日本のITサービス産業の実力を測る絶好のモノサシが現れた。中国のIT市場だ。携帯電話などのハードだけでなく,ミドルウエアやアプリケーション・パッケージを含めた各種ソフト,ソフト開発力,業種・業務別のITコンサルティングまでが,中国市場に出ることでグローバルな視点を交えた腕試しが可能になる。

 中国のIT市場そのものは決して新しくはないし,これまでも中国に拠点を置くソリューション・プロバイダ(=ITサービス事業者)はいた。ただ,その多くは特定ユーザーの特定システムを現地サポートするための色彩が強かった。ここ2年ほどは,安価なプログラマを求めたソフト開発拠点として中国にでるかどうかがITサービス業界にとっては大きな課題だった。

世界の“ソフト工場”から開かれた“ITマーケット”に

 こうした状況が一気に変わろうとしている。“世界の工場”と表されてきた中国が,WTO(世界貿易機関)加盟を機に“世界の市場”になっていくためだ。工場進出の必要がないと判断していた製造業が販売拠点の確立を急ぐし,物流業や小売業なども進出を考えずにはいられない。「ここで出遅れては将来の巨大市場を逃す」と思えるほどに,中国市場は大きく動いている。

 ソリューション・プロバイダ=ITサービス事業者も,開発拠点としてではなく販売拠点としての中国市場進出を本格化し始めた。当面の見込み客である日本企業の中国進出が「第3次投資ブーム」と呼ばれるほどに伸びているのだから,当然と言えば当然だ。日中投資促進機構が実施した中国進出している日系企業へのアンケート結果によれば今後「事業規模を拡大する」との回答が76%を占める。

 中国に出始めたソリューション・プロバイダが本腰を入れる理由は,大きく三つある。(1)中国情報の提供や現地サポートを約束できるかどうかが国内営業の重要条件になってきたこと,(2)進出済み企業が継続的な運用サポートやアウトソーシングを求め始めたこと。人材の流動性が高い中国では運用担当者を抱えることが難しいことが,サービス事業者への委託に拍車をかける。(3) IT投資の権限や絶対額も中国に移り出していること。中国は生産拠点(=工場)としてだけでなく,原材料の調達拠点や設計・開発拠点の役割まで持ち始めている。

 三つの理由だけを見れば,ソリューション・プロバイダの動きは「客が出るから,仕方なく出る」といった“受け身”体質だ。顧客が「中国に出る」あるいは「中国に出たい」と言わなければ多分,中国は遠い国のままだ。だが,顧客企業と同じように,ソリューション・プロバイダにしても中国市場を視野に入れた企業戦略の立案は不可欠だ。

「早く,安く」への解は日本にあり。逆輸入も始まる

 中国市場に出たソリューション・プロバイダは,冒頭に指摘した中国というモノサシに接することで,ITサービス事業者としての本当の強さと弱さを再認識することになる。

 日本の“弱さ”だと再確認するのは,ビジネスの速度とグローバル度だ。中国のIT市場の規模は2002年度に約2兆円弱。1980年代前半の日本と同水準になる。それが2~3年後には,今の日本の市場規模である6兆円に追い付くと見られている。日本が20年かけてきた成長を,その10倍の速さで実現するわけだ。

 それだけに,中国市場には欧米のITコンサルティング会社やベンダー各社が注力するのはもちろん,地元ソリューション・プロバイダも育ってくる。

 これまで日本国内で発生する開発案件の受託に熱心だった中国のソフト会社も,日本からの発注量が減ってきたため,中国進出した日系企業のサポート業務受託に営業方針を転換し始めているという。日本市場ではパートナの位置付けの外資系ベンダーらも,中国では日系企業を取り合う競争相手になる。彼ら自身が中国拠点を設置し,日本のソリューション・プロバイダはそこでの販売権・サポート権を持たないからだ。

