向けのイベントだが,「パソコンは苦手」という初心者エンドユーザーにも福音となる進化もたくさんあった。その一つが「Expose」(エクスポゼーと読む――最後のeにはアクサンが付く)。

 作業中にたくさんのウインドウを開いてしまい,ウインドウの下にウインドウが隠れてしまったとき,パソコン初心者はなすすべがなくなるものだ。ウインドウの下に完全に隠れてしまったウインドウを表に出すには?

 パソコン,特にマウス操作に慣れたユーザーなら上にかぶさったウインドウをちょいとずらし,下のウインドウが見えたところで,そいつをクリックしてやれば良いとすぐに思い付く。しかし,初心者にはこの思い付きはまず不可能,ほとんどの人が立ち往生する。

 この命題に「Expose」は応えた。開かれているアプリケーションのウインドウすべてを画面いっぱいにミニ表示し,それを直接選ばせる。う~~ん,なるほど,その手があったかと唸らせるソリューションだ。これこそAppleらしさと言うのだろう。本当にアッと驚かせる洒落た解法だ。

 基調講演でSteve Jobsが強調した「コンピュータ中心の考え方から,ユーザー中心の考え方に」を端的に表現したのがこの「Expose」だった。

 開発者の労力を半減させるとともに,エンドユーザーのストレスを半減させる。これこそがパソコン・メーカーがやるべき仕事の筆頭だ。実現させた成果を見れば今のところ,Appleが他のパソコン用OSメーカーを大きく引き離している,と思うのは私だけだろうか?

(林 伸夫=編集委員室 主席編集委員)