ITサービス市場の二分解の話を書く。そして,ユビキタス時代の到来が,ITサービス市場に大きなインパクトを与えつつあることも述べたい。

 著者が所属する日経システムプロバイダは,ユーザー・サイドでなく,システム・インテグレータなどサプライ・サイドの方々を主要読者とする雑誌である。従って,市場の二分解というのも,そちらから視点によるものだということを,あらかじめご了承願いたい。

ユビキタス時代に広がる「アウター市場」

 「ITサービス業の最近のスランプは需要と供給のミスマッチによるもので,不況の影響だけでは片付けられない。ITインフラが高度化し,顧客のニーズも進化しているのに,ITサービス業は依然として過去のモデル,事業範囲にしがみついている」。これは,ある大手ITサービス会社の役員のコメントである。また,別の大手の経営企画担当者は「単体のシステム・インテグレーションのような既存のビジネス・モデルは寿命を迎えつつある」とつぶやく。

 こうした問題意識の背景には,既存のITサービス会社の多くがリーチできない別の市場の存在がある。しかも,急膨張する市場である。この市場を便宜的に「アウター(外部の)市場」と呼ぶことにする。

 ここで言うアウター市場とは,インターネットや携帯電話,さらにはIP電話やICカード,ICタグなどを活用したソリューション市場のことである。EC(電子商取引)やe-マーケティングなどのソリューションはもちろん,最近トヨタ自動車などが事業化を急いでいる自動車向け情報提供サービス,いわゆるテレマティックス分野も含まれる。いわゆるe-ビジネス分野とほぼオーバーラップすると考えてもらってよい。

 こう書くと「なーんだ。別に新しい話とは違うじゃないか」という声が聞こえてきそうである。その通り。新しい話と違うから問題なのである。アウター市場は,ECなどe-ビジネスの登場と共に誕生した。ネット・バブルの崩壊で多くのITサービス会社がECサイトの構築・運用などから手を引いた後も,e-ビジネスは発展を続け,利用するITインフラや端末も携帯電話やICタグへとどんどん広がっている。ユビキタス時代はもはや到来しているといってよい。

既存のITサービス市場は確実に縮む

 しかし,既存のITサービス会社は一部の企業を除き,手も足も出せないか,進出しても大きな事業に育てることができないでいる。彼らの代わりにアウター市場で「ITサービス会社」として活躍するのが,後で述べるがユーザー企業であったり,ITベンチャーであったりする。そして,アウター市場を除いた既存のITサービス市場は確実に縮む。「ITサービスの従来の事業領域では,もはや成長はない」という暗い認識が業界を覆っている。

 ITサービス市場の二分解をユーザー企業のIT投資に対応付けると,既存のITサービス市場は主に情報システム部門主導のIT投資により形成されているものであり,アウター市場はユーザー部門(Line of Business)が主導する投資によるものといえる。もちろん一対一に対応するものではないが,こうしたユーザーの“財布”の違いが,ITサービス市場の二分解を生み出している。

 さて,情報システム部門主導のIT投資の先行きは,今以上に弱含みだ。業務の効率化のためのIT投資は一巡し,ユーザー企業はバックオフィス系のシステム投資に関心を示さなくなったからだ。

 加えて,基幹系システムや情報システム部門そのものをアウトソーシングする企業が増えている。大規模なアウトソーシングを受注できる企業は限られるから,大手による寡占が進み,従来のITサービス業は装置産業,つまり資本集約型産業の色彩が強まる。依然として残るコーディングなど労働集約的な部分も,中国など海外へ流出するのは確実だ。

これからのIT投資は経営層とユーザー部門のラインで決まる

 一方,ユーザー部門が主導するIT投資,経営層とユーザー部門のラインで意思決定するIT投資と言い換えた方がよいかもしれないが,これは案件ベースで全体の約7割を占めるともいわれ,今後ますます増加する傾向にある。日本企業は今や例外なく,経営やビジネスのイノベーションが求められており,その道具としてITを使うのは常識。しかも,それを主導するのは経営層とユーザー部門のラインでなければならないからだ。

 ITを経営改革の魔法の杖とし,情報システム部門をその守護者として描き出す幻想は完全に過去のものとなった。今や三文字ワードによって経営改革やビジネスの革新ができると信じる人は,少なくとも経営層やユーザー部門にはいない。その一方で,インターネットなどが一種の公共インフラとなり,携帯電話やICカードなど直感的に理解できるノンPC端末が普及したことで,自らのビジネスのイノベーションに道具としてITを活用できるという確信は広がっている。

 その具体例が古くはECであり,最近では自動車へのテレマティックス・サービスの導入であったり,ICタグを使った店舗での顧客の動線把握であったりする。そして,こうしたニーズがアウター市場を形成しているわけだ。

御用聞きや“ITの言葉”はもはや通用しない

 ところで,こうしたニーズを持つユーザーに対して単なる御用聞きであったり,「ICタグの機能はこうで・・・」とITの言葉で話をしていたのでは,相手にされない。彼らは自らのビジネスにどのような意味があるかを知りたいのであり,電話の仕組みを知る必要がないのと同じように,IT技術はブラックボックスでよい。

 ITサービス会社はユーザーのビジネスを知らなければ話にならないのである。しかも“顧客の顧客を知る”ぐらいの深い理解が必要だ。それが困難だからこそ,多くのITサービス会社がこの市場に入り込めない。つまり,既存のITサービス業から見て外側の市場になってしまうわけだ。

 そして彼らに代わって,この分野で活躍するのが“異業種参入組”である。例えば,大日本印刷はインターネットや携帯電話,ICカードなどを活用したプロモーションやCRMのアウトソーシングを手掛け,担当事業部は数百億円の事業規模になっている。チラシやパンフレット,商品パッケージなどでの取引で知り得たユーザーのビジネスの知識を基に,的確なソリューションを提供している成果だ。

 このほかにも,総合商社や物流会社,広告代理店など意外なプレーヤが多数いる。こうした企業の活動が見えにくいのは,ITサービスだけでなくビジネス・プロセスそのものも請け負うBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)の形で事業展開しているケースが多いからだ。さらに,携帯電話向けのマーケティングなどに特化したサイバードなど,新しい「ITサービス会社」としてベンチャー企業も多数育っている。

ITサービス会社と情報システム部門の立場は同じ

 既存のITサービス会社がITスランプを乗り越えて成長していくためには,このアウター市場をアウターでなくすことが急務だ。そのためには,“顧客の顧客”を理解し,ユーザー企業のビジネスのイノベーションにパートナとして参画するぐらいの構えが必要だろう。

 蛇足ながら,このことは情報システム部門にもいえる。経営層とユーザー部門のラインで決まるIT投資で情報システム部門が疎外されることが多くなっているのは,ITサービス会社にとってのアウター市場が存在するのと同じ理屈だと思う。情報システム部門といえど,ユーザー企業の中にあるITサービス業であることに変わりはない。“顧客”のビジネスを知らなければ,やはり話にならないはずだ。

 従来なら,簿記を知らなくても会計システムを構築できたかもしれない。ERPだって,管理会計の意味を理解していなくても導入できたかもしれない。しかし,今は違う。そもそも,サービス業に従事する者が顧客のビジネスを理解していないというのは,プロとして失格だと思う。

 最後に自分の雑誌のPRをさせていただきたい。日経システムプロバイダの3月15日号で,ユビキタス時代の営業戦略として,このアウター市場の攻略法を特集してみた。そちらも参照していただけると幸いである。

(木村 岳史=日経システムプロバイダ副編集長)