日本のIT分野での競争力を高めて,なおかつ地域社会にも貢献する。こんな一石二鳥を実現できないだろうか。記者は,オープンソースのスキルを生かして地域社会活動に参加することを提案したい。読者にプログラマやSEなどIT関連のエンジニアが多いことを前提にして,訴えている。あやしい勧誘のようで恐縮だが,まじめな話である。

 SRA先端技術研究所の青木淳 執行役員は,「良いプログラムを書くには,まず良いプログラムを読まないといけない。プログラマにとって一番勉強になることだ。1970年代半ばまで,ソフトはオープンソースが当たり前だったが,ソース・コードを秘匿するブラックボックスがはびこって,こういう機会は減った」と語る。このために日本のIT競争力は下がったと考えているのだ。

 こうなったのは,「アメリカが著作権を盾に,ソフトのソース・コードがわからない『黒い箱』を仕立てて戦略的に世界に広めた。日本が得意としている自動車や家電製品のように,製品を解析・改良して品質の高い製品を作れないようにしたことが元凶だ」と,青木氏は考える。もちろん著作権は尊重されるべきもので,否定するわけではない。だが,“進歩”が阻まれるような状況に,プログラマを自認し,誇りをもつ青木氏は憤りを隠さない。

 ここで記者が主張したいのが,オープンソースを使った地道な地域社会への貢献である。オープンソース利用を広げると同時に,プログラミングなどの基本スキルを底上げする。先の青木氏も社会活動に参加している。北海道・伊達市で2002年11月に開催された,市民向けのオープンソース啓蒙イベントで,「オープンソースとは何か」という講義を受け持った。

身の周りに参加の機会はある

 読者のなかに,既にオープンソースに関するシステム構築スキルを持っていたり,興味を持った方はいないだろうか。スキルもしくは興味はあるが,会社の業務ではすぐにオープンソースを扱えない,という事情がある方でもいい。是非,NPO(非営利組織)や地域コミュニティで,その手腕を発揮してほしい。

 参加の機会はきっと身の周りにもあるはずだ。例えばこんな例がある。記者は,日経コンピュータの2月10日号の第2特集で,オープンソースを使った地方自治体の情報化動向を取材した。そのなかで県内のオープンソース・ビジネスの振興を図る沖縄のNPOや,道内の自治体などのオープンソース利用を支援する北海道のNPOを紹介した。

 これらのNPOは県・道内のIT関連企業だけでなく,プログラマやSE個人にも参加を呼びかけている。自治体以外にも,地域のユーザー企業や住民などにオープンソースのシステム構築を提案していくので,エンジニアの方々がノウハウを提供できる機会は多いはずだ。

 こういった活動が盛り上がれば,ソースコードを見たり書いたりする機会が増える。オープンソースのスキルを持つ参加者が,そのスキルを他の参加者に広める場もできる。沖縄と北海道のNPOでは,構築したアプリケーションをユーザーの許可を得てオープンソース化する方針だ。オープンソース化したアプリケーションを,別のユーザーで導入すれば,カスタマイズなどでソースコードを目にする機会も増える。安く構築できて,しかもITスキルも高められる可能性がある。地道な活動でも,ユーザーから感謝されれば,一石二鳥以上になる。

 ちなみに,沖縄のNPOは「OSPI(Open Source Promotion Institute)」という名称で,2002年12月に発足。現在,OSPIはインターネットを通じた開発体制を組みたいと考えている。北海道のNPOは「北海道オープンソース&セキュリティ協会(HOSA)」という名称で,2003年2月に設立予定である。活動方針を現在策定中だ。これらの詳細は,Webニュースに掲載した(記事へ)。

 住民としてシステム構築作りに参加する機会もありそうだ。例えば,岐阜県の山間部,郡上(ぐじょう)地区ではCATV網を基盤にして,行政サービスを受けたり農業情報を共有するシステムを,主にオープンソースのソフトを使って構築しようとしている。現在,地域住民が主体となり,地域コミュニティとしてどういうサービス・メニューが必要かを決めている。将来的には,岐阜県がバックアップし,住民がシステムの簡単な手直しや保守もできるようにしたいと考えている。一人でも多くオープンソースのスキルがある住民がいれば心強いはずだ。

 都心部でも,似たような動きがある。東京・千代田区の第三セクター「千代田区街づくり推進公社」では,より良い住居環境を実現するために必要な情報システムをオープンソースで作成しようと考えている。安く構築できると期待しているからだ。現在,全千代田区立小学校のPTAによって提案されたシステムが構築候補に上がっている。通学区内に不審人物がいるとき,児童の避難場所を提供する近隣住民の電話などに同時通報する。このシステムを,オープンソースで構築する計画だ。完成すれば区内の私立学校にも導入を呼びかけるという。

 これ以外にも,多くの自治体では,総務省の方針によって,地域のNPOといった地元組織と連携して地域活性化を試みている。オープンソースと銘打っていなくても,個人で参加して手がけられるようなシステム構築の需要は全国にたくさんあるはずだ。参加するだけでなく,自ら企画し組織を立ち上げるという選択肢もある。

ITのスキルがあることはすばらしい

 「何をたわごとを」と思われる方も多いだろう。正直,こういったボランティアによる社会貢献の実現は難しいと思う。しかし,失敗もオープンソース化できれば,次の世代やビジネス分野でITの競争力が生まれるかもしれない。

 一人ひとりが周りを少しずつ変えれば,全体も少し動く。ITのスキルを持っている人には,その力があるはずだし,それが求められているのではないか。オープンソースのスキルを持たない記者は,直接参加したり貢献できるエンジニアを,個人的にうらやましく思っている。

(鈴木 淳史=日経コンピュータ)