テレビや新聞でさんざん報じられたので,ご存じの方も多いだろう。去る2月25日,米マイクロソフト会長のビル・ゲイツ氏が都内のS小学校を訪問した。S小と近隣のR中学校の生徒200人ほどを前に,「子どもたちに科学の夢を語る」と題して講演した。

 ある意味,少年の心を持ち続けるゲイツ氏が日本の子どもたちに何を語るのか? そして子どもたちがどう反応するのか? マイクロソフト・ウォッチャとしては見逃せない。デスクワークを放り出して取材に出かけた。

これでいいのか,IT教育

 ゲイツ氏の講演そのものにさほど新味はなかった。「コンピュータの進化が人々の生活スタイルを根本から変える」という,これまで主張を繰り返しただけだった。少しだけ失望した。でも,今回の取材は「IT教育のあり方」を改めて考える良いきっかけになった。そうした意味でムダではなかった。

 日本のIT教育は大丈夫なのだろうか――。記者はかねがね,こうした懸念を抱いていた。世間には「IT教育」と称してワープロや表計算ソフトの操作方法を教える小学校がザラにあると聞いていたからだ。ひどいところでは「マウスの操作方法の習熟」という名目で,ソリティア(Windows標準装備のカード・ゲーム)を延々やらせている,という。

 文部科学省のWebサイトをみても,「平成17年度までにすべての公立学校が高速にインターネットに接続できる環境の整備を目指す」といったインフラ面の話題ばかりが目立つ。ゆとり教育による学力低下が叫ばれるなか,本当にこれで良いのだろうか。ITの前にもっと教えるべきことがあるのではないか。ジャーナリストの端くれとしても,2児の父親としても憂慮していた。

 今回の取材を通じて,記者の懸念はさらに大きくなった。ITは学習を支援する手段としては確かに便利だ。だが,あくまでも手段でしかない。どんなに手段を教えることに力を入れても,それは本当の教育にはならない。

確かに情報収集は楽になるが・・・

 ゲイツ氏は講演に先立ってパソコン授業を“参観”した。S小学校はIT教育の先進校らしく,無線LANカード付きのノート・パソコンが生徒一人に1台割り当てられている。高学年の生徒たちは5~6人ごとの小グループに分かれてパソコンに向かっていた。「日本と関係が深い国々の人々がどのような暮らしをしているか調べる」というのがテーマだ。

 「調べ学習」というらしい。パソコンを調査の道具に使う。具体的には「インターネット」と「エンカルタ(マイクロソフトの百科事典ソフト)」の利用を指定されていた。いちおう紙の教材も使ってよいことになっていたが,開いている生徒は誰もいなかった。

 ほとんどの生徒たちはパソコンを難なく使いこなしていた。入力も達者だ。タッチ・タイピングとまではいかないが,キーボードに苦しんでいる様子もない。さすがに最近の小学生はスゴイ。

 これなら調べものは簡単に済む。「アメリカ」「中国」といった国名をパソコンに入力すれば,いくらでも情報は引き出せる。画像や音声による解説も付く。図書館の蔵書をひっくり返すよりもはるかに効率よく情報を収集できるだろう。限られた授業時間を有効活用する上でITは確かに一定の効果を上げている。

 だが,一方で別の懸念も湧いた。収集した情報を読み解くことの重要性を小学校では教えているのだろうか。パソコンやインターネットという道具の怖さを小学生たちは理解しているのだろうか。

「ITに振り回されない力」を教えて

 IT Proの読者ならご存じの通り,インターネットにはさまざまな情報が氾濫している。そのなかには正確な情報もあれば,不正確な情報もある。取捨選択した情報を自分の考えに昇華する能力がなければ,せっかくパソコンで情報収集作業を効率化しても意味はない。「情報に翻弄される」という点では有害ですらある。

 偶然だとは思うが,授業の最後に調べた結果を紙にまとめる段になって,S小学校のほとんどの生徒は画面に表示された情報を紙に丸写ししていた。先生が「自分の言葉で書きましょう」と生徒たちに呼びかけたにもかかわらずだ。

 同じく先生が記入を呼びかけた「調べ学習を通じて得た自分の考え」を記した生徒も記者は見つけられなかった。多数の報道陣と関係者が押しかけた異様な雰囲気の中での授業,ということを割り引いても不思議だった。大丈夫なのだろうか。

 逆説的かも知れないが,記者は「IT教育の目的は『ITに振り回されない力』を身に付けさせること」と考えている。「ITを知的作業の“道具”として使いこなす能力」の育成と言い換えてもよいだろう。

 インターネットという道具の使い方を教えるのは確かに大事かもしれない。だが,同時に情報を判断する能力の強化に時間を割いてほしい。同様にパソコンで学級新聞を作る時間があったら,きちんとした自分の考えを文章としてまとめる能力を訓練してほしい。判断力、論理思考力,表現力の重要性は,ITがどんなに進歩しようと不変なのだから。

皆さんにもご一緒に考えていただきたい

 もちろん,きちんとした問題意識を持って,IT教育の実践に取り組んでいる学校や先生がたくさんいる。例えば,先日,別件で取材させていただいた大阪市の私立追手門学院小学校の竹内 豊一先生である。

 同校の国語の授業では,生徒の作文を学内ネットワークの掲示板に投稿させている。「口頭で発表するよりも多くの人に自分の考えを知ってもらえる。何よりも『こんな書き方をすれば友達から反発を買う』ということが生徒には肌で分かる」と竹内先生は主張する。「こうした体験を通じて,自分の意見を公開することに対する責任感を身に付けてほしい」と続ける。

 小学校2年生からローマ字入力を教えるのもユニークだ。「日本語入力方法の主流はローマ字なのだから、初めから身に付けた方がよい」と竹内先生は理由を説明する。このあたりは非常に実践的である。多くの小学校では、当初、カナ入力を教える。

 「今の子どもたちはゲーム,Webブラウザ,電子メールで遊んでいるが,コンピュータの本当の性能を生かしながら育っていない」。“パソコンの父”と呼ばれ,教育現場におけるコンピュータの活用に熱心に取り組んでいるアラン・ケイ氏は今年1月,来日したときに,こう発言している。「過去20年間に子どものために有意義なコンピュータの進歩はなかった」とも付け加える。

 すべての責任は大人にある。もちろん自分を含めた大人に。IT教育とは何なのか。次代を担う子どもたちに何を教えるべきなのか。皆さんも一緒に考えてほしい。

(星野 友彦=日経コンピュータ副編集長)