次世代のインターネット・プロトコル「IPv6」。複数のインターネット接続事業者が試験サービスにとどまらず,商用サービスを始めているが,大方の人にとっては,まだまだ研究者レベルのものという印象があるのではないだろうか。

 しかし,この3月末から一般企業(=非IT関連企業)でIPv6を導入する企業が出てきた。中古車販売・買い取りのガリバーインターナショナル(以下,ガリバー)である。また,4月10日にはプラネット製のIPv6対応音楽試聴機が都内2カ所のCDショップにお 目見えした。これらの事例では,現段階では,全社ネットワークをIPv6に切り替えるというわけではない。限定的なネットワークにおいて,IPv6を利用する。

 「なあんだ,一部のネットワークだけか」と思われるかもしれないが,上記2つの事例で,筆者としては,ようやく一般企業でも使われるようになったか,という気持ちである。

 と言うのも,政府の肝いりで予算を獲得してIPv6の実証実験を進めている「e!プロジェクト」などがすでにあったが,これは「実証実験」で,採算性を考えてIPv6を用いたというわけではない。また,全社的にIPv6に切り替えた事例として電通国際情報サービスが挙げられる(掲載記事)が,同社はIT関連企業である。その後,一般企業がIPv6を導入したという事例はとんと聞かなかった。

 今後もIPv6の導入事例は増えていくのだろうか。読者の多くはまだ懐疑的に違いない。そこでこの2つの事例をベースに,2部に分けて,果たしてIPv6は普及していくのかを考えてみたいと思う。

 まず,今回の第1部では,この2つの事例から,IPv6にはどのようなメリットがあるのかをみる。今週中に公開予定の第2部では,IPv6導入のポイントと,普及への課題を整理する。

なぜIPv6を導入したのか?

 ガリバーとプラネットはなぜIPv6を採用したのか。ポイントは4点ある。

(1)セキュリティ
(2)マルチキャスト
(3)個体の把握
(4)プッシュ型配信

である。

 それぞれについて論ずる前に,2つのケースを簡単に説明しておこう。まず,ガリバーは千葉県浦安市のガリバー事業本部で毎週月曜日朝9時から行われる朝礼を全国172の直営店で視聴するために,スカイパーフェクトコミュニケーションズ(以下,スカパー)が提供するIPv6による映像集信・配信サービスを導入した。ガリバー事業本部での朝礼をIPv6のBフレッツで,東京都江東区青海にあるスカパーの放送センターに伝送して,衛星にアップリンクし,各店舗に同報する。また,衛星放送を受信できない1店舗では,IPv6のBフレッツで衛星配信と同じ映像を受信する。

 一方のプラネットは小売店向けシステム構築を手がける企業。CDショップに設置する音楽試聴機も開発している。4月10日からIPv6を採用した新型音楽試聴機「HotNavi-LE」を東京都池袋の東武百貨店内の「CDショップ五番街」,東京都江戸川区の葛西駅前の「サウンドショップすばる葛西店」に1台ずつ試験的に設置した。

 来店者が音楽試聴機のバーコード読み取り部にCDを近づけると,バーコードを読み取って,そのCDの楽曲を再生する。今後,CDショップのインターネット接続回線がIPv6になれば,プラネットのデータ・センターから,個々の音楽試聴機でどのような音楽が視聴されているかといったデータを集めたり,逆に音楽試聴機に直接ヒット・チャート情報を送り込んだりするのが狙いだ。

◆メリット1:セキュリティ

 ガリバーもプラネットもIPv6によって,信頼性の高い通信を実現する。まず,ガリバーの場合。前述のように,浦安での朝礼の映像を青海の放送センターまで伝送するのだが,その回線がネックとなった。信頼性が高いのは専用線である。東京23区内なら低額だが,県をまたぐ浦安-青海間となると高額になってしまう。衛星での同報による配信部分のコスト削減分が,専用線の料金で帳消しになってしまうのだ。

 とはいえ,通常のインターネット接続回線に朝礼の映像を流すのは,企業の重要な情報も報告される朝礼であるため,避けたい。そこでIPv6が備えるIPsec[用語解説] によって,通信相手を認証して,暗号化して通信を行い,セキュリティ度を高めた。

 プラネットでは,後述のようにインターネット側のサーバーからCDショップに置かれた音楽試聴機に直接,アクセスする際に,IPsecによって認証した相手とだけ通信することによってセキュリティを保てる。

 IPsecは,IPv6の専売特許ではない。IPv4でも利用することができる。だが,IPv6ではIPssecは必須機能になっているため,導入が容易なのである。ただし,「IPv6はIPsecがあるので,セキュリティ面で万全」ということはあり得ない。IPsecが実現するのは,IPパケットを暗号化するとともに,本物であることや改ざんされていないことを保証することである。DoS攻撃[用語解説] などに対しては,別途対処する必要がある。

