ある中小企業の経営者から聞いた話だが,飛び込み営業に来る様々な業者の中で,客先のことを最も勉強していないのはITベンダーだそうだ。その企業のWebサイトは有名なのだが,最近来た営業担当者はいきなり「御社はWebサイトをお持ちですか」と切り出したという。

 ちなみに2番目に不勉強なのが金融機関。しかもITベンダーと金融機関の飛び込み営業には共通点があり,必ず「何でお悩みですか」と聞くとのこと。「何の勉強もしてこない初対面の営業に悩みを打ち明ける経営者はいないはずだが」と,その経営者はあきれ顔だった。

ユーザーのことを勉強しないITベンダー

 著者が所属する日経システムプロバイダ誌は,6月15日号から『日経ソリューションビジネス』として再出発する。1996年の創刊以来,システム・インテグレータなどITサービス業向けの雑誌として歩んできたが,今後は「ソリューションを提供すること」に,よりフォーカスを当てていきたいと思う。

 こうした問題意識から,日経ソリューションビジネスとしての最初の特集で,ITベンダーや彼らが提供するソリューションについてユーザー企業から意見を聞いた。IT活用で先進的な企業のCIO(最高情報責任者)など17人にインタビューすると共に,上場企業を中心にアンケート調査を実施し126社のCIOから回答を得た。その結果は「ITベンダーの言うソリューションとユーザーが考えるソリューションとは全くの別物」ということだった。

 冒頭の経営者の件は別の取材で聞いた話だが,特集の取材でも多くのCIOが同様の不満を口にした。例えば,オリックスの福島晃執行役員は「提案営業に来るITベンダーの多くは当社をリース会社と決めてかかっている。いくら提案されても,それでは話にならない」と語る。ここで細かい解説はしないが,「えっ,オリックスってリース会社じゃないの」と思われた読者は,オリックスに提案する際にはよく勉強してから行かれた方がよいだろう。

パッケージの別名にすぎないITベンダーのソリューション

 そういうわけだから,ITベンダーが提案するソリューションに対する疑問の声も多い。「我々が抱えている問題や課題が分からないのに,どうして解決策を提案できるのだろうか」「個別案件のはずのソリューションがカタログに載る意味が分からない」「ハードウエアやソフトウエアだけでは売れなくなったので,代わりにソリューションという“製品”を売り込もうとしているだけでは」など,挙げればきりがない。

 ITベンダーのソリューションには一つのパターンがある。疑問の声の中にも出ていた「カタログに載ったソリューション」である。ハードウエアやソフトウエアだけでなく,コンサルティングなどのサービスを「CRM[用語解説] ソリューション」などの名称でワンパッケージ化して提供するものだ。こうした手法は,もはやIT業界では当たり前すぎて疑問を持つ人も少ないが,ユーザー企業から見れば強い違和感を覚える代物なのだ。

 「ソリューションというからには“時間軸”があるはずだ」とユーザー企業は考えている。つまり,システムを導入したことで新たに発生する課題や問題を解決するために,ITベンダーには継続的に対応してもらいたいのだ。だが,システムが完成するとITベンダーの担当役員があいさつに来て,それで終わり。営業担当者はともかく技術者はたちまち来なくなる。

人月ビジネスの言い換えは認知されない

 ITベンダーから言えば,1社だけにかかわりあってはいられない。CRMなど流行の3文字ワードが旬なうちに横展開して,収益を極大化したい。“売り手”にとっては当然の論理のようだが,ユーザー企業にとっては自分たちのライバル企業にもITベンダーが売り込みに行くということだ。システム構築などの現場で培われたノウハウは自分たちのためではなく,ライバル企業のために生かされる。これではとてもソリューションとは呼べない。

 古くからあるシステムの受託開発・運用,いわゆる人月ビジネスをソリューションと呼ぶITベンダーも,最近では増えてきている。確かに“時間軸”はある。しかも,ユーザー企業の要望にきめ細かく応えることをモットーにしている。

 しかし「個別のシステムを労働集約的に開発・運用するために,出来の良いシステムを提供できていない」「(ユーザー企業との)安定的関係に安住して,ITコストの削減やITインフラの再構築に関する提案がほとんど出てこない」などと,ユーザー企業はソリューションとして全く認知していない。

ビジネスの変革が必要なのはITベンダーの方だ

 ユーザーから見て理想のソリューション,あるいはソリューション・プロバイダとは,どのようなものであろうか。ユーザー企業は,自分たちの悩みを理解し,最新のIT技術への知識を基に,その解決策を継続的に提案してくれることを望んでいる。多くのCIOは,そうした企業をパートナーと呼ぶ。つまり真のソリューション・プロバイダとは“提案するパートナー”のことなのだ。

 では,真のソリューション・プロバイダになるためには,何をなすべきか。皮肉な言い方だが,「CRMソリューション」を持つITベンダーなら,その答えは分かっているはずだ。まさに,それはカスタマとの長期的なリレーションシップのマネジメントの問題だからだ。

 もちろん,それは難しい課題だ。短期的な収益の極大化のみを追求するビジネスモデルや人事評価制度を見直さなければならないだろう。技術者と呼べないような人も含め大量動員をかける労働集約的な人月ビジネスも,そろそろ終わりにすべきだ。もちろん,システム開発・運用手法の高度化も必要になる。要は,ビジネス改革,経営改革が必要だということだ。ITベンダーが日ごろ,ユーザー企業に向かって言っていることを,自ら実践しなければいけないということだ。

周回遅れのソリューション・ビジネス

 今回,多くのCIOが「我々もソリューション・プロバイダを目指している」と語った。実際,ユーザー企業自身も,彼らの顧客からソリューションの提供を求められている。クレジットカード会社なら“総合決済ソリューション”,運送会社なら“物流ソリューション”といった具合だ。単品の製品やサービスを提供しているだけでは,顧客から相手にされなくなりつつあるのは,何もITサービス業に限ったことではない。

 さらに,情報システム部門も社内外のユーザーにITソリューションの提供を求められている。鹿島のように情報システム部門の名称を「ITソリューション部」にしてしまった企業もあるほどで,ITベンダーの顧客は二重の意味で,日々ソリューションを提供すべく苦闘しているのだ。ITベンダーのソリューション・ビジネスは,むしろ周回遅れぐらいに考えておいた方がよいだろう。

 ユーザー企業が変わろうとしている中で,「ソリューション」という看板に付け替えただけで,従来型のビジネスを続けているならばITベンダーの未来は暗い。実際,外資系企業になった新生銀行が,発足に合わせてシステムを全面刷新したとき,日本のITベンダーを原則として使わなかった。「古いやり方に馴染んだ日本のITベンダーを使う選択肢はなかった」。これは同行のCIO,ジェイ・デュイベディ執行役員の弁だ。

 さて,6月12日付で,日経ソリューションビジネスのWebサイトをオープンさせた。一度アクセスしていただければ幸いである。「ソリューション,ソリューションと言うわりには何も提供できていないじゃないか」と突っ込まれるのは覚悟の上である。著者は,ジャーナリズムとして読者に対するソリューションとは何かを真剣に考えていくつもりである。今後ともご支援,ご批判を賜われればと思う。

(木村 岳史=日経ソリューションビジネス副編集長)