 ターゲット顧客である日系企業にしても,現地化を急いでおり,むしろグローバル企業の側面が強くなっていし,現場で働くスタッフのほとんどが中国人だ。そこでは,日本市場を守ってきた日本語の壁も崩れる。

 逆に“強さ”だと認識できるのは,業種ノウハウに裏付けられた安価なパッケージの存在だろう。日本市場では外資系パッケージを推す例が多いが,安価かつ短期間に現地業務を稼働させたい顧客にすれば,安価な日本製品は,まず価格競争力がある。加えて,中国市場では「業種・業務ノウハウのない現場スタッフに対し,業務プロセスを早期に定着させるための仕組み」なだけに,自らが業務分析し開発したパッケージが武器になる。「なぜ,こうなっているか」までを説明できるはずだからだ。

 既に兆しはある。中堅・中小の製造業向けパッケージを中心に,中国で採用例を増やす製品がある。TPiCS(ティーピクス研究所製)やEXPLANNER(NEC製)などだ。これらは,現地での導入成功を受けて,日本の拠点へ導入する例まで出始めた。中国での評判が中国拠点経由で本社に伝搬することで,市場が世界に広がることも十分に期待できる。

ビジネス・プロセスの体系化に注力する

 ここまでを読み進まれた読者からは,記者が「中国市場が求めるもの」とした点は「日本でも,どこでもユーザー企業が求めるものは同じ」「だから,中国に出たからと言っても変わらない」との指摘が出るだろう。その通りだ。

 だが,その真のニーズを,これまでの日本はITサービス業界だけでなく,ユーザー企業の側も覆い隠してきた。“現場による改善活動”に依存してきた経営手法や高度成長期の積極投資などの上で「コンピュータは難しいもの」との見方が,カスタマイズ導入を良しとしてきたためだ。

 この前提が,たとえ日本企業を相手にしたとしても,中国市場では一気に崩れることが重要だ。カスタマイズしなくても,安価なパッケージを使っても,ユーザーとソリューション・プロバイダが目的を見誤らなければ,必要な仕組みを構築できることが実感として分かる。経済悪化や米国主導への不満などで日本市場自体も変わりつつあるものの,その速度は遅い。日本市場だけでを見てきたITサービス業界の変化は,さらに遅い。中国を体感することで初めて,自発的に変わるための動きが加速されると,記者は期待する。

 そこでは,これまでないがしろにしてきたビジネス・プロセスを体系化することに,いままで以上に注力する必要がある。誰もが知っているトヨタのカンバン方式にしても,その言葉が普及したのは米国での体系化後だ。日本企業は社員をトヨタの工場に送り“体得”させてはきたが,一つの体系=知識・知恵として伝えることを怠ってきた,あるいは終身雇用のなかでは不要だったと言える。

 だが,世界に通用するプロセスを体系化できなければ業種・業務パッケージは開発できない。日本のソリューション・プロバイダが開発・販売する製品は,パッケージとは言うものの,個別案件で開発した個別システムを横展開しているものがほとんど。それゆえに,同業種・同業務向け製品は多数,存在するものの体系立てたプレゼンテーションができず,外資系パッケージ主導でしかERP[用語解説]やSCM[用語解説]といった市場を創出できない。

 製造業を中心に,中国に出た日本企業は,それぞれの強み・弱みを体験し,新たなビジネスモデルの立ち上げに取り組んでいる。逆に,今の中国が「1オーダー数万個単位」の大量生産型であることに気付き「1オーダー数百個」の多品種少量型で差別化を図る中堅・中小企業も少なくない。国内に生き残る顧客向けに新たな業種・業務パッケージを提供できれば,日本発の新しいマーケットを自ら立ち上げることにもなる。

 日本のITサービス業界にとって,中国に出る,あるいは中国市場を知ることは,顧客のためであると同時に,自立への道を探るという自らのためでもある。動機はともかく,中国市場に出たソリューション・プロバイダはきっと変わると期待する。

(志度 昌宏=日経システムプロバイダ編集)