ハード・ベンダーやソフトハウス,インテグレータを取材して回る機会が多いが,この不況の折り,思うように売上げが伸びず,頭を抱えるIT企業が多々見受けられる。いずれの企業も,「あの会社にシステム構築を依頼してよかった」「あの製品を利用して運用コストが削減できた」と,ユーザーから信頼を勝ち得ようと並々ならぬ努力を重ねている。その一方で,事あるごとに目の敵にされ,それでいて売上げを伸ばしてきた企業もある。「マイクロソフト」だ。

 日経オープンシステム2003年2月号の特集「Microsoftに振り回されない『クライアントOSの移行シナリオ』」を執筆するにあたり,数多くのユーザー企業に協力を仰ぎ,クライアントOSの利用実態や今後の移行計画を取材した。ユーザーはWindowsクライアントの導入や運用に真正面から取り組み,着実にノウハウを蓄積,課題を克服していた。その半面,マイクロソフトのOS戦略に翻弄されているユーザー企業もいまだ多いことが浮き彫りになった。

繰り返されてきたマイクロソフト vs. ユーザー企業

 “翻弄されているユーザー”に共通しているのは,「自発的にWindowsクライアントを使っている」のではなく,「選択肢がほかにないから仕方がない」という後ろ向きな理由からWindowsを導入している点だ。

 「イヤなら使わなければよい」という意見もあろう。しかし個人ユーザーと違って企業の場合,数十~数百台規模のPCを一括して導入するケースも珍しくない。プリインストール・マシンの供給体制の確保やPCの単価,エンドユーザー教育などがOS選択を左右する。場合により,取引先とソフトウエアの互換性を保たなくてはいけないケースもある。

 各種要件を総合的に判断すると,好むと好まざるとにかかわらず,「現状ではWindowsを選択せざるを得ない」という意見が大勢を占める。そうしたユーザーは,マイクロソフトを信頼してなどいない。むしろ嫌悪感が目立つ。

 ユーザー企業のクライアントOSにまつわる悩みは,今に始まったことではない。企業のクライアントOSとしてWindows95の本格導入が始まって以来,次から次へと後継OSが出荷され,新OSに押されて旧OSのサポートが打ち切られていく。そのたびに,ユーザー企業は過酷な移行作業を強いられてきた。

 移行作業に苦しんできた原因は,OSの寿命が短すぎたことに尽きる。これまでマイクロソフトのクライアントOSのメインストリーム・フェーズは”たった”3年間だった。「出荷直後のOSは不安定で導入するには値しない」と多くのユーザーは口をそろえ,「サービスパック1」を待って導入を開始する。

 半年間かけてPCを横展開し,やっとの思いで移行を完了してから2年しか経たないうちに,もう移行先OSのサポート切れが迫ってくる。「3年間では短すぎる」とユーザーが憤るのはもっともである。

Windowsの寿命は延びたが,さらなる取り組みが必要

 そうした不満の声がマイクロソフトに届いたのか,クライアントOSのサポート期間の延長が決まった。同社は2002年10月17日,同社製品のライフサイクルやサポート期限を示した「プロダクト サポートライフサイクル ポリシー」(以下,新ポリシー)を発表した。

 新ポリシーを要約すると,製品をフルサポートする「メインストリーム・サポート・フェーズ」の期間が従来のOS出荷後3年間から最短5年間へと延長された。セキュリティ・パッチの無償提供期間も,従来の4年間から最短7年間と飛躍的に延びた。これにより,同一のOSを長期間利用するための下地がようやく整ったのである。

 新ポリシーは2002年10月17日以降に発売される製品に適用されるが,例外として2003年3月にメインストリーム・フェーズが終了する予定だったWindows 2000や,2001年10月に(米国で)出荷が始まったWindows XPにも適用された。サポート期間の延長は,新製品の売上げ減に直結するため,「営利中心でユーザーのことを考えていない」と揶揄されがちだった同社にしてみれば大英断と言える。

 ユーザーに一定の歩み寄りを見せたマイクロソフトではあるが,その取り組み内容はまだ十分とは言い難い。

 今回発表した新ポリシーの内容についても,不可解な点が残る。それは,「OSのサポート期間」と「ライセンス取得可能期間」のズレである。新ポリシーでは,メインストリーム・サポート・フェーズは,OS出荷後3年間から5年間へと「2年間」延長された。一方のライセンス取得可能期間は,OS出荷後4年間と「1年」しか延長されていない。

