「我が社は最適なソリューションを提供します」――。こうした宣伝文句がコンピュータ雑誌に登場してから,10年以上は経過しているはずだ。しかし,いまだにITベンダーが本当にソリューションを提供できているのか,疑問を持っているのは筆者だけではないだろう。なぜなら,ITベンダーの多くが自社の問題解決さえ満足にできていないのでは,と思うからだ。

 筆者は日経情報ストラテジー日経システムプロバイダなどでユーザー企業やITベンダーの取材経験を重ねてきた。現在は5月1日に創刊する日経アドバンテージと呼ぶ中堅中小企業向けのIT戦略誌を準備している。すると先進的にIT活用しているユーザー企業の姿とは反対に,ソリューションを提案している肝心のITベンダーの社内で,IT活用による経営改革が遅れているケースが実に目立った。

ITベンダー自身の業務に無駄が多くては,中堅中小企業に信頼されない

 ユーザー企業には,SCM[用語解説] やCRM[用語解説] ,ナレッジマネジメント[用語解説] などを売り込みながら,自社では旧態依然とした経営スタイルのままでは,「我が社はソリューションを提案します」といった宣伝文句が白々しくなる。ソリューションの経験もノウハウもなく,営業の勢いだけのITベンダーに,ソリューションの提供は無理だろう。まさに「紺屋の白袴」である。

 特に現在,取材を進めている中堅中小企業には,社内のIT関連の人材に乏しく,頼りになるのはITベンダーしかない。それが,売りたい一心で受注を獲得できても,ITベンダーの業務に無駄が多かったり,プロジェクトが非効率で工期が延びるようでは,中堅中小企業に信頼されるわけがない。

 こうした反省点を踏まえ,最近は自社の経営改革に本気で取り組むITベンダーも増えてきた。

オフィスがいわばショールームに。総務や人事の社員が苦労談を語る

 リコーの販売会社,神奈川リコー(横浜市)もその一つ。オフィスのペーパーレス化や環境対策,業務プロセスの見直しなど次々と自社で経営改革を実践していった。その結果,約300種類もあった社内帳票を大幅に削減でき,間接部員も半分になった。特に総務や人事では大きな成果を上げた。この経験を生かすことで,ユーザー企業に提案するわけだ。

 神奈川リコーでは,ユニークな営業スタイルも生まれた。経営改革の実際の成果を見てもらうため,社員が働いている一般のオフィスにユーザー企業を招待し,実際の状況を見せているのだ。いわばビルの1階から6階まで全部が「ショールーム」なのである。

 しかも訪れるユーザー企業に対し,説明するのは営業やシステム・エンジニアではなく,神奈川リコーで経営改革に苦労した総務や人事の社員たち。自らの体験談を語ることで,生きたノウハウを提供する。

 「ユーザー企業の総務や人事と最も話が合うのは,神奈川リコーの総務や人事だ。自分たちで苦労して経営改革した様々な経験を話すことで,ユーザー企業と悩みを共感しながら提案ができる」(篠崎俊二社長)

社員にも経営管理の資格を

 このほか日本IBMで中堅中小企業を担当するゼネラル・ビジネス事業部は,ユーザー企業に経営戦略の視点から提案できるように社員の意識改革を図っている。既に同事業部は,社会経済生産性本部の経営品質協議会が主催する「日本経営品質賞」を受賞するなど,経営改革を実践してきた。

 そこで今後は,まず幹部社員に経営品質協議会の認定資格「セルフアセッサー」を取得させ,その後は社員にも広げる方針だ。経営管理の専門家を事業部内に増やすことで,中堅中小企業のIT経営を支援していくという。

 こうした取り組みは今後,多くのITベンダーでも当たり前になるかもしれない。ユーザー企業に対するアピールだけでなく,経営改革に本気で取り組まないとITベンダーも生き残れないからだ。それで中堅中小企業に本当のソリューションを提案でき,ユーザー企業が成長すれば格好の成功事例になるし,ITベンダーにとっても長い付き合いができるはず。互いに損はない。

 日経アドバンテージでも今後,こうした中堅中小企業の様々な事例を取り上げて,中堅中小企業のIT戦略を応援したいと思っている。やや大げさに言えば,中堅中企業の復活なくして,日本経済の再生はないからだ。国内では金融機関の貸し渋り,海外からは中国の台頭など,中堅中小企業の経営改革はまった無しである。これを支えるのは,日本のITベンダーである。それだけの自覚を持ってソリューションを提案してほしいと筆者は切望している。

(大山 繁樹=日経アドバンテージ副編集長)