「プロジェクトを成功させるという強い意思と情熱,胃薬」。困難なプロジェクトを成功させる上で,プロジェクト・マネジャに絶対欠かせないものである。

 プロジェクト・マネジャに胃薬が必要というのは,プロジェクト・マネジャはうまくいかない自らのプロジェクトに日々,悩み苦しんでいることを指している。プロジェクトを実施する上でプロジェクト・マネジャは数々の問題に突き当たる。その問題が初めて経験するものであれば,悩みはなおさら深くなる。

 「契約金額1億円で受注したプロジェクトの開発費が5億円にも達し,大赤字になってしまった」。これは国内のある大手システム・インテグレータの幹部が漏らした言葉だが,実はこういうプロジェクトはちまたにあふれている。

 このようにプロジェクト・マネジャが胃を痛めているときにこそ,組織はマネジャたちに手を差し伸べるべきである。組織としてプロジェクト・マネジャたちを支援する体系的な仕組みが必要なのだ。その仕組みを確立できている組織はほとんどない。

 あるプロジェクト・マネジャが言うように,「プロジェクトの問題が自分の手に余るところまで行ったら,近くの神社に行っておはらいをしてもらう」くらいしか手がないのが現状だ。プロジェクトを着実に成功させていくことこそが,プロジェクト・マネジャが胃を痛めずに済む最も優良な方法であることは間違いない。

身につけるべき能力がわからない

 プロジェクト・マネジャはプロジェクトを成功させるための努力を怠っているわけではない。むしろ自分に必要な能力を修得し,向上させる情熱を持っている。しかし現状は,「プロジェクトの実務に追われて,体系的な学習をする時間がない。自分に足りないスキルを学ぶために他のプロジェクト・マネジャのやり方を観察する,といった機会も権限もない」というプロジェクト・マネジャがほとんどである。

 問題はそれだけではない。プロジェクト・マネジャからは,「どのようなスキルを,どうやって修得すればよいか分からない」「プロジェクトマネジメント手法を学んでも,自社の業務があまりにかけ離れており生かせない」などというように,効果的な学習方法が分からないという不安もよく耳にする。

 これらの背景には,インテグレータやユーザー企業などの組織が自社のプロジェクト・マネジャに対して「その組織がプロジェクト・マネジャにどのような能力を求めているか」「求める能力をどうやったら修得できるか」「修得のために組織がどう支援していくのか」という具体的なビジョンや方策を打ち出せていないことがある。そのようなビジョンや方策を確立できている組織はほとんどない。

 プロジェクトを生業とする組織なら,その組織としてどのような能力を必要とし,その能力を伸ばすために組織としてどう支援していけるのかという具体策を打ち出していくべきである。努力が足りないのはプロジェクト・マネジャ個人ではなく,プロジェクトを請け負った主体であるはずの組織である。もはや,プロジェクトがうまくいかない原因を,プロジェクト・マネジャ個人に帰することはできない。

プロジェクト・マネジャの胃痛の種を減らすべき

 プロジェクトを実行する組織は,プロジェクトの実務に役立つ「組織として体系化したプロジェクトマネジメント・プロセス」を確立すべきである。

 「体系化」とは,プロジェクトマネジメントに必要な諸活動をもれなく実施できる,という意味である。ここでは,すべてのステークホルダー(利害関係者)を見わたせる高い視野を持つことを含む。「プロセス」というのは,それらの諸活動を組織立てて実践できる仕組みや、プロジェクトを進める上での指針である。単なる“教科書”としての仕組みではなく,困難を乗り越えた,もしくは乗り越えられずに失敗したプロジェクト・マネジャの経験や助言を,同じような問題に当たったプロジェクト・マネジャが享受できるような仕組みなども重要である。

 この仕組みは国際的な標準体系に準拠することが望ましい。そのためには,プロジェクトマネジメントの国際的な知識体系である「PMBOK(ピンボック)」や,組織が持つソフト開発プロセスの成熟度を測る「CMMI(能力成熟度モデル統合)」を利用するのも一つの手である。国際的な標準体系に準拠することで,独りよがりのマネジメント手法を排除でき,複数組織の間のコラボレーションも可能になる。

 しかし,国際的な標準体系はあくまで“教科書”である。重要なのは,“教科書”に基づいて実務に役立つ仕組みを確立することである。決して,「CMMIのレベル5を達成した」とか,「PMP(PMBOKに基づいたプロジェクト・マネジャに関する資格)の取得者が日本で2番目に多い」などと吹聴するための道具にしてはならない。

 将来,プロジェクトマネジメント・プロセスの必要性が受け入れられ,困難なプロジェクトを成功させる上でプロジェクト・マネジャに必要なものは,「プロジェクトを成功させるという強い意思と情熱,“プロジェクトマネジメント・プロセス”」と言われる日が来るかもしれない。プロジェクトマネジメント・プロセスが,プロジェクト・マネジャの胃潰瘍の予防薬としての役割を担うのである。

 ところで,記者はこれまでの取材を通して,「プロジェクト・マネジャは胃が痛い」ものだという理解をしていた。今回,「プロジェクト・マネジャは胃が痛い」という題材に取り組もうとした時,ある副編集長が「プロジェクト・マネジャって胃が痛いものなの?」という質問を投げ掛けてきた。確かに,記者個人が出会えた人は限られている。世の中のプロジェクト・マネジャの方々はどう感じているのだろうか? 「こんなに胃が痛かった」「そんなことはない」と言うご意見をぜひ伺いたい(電子メールはiteditor@nikkeibp.co.jpあてで,題名に「PM係あて」とお書きいただければ幸いです)。

(鈴木 孝知=日経コンピュータ)