第一線で活躍しているソフトウエア技術者の方は,どのように仕事をしてきたのだろうか――。日経ソフトウエア最新号では,「ソフト技術者として幸せになる方法」と銘打った特集で,11人の方に登場していただき,話をうかがった。

 特集を企画したきっかけは,ソフト技術者を取り巻く環境(納期短縮,頻繁な仕様変更,長時間労働)が,ここに来て一層厳しさを増しているように感じたことだった。第一線で活躍しているソフト技術者の方の言葉が,こうした状況の中で「やりがい」を持って働きつづけるためのヒントになれば,という気持ちだった。

ソフト開発はクリエーティブな作業

 もちろん11人の方々の技術者としての生き方や考え方はそれぞれで,十把一絡げにできるようなものではなかった。だが,共通点もいくつかあった。そのうちの一つは「プログラムやシステムを作る喜び」を知っているということだ。

 自らソフト技術者を志した人であれば,初めて自分が作ったプログラムが動いたときの感動を思い出せるのではないだろうか。実際,今回の特集に登場した方々の何人かは,初めてコンピュータに触れたときの原体験を克明に語ってくれた。

 さらに,「生まれ変われるなら」という質問には,「コンピュータがあるのならプログラマ。なければ,売れない小説家」という答えを筆頭に,「プログラマでもなんでも,またモノを創る仕事」「何かを表現していたい」(二人)という回答をいただいた。これは,クリエーティブな仕事を好む人たちが現在,第一線のソフト技術者として活躍しているということを示唆しているように思えた。

 もちろん,クリエーティブな作業は喜びだけを伴うわけではない。ソフト開発に限らず,絵画や音楽の制作といったクリエーティブな作業において「作る喜び」と「作る苦しみ」は隣り合わせになっているのだろう。だが現在のソフト開発現場では,「作る苦しみ」が「作る喜び」を圧倒していることがあまりに多いように見える。

 ソフト開発の現場で「作る喜び」を感じにくくなっている理由の一つとして,「作り上げたものに対して,自分がどの程度関与しているのかが分かりにくい」ことが挙げられるのではないかと思う。これは自分が開発を担当した個所の「機能」について知っているかどうか,ということではない。その機能が,ユーザーのやりたいこと(ビジネスなど)に対してどのような意味を持ち,どの程度役立っているのかが分かりにくくなっているのではないか,ということである。

 人の役に立っていることは,単純な「作る喜び」を何倍にも増幅してくれる。それは,自分のために作った絵画(あるいは音楽)が,人の共感を呼んだときに覚える満足感に似ているのかもしれない。

現場主導の開発方法論に注目

 今,ソフト開発の現場に「作る喜び」を取り戻そう,という開発方法論が注目を集めている。「エクストリーム・プログラミング(XP,Extreme Programming[用語解説])」である。

 XPの最大の特徴は,現場主導,すなわちボトムアップの開発方法論である点だ。開発担当者の間,開発担当者と顧客担当者の間といった現場のコミュニケーションを重視し,実装する仕様の策定などかなりの部分を現場担当者の裁量に任せる。極めて単純に言えば,開発者と顧客から成るチームが目標に向かって一体感を持てれば,自分がやっていることがどのように役立つかが分かるし,そうなればプログラミングをしていても楽しいだろう,というわけだ。

 もちろん,XPは「作る喜び」を技術者に感じさせること自体を目的としているわけではない。品質の高いソフトをより速く開発することが本来の目的である。技術者が「作る喜び」を感じることは言わば,そのための手段だ。

XPは“方法論”というより“もスピリッツ(精神)”

 国内でもすでにXPの手法を取り入れたプロジェクトを実施して,ある程度の成果を挙げた企業が現れている。今後,XPを採用したプロジェクトで成功する企業が現れることも確実だろう。

 ただし,こうした成果をすぐさまXPの評価につなげることはできない。XPという新しい手法に初期に試みる企業は,現在のソフト開発についての問題意識を明確に持っており,新しいことに挑戦する風土がある,という時点で,すでに選別されているからである。

 彼らの成果だけを見て,すべての企業でXPが有用とは言えない。実際,もともと米国発の方法論だけに「日本でやるのはムリだろう」と思えるプラクティス(実践項目)もあるし,「こんなことの何が新しいの」と思えるようなプラクティスもある。

 初期適用企業は,XPは目的ではなく手段であると認識し,自社に合わないと思う点を適切に変更する柔軟さを備えている。だから,うまくいく可能性が高くなる。

 だが,もしこうした企業による成功事例が続けば,いずれ「XPを採用すべし」という命令を,トップダウンで開発現場に下す企業も現れかねない。こうした企業の多くは,教条主義的にプラクティスを実施しようとして失敗し,「やっぱりXPは使えない」と判断するだろう。そうした事例が相次げば,XPのすべてが否定されてしまうかもしれない。

 いち早くXPを取り入れたある企業の担当者は,「XPは方法論というより,スピリッツ(精神)」と指摘する。そう考えると,現時点で,XPの導入を真剣に検討できる現場にいるソフト技術者は幸せなのかもしれない。少なくともその現場には,「作る喜び」を取り戻そうとするスピリッツが存在しているからだ。

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 日経ソフトウエアは,2003年2月5日~7日に幕張メッセ/幕張プリンスホテル(千葉県千葉市)で開催されるNET&COM2003において,「最新ソフトウエア開発手法の真価」と題した,エクストリーム・プログラミングの適用事例に関するセッション(有料)を2月5日に開催します。詳しくはこちらのWebサイトをご覧ください。

(中條 将典=日経ソフトウエア副編集長)