 ライセンス取得可能期間が終了すると,PCベンダーは正規OEMのOSをプリインストールしたマシンが出荷できない。OEM正規販売代理店経由で提供されるパッケージや,Windows XPのダウングレード権を行使すれば提供可能だが,PCの機種が限定されたり,価格が割高になるといった問題がある。

PCベンダーでさえ新ポリシーを誤解しているケースも

 新ポリシーが施行された直後,大手PCベンダーを取材して回ったが,ベンダーの担当者ですら新ポリシーの内容を間違って理解しているケースが見受けられた。新ポリシーの施行前は,メインストリーム・フェーズとライセンス取得可能期間が同一(ともにOS出荷後3年間)だったため,誤解しているようだ。新ポリシーの内容を公表しているマイクロソフトのWWWサイトも,重要な情報が分散されていて分かりにくい。

 PCベンダーにさえ誤解される新制度には,明らかに問題がある。ライセンス取得可能期間を4年間と定めた理由について,マイクロソフトは「OEM正規販売代理店が保有するパッケージの在庫管理の負担を軽減するためなど」と説明するが,記者は納得できなかった。それならば,PCベンダーへの正規OEMによるOSの提供期間だけでも,メインストリーム・サポート・フェーズに合わせてOS出荷後5年間に延長すべきである。
 この正規OEMによるクライアントPCの提供体制にはさらなる課題が残る。前述したが,ライセンス取得可能期間が終了すると,各PCベンダーは正規OEMのOSをプリインストールしたマシンの出荷が一切禁止されてしまう。このためPCベンダー各社は,ライセンス取得可能期間が終了する約半年前から,旧OSを搭載したプリインストール・マシンの生産調整に着手する。出荷できないPCは不良在庫と化すためだ。この時期を過ぎると,ユーザー企業が旧OSを搭載したPCを入手する道が,急速に閉ざされていく。

 それだけではない。ライセンス取得可能期間が終了する直前にPCを購入し,終了直後に初期不良などの理由で機器の交換を求めても,修理対応しかできないという現状がある。「新品と無償交換してあげたいが,正規OEMの契約上出荷できない。ユーザーへの印象も悪い」と,あるPCベンダーの担当者は不満を口にする。

ユーザーは今まで以上に不満や意見をマイクロソフトにぶつけよう

 クライアントOS市場を席巻しているマイクロソフトは,その企業責任を果たすために,さらなる努力をしなければならない。だからといって,ユーザーもマイクロソフトの対応を待っているだけではダメだ。長期的にはWindowsに替わる選択肢を視野に入れておくことも重要だし,Windowsを使い続けるとしても,不満があれば今まで以上に声を大にして,マイクロソフトに意見をぶつけていくべきである。

 現に新ポリシーでは,メインストリーム・サポート・フェーズを「OS出荷後,最短5年」と,ユーザーの要望いかんでは延長して対応する含みを持たせている。ユーザー企業は,「サポートが切れたから(PCが入手しにくくなったから)移行せざるを得ない」と泣き寝入りをせず,「サポート期間が短すぎる。もっと延長すべきだ」と継続的に主張していきたい。

 あるPCベンダーは「国内のPCベンダーが一致団結して,好ましくない慣習を撤廃するようマイクロソフトに掛け合っていく体制作りが必要だ」と語気を強める。記者もこの考え方に賛成である。ユーザー企業は,マイクロソフトへの不満を出荷元であるPCベンダーに対して,あるいはマイクロソフトに対してもっと伝える努力をしよう。ベンダーはユーザーの意見を集約し,マイクロソフトにぶつけていただきたい。

 ここにきてクライアントOSの寿命が延びたことは,明るい兆しではある。サーバーOSについても,マイクロソフトは1月28日,2003年12月末で終了予定だったWindows NT Server 4.0のサポート期間を2004年12月31日まで1年間延長すると決めた。まだまだ不十分との不満はあるが,マイクロソフトは今,遅まきながら変わろうとしているのではなかろうか。

 マイクロソフトは,ユーザーをより意識した魅力的な企業に生まれ変わるのか。それともユーザーにそっぽを向かれ消えてなくなるのか。マイクロソフトの命運は,間違いなくユーザーが握っている。記者は,いつか同社がユーザーから信頼される企業になりうると信じたい。

(菅井 光浩=日経オープンシステム)