「だらだらと長く,最後まで読んでも結論がない。いわば,井戸端会議のムダ話だ」。日ごろからシステム関連の提案書や仕様書を見る機会の多い,あるITコンサルタントはITエンジニアの文章をこう評する。

 何を言いたいのかが分からない電子メール,あいまいな表現の仕様書,難解な技術用語や聞いたこともない製品名が説明なしに登場する提案書。あなたの周りには,そうした分かりにくい文章が氾濫していないだろうか。

 日経ITプロフェッショナル5月号(5月1日発行)で「文章の技術」と題した特集を担当することになり,ITエンジニアの文章力についてどう思うかを聞いて回った。取材したのは,ITエンジニアやITベンダーの経営層,それにITエンジニアと日ごろ仕事をする機会があるコンサルタントやテクニカル・ライターなど30人以上である。結果は,冒頭のコメントに象徴される通り。ほぼ全員が,「ITエンジニアの文章力は決して満足できるレベルにない」と答えた。

 特に強い問題意識を持っていたのは,情報処理技術者試験センターが実施する資格試験のある委員だ。同氏は長年にわたって受験者の答案を見てきた経験を基にこう指摘した。「小論文の答案を見る限り,まともな文章を書けるITエンジニアはほんの一握りにすぎない」

ITエンジニアに求められる文章力は高い

 文章力はITエンジニアにとって,極めて重要なコミュニケーション・スキルの1つのはずだ。しかも必要とする文章力のレベルは,他業界のビジネス・パーソンよりも高い。

 IT業界では,「ユビキタス」や「オートノミック・コンピューティング」「トレーサビリティ」など,難解なIT用語が次々と登場している。ITエンジニアはそれらの用語の意味を理解した上で,顧客や同僚とコミュニケーションしなければならない。人によって違う解釈をしていることもあるから,生半可な文章力では正確に意思疎通することさえ難しい。

 プロジェクト・チームにおいて他のメンバーと情報を共有する際も,高い文章力が求められる。開発期間の短縮や機能の複雑化に対応するため,データベースやネットワークなど特定分野のスペシャリストを,限られた開発フェーズにだけ投入するケースが増えている。チーム編成が流動的になるにつれて,ミーティングによる情報共有やコミュニケーションは難しくなってきた。それだけに正確で分かりやすい文章を書いて,メンバーに情報を伝える必要性が高まっているのだ。

 「文章力がないITエンジニアは,チーム内のコミュニケーションを乱す原因になる。実際に対処策を講じなければならないケースも出てきた」。取材中,マネジャー・クラスのITエンジニアから聞いた言葉である。もはや「理科系出身だけに文章はどうも苦手で」という愚にも付かぬ言い訳は通用しない。文章力が乏しければ,“プロ失格”の憂き目に遭う。そんなことさえ,これからは十分にあり得る。

ビジネス文書に“文才”は必要ない

 では,どうしたら文章力が身に付くのだろうか。「文章の上手い下手は,生まれついての“文才”で決まる」と思っているとすれば,それは間違いだ。人を感動させるような小説や詩と違って,提案書や報告書,仕様書などのビジネス文書においては,何よりも正確さと分かりやすさが求められる。そうした文章を書くには,“文才”よりも「テクニック」を身に付けて実践することのほうが重要なのだ。

 最も基本的なテクニックを,文章を書く流れに沿って簡単に紹介しよう。最初に,「何のために書くのか」という文章の目的と,「何を伝えるのか」という主題を明確にする必要がある。「そんなの当たり前だ」と思うだろうが,実際にはおろそかになっていることが多い。何が言いたいのか分からない文章になってしまう原因はここにある。

 文章の目的や主題を考える際には,「読み手」の視点を強く意識することが肝要だ。読み手が誰であるか,どんな興味を持っているのか,専門知識はどの程度持っているのか,といったことを考えておく。その上で,文章全体の論旨展開(アウトライン)を決める。盛り込むべき事柄(トピック)を洗い出し,それらを整理した上で,どういう順序で書いていくのかを決めていく。

 ここまでの準備段階を経て,執筆に取りかかる。その際には,文法的に正しい日本語にするのはもちろん,正確で分かりやすい表現を追求する必要がある。そのためには,文章をいったん書き上げてもそれで終わりにしてはならない。書き上げた後で,必ず文章を見直して修正する。すなわち「推敲」を行う。

 推敲は,正確で分かりやすい表現にするためだけに行うのではない。分かりやすい表現になれば,論理展開の粗さや内容の乏しさなどが浮かび上がってくる。これを修正することで,文章の質そのものを高めるのだ。

 時間が許す限り,二度三度と繰り返し推敲する。さらに自分でチェックするだけでなく,上司や同僚など別の人に見てもらうのが望ましい。必ずしも文章力の高い人に頼む必要はない。第三者の視点で,分かりにくい個所はないか,読みにくさを感じないかといったチェックをしてもらうことが重要なのだ。

実践しながらテクニックを身に付ける

 これだけのことでも,実践するのはそう簡単ではない。主題を明確にしたり,詳細な文章構成を決めることが重要だと分かっていても,それらの作業が不十分なまま早く執筆に入ろうとするものだ。さらにいったん文章を書き上げたら安心してしまい,ろくに推敲せずに相手に渡してしまうことも多い。

 そうならないためには日ごろからテクニックを実践して,習慣として身に付ける必要がある。最初のうちは手間が掛かり面倒に思うかもしれないが,慣れてくると文章の分かりやすさだけでなく,書くスピードも上がってくるはずだ。

 文章のテクニックは,先に紹介した基本的なものにとどまらない。読み手が何に対して興味を持っているかを探る,論理的に文章を構成する,正確で読みやすい表現にするといった実践的なテクニックが数多く存在する。ぜひ文章の書き方に関する解説書に当たるなどして,身に付けてほしい。日経ITプロフェッショナルの読者の方は,5月号をお読みいただきたい。

 ここまで偉そうな物言いになってしまったが,筆者自身も文章の書き方で苦労してきた。“文才”に恵まれたわけもなく,記者になりたてのころはどうしようもない文章ばかり書いていた。今日どうにかなっているのは,上司や先輩から教わったテクニックのおかげである。「記者はそれが仕事だろう」と思うかもしれない。しかし,だからこそ確信を持って言える。テクニックを身に付けて実践すれば,文章力は確実に向上する,と。

(中山 秀夫=日経ITプロフェッショナル)