◆メリット2:マルチキャスト

 2つ目のメリットは,マルチキャストでのIPv6利用である。そもそもスカパーが映像配信サービスにIPv6を導入したのは,マルチキャストの利用が主目的である。スカパーが提供する地上回線を用いた映像配信サービスは,IPv6のマルチキャスト機能を用いて,複数の拠点に映像を同報する。見通しが利かずに衛星からの電波を受信できなかったり,高層ビルなどでパラボラ・アンテナの設置コストが高すぎたりする場合のサービスである。

 スカパーの映像は2~6Mbps程度の帯域で放送されている。通信衛星を使うので,受信局が100カ所でも1000カ所でも,1つの映像を通信衛星にアップリンクしてしまえば,同報できる。しかし,地上回線を使う場合は,ユニキャストでそれぞれの受信局に映像を送っていると,配信サーバーには受信局分の帯域が必要となる。そこでマルチキャストを用いるのだが,IPv4では途中の経路を全部,マルチキャスト対応に設定を変更しなくてはならない。IPv6ではマルチキャストが比較的簡単に実現できる。このためスカパーはIPv6を採用したのだ。

 IPv4でのマルチキャストの導入例がないわけではない。ソフトバンク・グループはADSLを使って「BBケーブルTV」という放送事業を2003年3月12日から開始した(掲載記事)。当初からマルチキャストを考えてネットワークを構築しているため,実現できている。しかも,Yahoo! BBのネットワークに相乗りしており,閉じている。

 ところが,いろいろな事業者で構成している既存のインターネットでは,こうはいかない。既存のルーターをマルチキャスト用の設定に変えていかなくてはならないのだが,自分のネットワークを通過する他人のトラフィックのために,ルーターの設定を変えてもらうというのは,なかなか難しい。新たに構築するIPv6のネットワークこそ,マルチキャストを使える状態で広げていく良いチャンスではないだろうか。

◆メリット3:個体の把握

 プラネットは,音楽試聴機でどのような音楽が聞かれているかをつかもうとしている。それぞれの試聴機がどのような場所――Jポップ売り場なのか,クラシック売り場なのかなど――に置かれているかをデータ化している。どこに置かれた視聴機でどんなCDが聴かれたか,という情報をマーケティングに活かそうというわけである。そのためには,個々の試聴機を同社のデータ・センターのサーバーで直接,把握したい。

 ところが現在のネットワーク構成では,店舗へのインターネット回線の入り口にブロードバンド・ルーターがあり,サーバーがあるインターネット側から内部のネットワークを見せないようにしている。

 こうしたブロードバンド・ルーターの機能は,家庭などであれば,インターネット側から内部のパソコンに直接アクセスされないように守っていることになる。一種のセキュリティ機能を果たしているわけである。しかし,プラネットのような場合には,店舗内がブラックボックスとなってしまう。そこで,IPv6を導入することによって,それぞれの試聴機にIPv6アドレスを割り振り,サーバーから直接アクセスすることをプラネットは狙っている。

 もちろん,こうしたことはアプリケーションを工夫することによってIPv4であっても実現できないわけではない。しかし,IPv6を用いれば,シンプルに実現できる可能性がある。

◆メリット4:プッシュ型配信

 さらにプラネットはIPv6を用いることによって,もう1つのメリットも期待している。上記と関係しているのだが,サーバーから,CDショップの音楽試聴機に直接,最新のヒット・チャートやお薦め曲などのデータを送り込むことを計画している。この際に,IPv6であればスマートにネットワークを構築できる。

 前述のようにブロードバンド・ルーターによって,店舗内がブラックボックス化していては,サーバーから試聴機にデータを送り込むことはできない。通信手順を工夫することによって,IPv4でも実現できなくはないのだが,IPv6を用いれば,ブロードバンド・ルーターを用いずに,サーバーから店舗内のそれぞれの音楽試聴機に直接データを送れる。

 こうしたプッシュ型通信は,これまでクライアント側からサーバーに定期的にアクセスして,サーバーに更新情報があれば取り込んでくるという形で擬似的にプッシュ型を実現していることが多かった。IPv6になれば,サーバーから直接プッシュできる。サーバー側のスケジュールで処理を進められるため,一度にたくさんのクライアントからのアクセスが集中してサーバーがパンクしてしまうといった事態を避けられる。

 プッシュ型技術はPointCastなど一時期,盛り上がりかけたがとん挫してしまった。常時接続の普及で再び脚光を浴び始めてはいるが,IPv6を使えばスマートに実現できる。こうしたアプリケーションでは,ぜひ積極的にIPv6を使っていっていただきたいものである。

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 次回は,引き続きガリバーとプラネットを題材にして,IPv6導入のポイントと普及への課題を整理してみる。

 もっとも筆者はシステム構築を生業にしているわけではなく,現実的な課題はIT Proの読者のような日々,システム作りに取り組んでいらっしゃる方々が一番,詳しいはずだ。IPv6導入にあたっての障害,普及のシナリオ,あるいはすでに使っているという事例などをお聞かせいただければと思う。

 ご意見は,下の「Feed Back!」欄をご活用いただくか,電子メールでiteditor@nikkeibp.co.jpあてにお送りください。メールの場合は題名に「IPv6係あて」とお書きいただければ幸いです。

(和田 英一=IT Pro副編集長)

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