「IPv6は普及するか?」の第1部では,2つの一般企業(=非IT関連企業)によるIPv6の導入事例を取り上げ,IPv6のメリットを確認した。キーワードだけおさらいしておくと,(1)セキュリティ,(2)マルチキャスト,(3)個体の把握,(4)プッシュ型配信である。続く第2部では,導入のポイントと普及への課題を整理し,IPv6普及へのシナリオを考えてみる。

 改めて2つの事例を簡単に紹介しておこう。ガリバーは千葉県浦安市のガリバー事業本部で毎週月曜日朝9時から行われる朝礼を全国172の直営店で視聴するために,スカイパーフェクトコミュニケーションズ(以下,スカパー)が提供するIPv6による映像集信・配信サービスを導入した。

 一方のプラネットはCDショップに設置する音楽試聴機を開発している。4月10日からIPv6を採用した新型音楽試聴機「HotNavi-LE」を東京都池袋の東武百貨店内の「CDショップ五番街」,東京都江戸川区の葛西駅前の「サウンドショップすばる葛西店」に1台ずつ試験的に設置した。

 これらの事例をもとに,第1部で挙げたIPv6のメリットを生かしつつ,無理なくIPv6を導入するためのポイントを導き出すと,

(1)新規に導入するシステム
(2)閉じたアプリケーション

という2点を挙げられると思う。

◆ポイント1:新規に導入するシステム

 IPv6の導入であるが,既存システムの伝送路をIPv6に置き換えるのではなく,新しいシステムで用いるという点が,第1のポイントだと思う。ガリバーは,これまではISDN用の専用端末で朝礼を配信していたが,そのシステムはバックアップ用にして,新たに通信衛星を使ったシステムを導入した。プラネットが販売する音楽試聴機は,今まで提供していなかったサービスをIPv6で実現しようとしている。

 既存システムの伝送路を換えようとすると,なんでIPv4で問題なく動いているシステムを,わざわざIPv6に切り替える必要があるのか?という議論になってしまう。単に伝送路をIPv4からIPv6に取り替えるだけでは,得られるメリットは限られてしまう。

 「IPv6のメリットは事実上無制限のアドレス数」とよく言われているが,それが即一般企業の問題解決に結びつくケースは少ないだろう。伝送路だけでなく,新しいシステムを導入する,あるいは既存のシステムを作り替えるのに合わせてIPv6を選択するというのが現実的な解だと思う。IPv6は目的ではなく手段なのだから。

◆ポイント2:閉じたアプリケーション

 2番目の“閉じたアプリケーション”の“閉じた”というのは,不特定の端末と通信するのではなく,特定の端末間で通信するということだ。ガリバーでは,朝礼を行うガリバー事業本部(千葉県浦安市新浦安)から,衛星へ映像を送るスカパーの放送センター(東京都江東区青海)の間でIPv6を用いる。さらに高層ビルに囲まれてスカパーを受信できないガリバーの稲毛海岸店(千葉市)へ,スカパーの放送センターから地上回線で映像を送るのにもIPv6を用いる。一方,プラネットのシステムでは,来年以降の実装になるが,CDショップと同社のデータ・センターとの間で用いる。

 “閉じた”に対する“開かれた”アプリケーションとしては,WebブラウザによるWebサーバーへのアクセスや,電子メールなどが挙げられる。これらのアプリケーションでは不特定多数の相手と通信するため,あるサーバーはIPv6になっても,他のサーバーがIPv4という状況では,あまりおいしくはない。そして何よりも,IPv4で利用できているので,すでに動いているものをIPv6に置き換えるメリットは当面は感じられない。いつの日にか,インターネットを全部IPv6に切り替えるときには,もちろん必要なことなのだが。

 逆に,ガリバーやプラネットのように通信相手が決まっている閉じたアプリケーションであれば,そこだけをIPv6対応にすればすむのである。筆者が,ほぼ1年前に書いた「ファイナルファンタジーでIPv6ネットを作っちゃえ!」においても,新規システム,閉じたアプリケーションというポイントを押さえているのである。残念ながら,これはまだ実現していないのだが。

◆回線,ルーターが割高

 このようにIPv6が向いている場合を見てきたが,今度はIPv6導入にあたっての課題を見てみよう。取材から浮かび上がってきた課題としては,次のような点が挙げられる。

