厳しい経営環境を乗り切るため,多くの企業が営業戦略を変える,あるいは情報システムを刷新するといった改革を実施している。しかし,その戦略に基づいて行動したり,情報システムを活用する現場の社員の意識が変わらず,改革が進まないケースが後を絶たない。なぜ社員の意識は変わらないのか。変えるためにはどうすればいいのか。こんな疑問から,『日経情報ストラテジー』の最新号で「意識改革の技術」という特集を企画した。

 取材の過程で,社員の意識改革を促すために不可欠なものとして,「本気」「本音」「本当」という3つのキーワードが浮かび上がってきた。改革において,現場の社員に行動を起こさせるには,(1)部下にコミットメント(約束)を求めるのではなく,経営層こそが部下の要望に対してコミットメントを与え,「本気」であることを示す,(2)建前だけの空疎な議論を繰り返すのではなく,真の問題を浮かび上がらせるために「本音」で語り合う場を組織的に作る,(3)部下の進ちょくを報告させるばかりでなく,経営の進ちょくを現場に見せることで,社内の「本当」の姿を周知させる──ということだ。なかでも,もっとも基本になる「本気」の部分について,筆者の考えを述べたい。

「上」から「下」のコミットメントが必要

 「本気」とは,コミットメント,すなわち,約束をすることだ。何となく「売り上げを増やそう」と言うのではなく,「今年度末までに,20%売り上げを必ず増やす」といった形で,期限と具体的な目標(多くの場合は数値)を含めたコミットメントがないと,なかなか実際の行動につながらないし,意識は変わらない。

 コミットメント自体は至極当たり前のことだが,実際に日本の企業でこれがどこまで浸透しているだろうか。確かに,人事評価のための目標設定で「私は新規顧客を100件開拓します」と宣言するなど,部下が上司に対して約束するケースは多い。売り上げのノルマや,納期の厳守といったものもこの部類で,「下」から「上」へのコミットメントは案外浸透しているように思われる。

 一方で,経営陣や上司が部下に対して,つまり「上」から「下」に対して何かを約束することはあまり多くない。不調な企業ほど,売り上げノルマを達成できない社員は容赦なくリストラされるのに,経営者は赤字が続いても責任をとることもなく,居座っているのではないだろうか。

 改革では,業務の現場にいる社員は多大な努力と犠牲を強いられる。一方で,経営陣だけが何の責任も取らないのでは,社員のやる気も出てこない。日産自動車のカルロス・ゴーン社長は,就任した1999年に「黒字化」「売上高営業利益率」「有利子負債削減」の数値目標を期限付きで約束し,達成できない場合の辞任を明言した。結果的には1年前倒しで目標を達成した。ちなみに,日産はここ2年,春闘で満額回答を続けている。努力には報いるというのも重要なコミットメントだろう。

 今回,経営改革に成功した企業をいくつか取材したが,これらの企業では,「上」から「下」へのコミットメントを制度化していることが多かった。例えば,東京都内の観光で有名なはとバス(本社東京)では,バスガイドや運転手など現場の社員から年100件ある改善提案のすべてに社長が目を通し,月2回の会議で改善策を実施するかどうかを決める制度がある。実施しない場合でも必ずできない理由を説明することになっており,決定内容は掲示などで社内に広く知らされる。

 GEグループの2社も取材したが,これらの企業では「ワークアウト」と呼ばれる会議手法が定着している。「スポンサー(その問題について権限をもった役員など)」と「メンバー(現場の社員)」の役割が明確に分かれているのが特徴だ。メンバーは議論を行い,問題に対する改善策を練るが,そこにスポンサーは介入しない。しかし最後に,スポンサーはメンバーから改善策の提案を受け,その場で承認するか,拒否するか,検討を要する場合はどんな情報が必要なのかを明言しなければならない。「上司ばかりがよくしゃべるが,結局何も決まらないまま終わる」といった会議とは対極にあるものだ

まずは自部署の小さなコミットメントから

 もっとシンプルな例もある。全社的な意識改革運動を進めている総合人材サービスのインテリジェンスでは,社員の生産性向上に取り組んでいる。具体的には,残業を減らすため,マネジャーが自部署で残業をしないと決めた日には,周りの部署にも電子メールで「今日は残業をしない」と宣言するルールにした。残業なしを実現できなかったら周りの部署から一目で分かるので,マネジャーは,何とか自部署の仕事を早く終らせようとするわけだ。

 ゴーン氏のような社長を連れてくることはすぐにはできないだろうが,こうした手法は比較的簡単に実践できるはずだ。「うちの社長は責任を取らないからダメだ」と嘆いていても何も始まらない。部下を持つ立場にいらっしゃる方は,まずは,自分が担当する部署内限定の小さなコミットメントから手がけてみてはいかがだろうか。

(清嶋 直樹=日経情報ストラテジー)