亜鉛ウイスカの電子顕微鏡写真(提供:サンビックス)
 「亜鉛ウイスカ」と呼ばれる長さ数mm,直径2μmほどの亜鉛のヒゲ状結晶が,コンピュータの内部に入り込み,やがて停止させてしまう――。こんな話題が今,コンピュータ業界を揺さぶっている。

 2002年1月に,電子情報技術産業協会(JEITA)が日本IBMの働きかけを受けて亜鉛ウイスカによるコンピュータ不具合問題をWWWサイトで告知。同年9月以降は,日本IBM,日立製作所,日本ユニシスが相次いで同様の告知を行っている。

 亜鉛ウイスカと聞いて「何をいまさら」と思う技術者はベテランに多い。というのも,彼らは1960年代から80年代にかけて対策で苦労した経験があるからだ。当時はあまり表面化していなかったものの,電話交換機やコンピュータが突然不具合を起こす事例が多数報告されていた。調べてみるとその原因が,筐体(きょうたい)内で発生した導電性の亜鉛ウイスカだったのだ。このときの騒ぎは,機器メーカーが設計ガイドラインを見直すことでほどなく終息した。

 その亜鉛ウイスカが20年近くの歳月を経て,再び話題になっているのはなぜか。

機器内部の実装密度が高まったことなど,20年前とは状況が変わった

 その理由は3つある。1つは今回のウイスカが,筐体内部ではなくコンピュータ室の床下で発生するとみられていること。床下には,コンピュータを冷却する空気を流したりケーブルを引き回すために,高さ数十cmの空間が確保されている。亜鉛ウイスカは,そのための床板やこれを下から支える柱など,亜鉛メッキが施された部材の表面に生える。

 これに対して,以前問題になった亜鉛ウイスカは,亜鉛メッキされた筐体内部の部品や筐体そのものに発生していた。このために機器メーカーが決めた設計ガイドラインは「亜鉛ウイスカが発生する可能性がある部材からは,電子部品を10mm以上離して実装すること」といったものだった。つまり,今回の不具合の原因と見られている,筐体の外から侵入する亜鉛ウイスカには効力がないのだ。

 2つ目の理由は,機器内部の実装密度が高まるにつれて,LSIの端子間隔や基板の配線ピッチが狭まったことである。端子間や配線間に亜鉛ウイスカが付着した場合に,短絡(ショート)する可能性が高まった。

 LSIに供給する電源電圧の低下が,これに拍車をかけている可能性を指摘する声もある。電源電圧が高かったころは,亜鉛ウイスカが配線間などを短絡していても一瞬のうちに焼き切れて問題を起こさなかったが,低電圧になったことで永続的に短絡するケースが増えているのではないか,という説だ。

 最後の理由は,以前の騒動からかなり時間が経ち,亜鉛ウイスカが機器の不具合を起こす原因になり得るという意識を持つ技術者が少なくなったこと。例えば「10mm以上離す」という設計ガイドラインは知っていても,その理由まではハッキリと認識していない技術者が珍しくなかったようだ。事実,筆者の元には,亜鉛ウイスカの存在を最近になって知り,それが現在直面している部品の不具合の原因ではないか,といぶかる技術者からの問い合わせが寄せられている。

発生メカニズムはまだハッキリと分かっていない

 メッキ膜に生じる圧縮応力が関与していると考えられているものの,実は亜鉛ウイスカの発生メカニズムはハッキリと分かっていない。この問題に詳しい研究者は国内に数えるほどしかいないのが現状だ。今回を機に,ウイスカの発生を根本的に抑える手法を確立しなければ,たとえコンピュータ室の問題が解決しても,いずれ予想もしなかったところで亜鉛ウイスカによる不具合が再び露呈するかもしれない。

(枝 洋樹=日経エレクトロニクス)