ハンバーガー,牛丼,土地,マンション――。あらゆるものの価格が下がっている。世の中,どこに行っても「デフレ」である。記者が10数年にわたってウォッチしている情報システムの世界も例外ではない。

 たとえば日本アイ・ビー・エムは,4月9日に発表したUNIXサーバー新モデルの価格を,従来機の2分の1に引き下げた。同じく4月9日に日本ヒューレット・パッカードが発表したパソコン・サーバーの価格は6万8000円。デスクトップ・パソコンと比べてもなお安い価格を設定した。

 パソコンの価格も,この3年間で16%低下している。電子情報技術産業協会の統計によると,1999年度第3四半期(10月~12月)に19万9000円だったパソコンの平均単価は,2002年度第3四半期には16万6000円に下がった。ここ1年は安値安定の状態とも言えるが,それでもわずかではあるが安くなっている。

 ソフトの世界では,「2分の1」どころか,「タダ」のソフトが幅を利かせている。OSの「Linux」,Webサーバーの「Apache」など,「オープン・ソース」と呼ばれるソフトがそれ。いろいろ条件はあるものの,原則として無償で利用することができる。

 オープン・ソースの用途は,Webサーバーなどのインターネット関連の用途から業務用途に広がろうとしており,今後さらにその存在感を増すだろう。

 富士通は2002年10月に,「Solaris,Windowsに加えLinuxをプラットフォームの第3の柱にする」(杉田忠靖副社長)と宣言。基幹系システムに対してもLinuxを適用していく方針を明らかにした。NECも同様の方針を2003年3月に打ち出して後を追った。日本全国3300に上る地方自治体の業務ソフトを,オープン・ソースとして開発しようというプロジェクトもスタートしている。

システムやサービスは「経営上の成果」で評価

 こうしたシステム価格低下の背景には,デフレ圧力があるのは言うまでもないが,それ以上にIT業界に固有とも言える驚異的な技術革新の速さがある。さらに,情報システムの世界で進行している「付加価値のシフト」が,第3の大きな圧力になっていると考える。

 価格が安いことが常態になれば,たくさん売るか付加価値を高めるか,という選択肢になる。付加価値に注目すると,その質が変わってきていることが感じられる。

 新たに価値を持ち始めたのは,「売上高が上がる」「顧客満足度が上がる」「顧客を逃さない」といった,情報システムがもたらす「経営上の成果」である。一方,これまで大きな価値を持っていた「処理能力」や「機能」の価値は,相対的に低下した。

 どんなに高い計算能力を持つハードも,どんなに優れた機能を提供するソフトも,経営上の成果に結びつかなければ,単なる箱でありCDの円盤である。情報システムの世界にも,「成果主義」の波が押し寄せている,と言ってもよいだろう。

 コンサルティング会社のアクセンチュア(本社:東京都港区)が昨年から提供し始めた「ビジネス・トランスフォーメーション・アウトソーシング(BTO)」と呼ぶサービスは,こういった付加価値のシフトを顕著に表すものだ。

 BTOは,経営コンサルティングと情報システムの開発・運用をアクセンチュアが一括して請け負うサービスで,開発・運用する情報システムがもたらす売り上げの伸びや顧客満足度の伸びを測定し,それに応じてサービス料金を決める。具体的に何を成果とし,それをどう測定するかは,顧客企業ごとに決める。

 情報システムがもたらす成果を定量的に測定するルールを決めるのは難しい。BTO式のサービスが日本市場で普及するには,まだ時間がかかるだろう。コンサルティングのようなサービス内容ならともかく,ITベンダーの場合は,経営上の成果とシステムのパフォーマンスの関係を直接的に結び付けられるものだろうか,という議論もあるだろう。

 そこで大手ITベンダーは,「サービス・レベル」の保証を中核に据え始めている。情報システムの開発や運用を委託する際に,「サービス・レベル・アグリーメント(SLA)」という契約方法を取る事例が増えつつある。

 ここで言うサービス・レベルとは,「電子商取引(EC)サイトにおいて,レスポンス・タイム3秒以内を保証する」,「ダウンタイムを年間5分以内に抑える」といった指標だ。これらの定量的な条件を契約に盛り込み,条件を満たせなかった場合ITベンダーは,顧客企業に対して違約金を支払う。競合他社とのパフォーマンスの違いをはっきりさせ,付加価値を数値化するのである。

 サービス・レベルとして設定する項目は,経営上の成果を直接示すものではないが,間接的に重要な意味を持つ。例えばECサイトにおいては,レスポンス・タイムの長短が購買意欲のある顧客を捕まえることができるかどうかに大きく影響する。気の短い顧客は,待ちきれずに即座に他のサイトに移動してしまうからである。

 契約時に定めるサービス・レベルは,ハードとソフトの組み合わせやパラメータによって実現する。直接的な経営上の成果を指標とする場合に比べて,実現・測定ともに容易である。

自律/グリッド技術が回答なのか?

 大手ITベンダー各社が,自律コンピューティング技術やグリッド・コンピューティング技術の開発で激しい火花を散らしている理由の一つがここにある。いずれもサービス・レベルを保証するのに欠かせない要素技術なのである。

 自律コンピューティング技術は,人間の自律神経が暑いときに汗を分泌して無意識のうちに体温を調節するように,情報システムが自律的に自らを制御する技術のこと。たとえば,情報システム内のあるサーバーに障害が起きた場合,自動的にこのサーバーから正常な予備機に切り替えるといったことが可能になる。

 一方,グリッド・コンピューティング技術は,インターネットで接続されている他のコンピュータに処理要求を自動的に振り分ける技術。レスポンス・タイムがSLAで定めた値を超えそうな場合に,計算能力に余裕のある他のコンピュータに処理の一部を振り分けるといったことができる。

 ITベンダーが付加価値のシフトに適応して業績を伸ばすためには,今のところ自律コンピューティングやグリッド・コンピューティングといった技術を生かしていく以外にはないだろう。デフレの時代であるからこそ,技術によって新しい付加価値を生み出していくことが不可欠なのだと思う。

(森 永輔=BizTech副編集長)

■本記事は,BizTechに4月15日に掲載したものです。BizTechではこの記事をはじめ,多彩な記事をコラム「視点」で掲載しています。ぜひ,ご覧下さい。