「最近のビル・ゲイツ会長は慎重な発言が多くなった。派手さがない」。米Microsoftのビル・ゲイツ会長が来日すると,いくつかのパートナ企業と会合を持つ。電子政府向けの直接営業などで,2月に来日したときにも会合があり,あるシステム・インテグレータの技術トップは,そのときのゲイツ会長の印象が変わったと語った。

 度重なるウイルスの攻撃やバグの発覚で,自社製品の信頼性を強調したいこともあるだろう。あるいは,米国における反トラスト訴訟を乗り切った体験が,そうさせているのかもしれない。会長の慎重さは,そのまま新製品のマーケティングの慎重さに反映されているように思える。ここでは,3月28日に完成し,4月24日に発売をひかえた「Windows Server 2003」が持つ微妙な戦略のことを話そう。

「.NET」の名前隠して意図画策

 Windows Server 2003は,アプリケーションの新しい実行環境である「.NET Framework」を初めて標準搭載したOSだ。.NET Frameworkは,可用性の高い実行環境や,プログラミング言語に依存しない開発環境といったメリットも大きいが,なんといっても目玉はWebサービスやWebアプリケーションの実行環境になることだ。Windows Server 2003は,Microsoftが進めるWebサービスの構想「.NET戦略」を実現する大切な支柱になる。

 ところが,製品の名称は2003年1月に,「Windows .NET Server 2003」から「Windows Server 2003」に変わって,名前から「.NET」の文字がなくなってしまった。これはどうしたことか。

 .NETは2000年5月に発表したが,開発ツールが出てまだ1年,サーバー製品がようやくこの春出るところだ。その間,インターネット上のインフラ・サービスを目指していた「.NET My Services」の失敗があった。Microsoftとしては,.NETの普及を促進したいのは,やまやまだが,ゆっくりとした普及の歩みはなかなか変えられない。派手な宣伝をかけて,むしろ現実との乖離(かいり)が目立っては,かえって逆効果ということもあるだろう。

 そう思わせる理由は,3年前にWindows 2000が登場したときのマーケティングの教訓がある。Active Directory(AD:[用語解説] )という派手な機能を前面に打ち出し,サーバーOSもクライアントOSもWindows 2000に統一すれば,単なるユーザー認証にとどまらず,デスクトップ管理やアプリケーション配布などが行えるとぶち上げた(IntelliMirror機能)。

 小規模システムでWindows NT Server 4.0を使っていたユーザーの反応は,「そんな高度なことはやらないし,クライアントOSも統一できないから,Active Directoryはいらない」「Active Directoryはいらないから,Windows 2000もいらない」と,宣伝が裏目に出てしまった。

 取材で会うシステム・インテグレータのほとんどが,「当初,Active Directoryは難解という印象が付きまとった。何度も講習会を開いて,お客さんを教育してからでないと商談に移れなかった」と苦労を語ってくれる。それでも最近になって認知が進み,「Active Directoryでようやく商売ができるようになってきた」と,登場から3年かけて市民権を得たとの感触をつかんだようだ。新技術の普及には,それだけ時間がかかるという証左である。

 これはあくまで,筆者の推測だが,ADでの経験から,.NETに関しても,「新技術に敏感な開発者や企画担当者には訴求したい。しかし,新OSのマーケティングの前面に出ることは,逆に敬遠されてしまう」と判断したのだろう。だから,名前を隠す一方で,「.NETですか? 使いたければいつでもどうぞ。ちゃんと用意しています」と,まるでお客から声を掛けられるまで,黙って待っている百貨店の売り子のような姿勢に徹しているのだ。これは実に微妙な戦略といえる。

汎AD主義からの決別は,新戦略の布石か

 微妙な戦略をもう1つ取り上げよう。2月に都内で行われたEDC(Enterprise Deployment Conference)で,阿多親市社長による基調講演を聞いていて,「あれ?」と思ったことがある。

 基調講演は,途中でWindows Server 2003やExchange Server 2003など様々な最新ソフトのデモが織り込まれて進行していた。その中でこの春リリースされる「Microsoft Metadirectory Services 2003」(MMS 2003)が大きな比重で取り上げられていたのである。他にもADの機能を身軽にして,ISVのアプリケーションから利用しやすくした「Active Directory/Application Mode」(AD/AM)にも言及していた。

 MMS 2003は,ノーツやiPlanetなど,様々なベンダーのディレクトリ・サービスとActive Directoryとが共存できるようにするため,統合的にディレクトリを管理するソフトである。マスター・データとしてSQL Serverを中心に置く必要があるのだが,これまで「すべてActive Directoryで統一しなければまかりならん」といった“汎AD主義”だったのが,「みんな仲良くやろうよ」的な“ディレクトリ共存共栄思想”にシフトしたといえる。

 前述した通り,ADの普及にはかなりの苦労があった。Windows Server 2003になるとADの完成度も増し,より使いやすいディレクトリ・サービスに成長している。それでも,マイクロソフトにとっては,ADが完全勝利したとはいえないのだろう。それをあえて共存共栄思想にシフトする意味は?

 同社は,開発コード名「Yukon」と呼ばれる次期SQL Serverを準備中である。これをデータベース・ソフトの新バージョンというだけでなく,Windows Serverの基盤技術にまで格上げする計画がある。具体的には,「WinFS(Windows Future Storage)」と呼ばれる新ファイル・システムをはじめとして,Active Directory,Exchange Serverまで巻き込んで,統一的に管理する全く新しいストレージ基盤になるものだ。当然,「Longhorn」や「Blackcomb」(いずれも開発コード名)といった将来のWindows OSの目玉の技術になる。

 MMS 2003にはSQL Serverが必要だったことを思い出してもらいたい。Microsoftは,ADを“帝国の道具”にするのでなく,民主化の流れにまかせることにしたが,それはYukonを柱とした新しい戦略への布石なのだ。

(木下 篤芳=日経Windowsプロ副編集長)

■まだWindows Server 2003のことをご存じない方は,「日経Windowsプロ」4月号特集か,弊誌編集部が発行したムック「Windows Server 2003テクノロジ徹底解剖」をぜひご参照いただきたい。