(1)IPv6の回線サービスが割高
(2)IPv6対応ルーターの値段が高い

 プラネットは,CDショップにIPv6を持ち込もうとしているのだが,「今の段階で,店舗にIPv6の回線を引き込むには,まだ回線とルーターが割高」と同社の多田豊・企画室長は渋い顔をする。ガリバーは専用線よりも安いからという理由で,IPv6によるインターネット接続回線を導入したのだが,IPv4によるBフレッツよりは高くついている。

 IPv6のインターネット接続回線が高くなってしまう理由の1つは,サービスのタイプによっては,IPv4の固定IPアドレスが必要になるからである。IPv4回線を利用して,その上でIPv6のパケットを“トンネル”させる「トンネル・サービス」では,トンネルの出入り口のIPアドレスを固定しておく必要があった。ところが固定IPアドレスのインターネット接続サービスは,固定ではないサービスに比べると高い料金に設定されているのである。

 ただし,今年3月になって無料の試験サービスもでてきた。フリービットがインターネット接続事業者(ISP)などと協力して,3月5日から始めた「Feel6 Farm」と呼ぶIPv6の大規模実証実験である(掲載記事)。Feel6 Farmでは,グローバルIPアドレスが付いたインターネット接続回線があれば,無料でIPv6を利用できる。IPアドレスは固定でなくても良いのが,この実験のミソである。こうした取り組みによって,今後はIPv6のインターネット接続回線はIPv4と同じ料金で提供される可能性がある。

 IPv6対応ルーターについては,ヤマハのNetVolanteシリーズが比較的低価格で提供されている。しかし,ブロードバンド・ルーターの中では,NetVolanteシリーズは上位機種という位置付け。1万円以下の機種もある現状からみると,値段が高いのである。今後,IPv6対応ルーターの機種が増えて,価格も下がることが望まれる。

 導入しようとしているユーザーが感じる課題が,ルーターと回線の割高さになってきたことは,日経BP社のIPv6専門サイト「v6start.net」で2001年末に行ったアンケートと比べると興味深い。

 この時のアンケートでは,セキュリティ面やIPv6そのもののプロモーションを課題と感じる人が多かった。それから1年以上たって,こうした点での意見が減ってきたのではないだろうか。少なくとも,一部の一般ユーザーはIPv6を使ってみようとし始めているのだから。

◆IPv6普及への展望は?

 1つ,2つの事例だけで,IPv6が全体に広まるとはもちろん思えない。そこで,次のような筆者なりのIPv6普及の展望を描いてみた。

ステップ1.閉じたシステムの導入の積み重ね
         ↓
ステップ2.IPv6対応ネットワーク機器,接続サービスの価格低下
         ↓
ステップ3.さらに下がってIPv4対応機器,接続サービスの価格と同等に
         ↓
ステップ4.IPv6への自然な移行。新しく導入するならIPv6で

 ステップ1は,ガリバーやプラネットのようなユーザーが増えてくる段階である。IPv6のユーザーが増えてくれば,これまで各種ネットワーク製品のIPv6化に慎重だったメーカーも,IPv6対応に本腰を入れてくる。製品が増えてくると,価格競争が生まれ,値段を下げざるを得なくなってくる。

 接続サービスについては,54社のISPが参加するFeel6 Farmの実験終了(2003年7月31日の予定)後に,どのような形でIPv6接続サービスの商用化が始まるかが焦点になろう。そのまま無料での商用化となれば,ステップ3に達したことになる。

 ステップ3までくれば,IPv4と価格面では同等になるので,「じゃあIPv6にしてみようか」という風潮が生まれて来るに違いない。IPv6を使うのが当たり前になってくる――

 筆者の予測は楽観的すぎるかもしれない。読者はどのようにお考えだろうか?
読者が感じるその他の課題や別の展望などがあったら,ぜひお聞かせいただきたい。ご意見は,下の「Feed Back!」欄をご活用いただくか,電子メールでiteditor@nikkeibp.co.jpあてにお送りください。メールの場合は題名に「IPv6係あて」とお書きいただければ幸いです。

 第1部の公開後,セキュリティについてご意見を頂戴した。こうしたご意見については,今後の記事でお答えしていきたいと思う。

(和田 英一=IT Pro副編集長)

■IPv6にご興味をお持ちの方は,日経BP社が運営するIPv6関連の総合情報サイトv6start.netもぜひご利用ください。