IP電話2003年の展望(前編)では,今年3月~4月にISP(インターネット接続事業者)各社が有料のIP電話サービスに踏み切るにあたっての課題を指摘し,提言を行った。後編では,この夏に予定されている,加入電話からIP電話への発信がメイン・テーマである。IP電話は“普通の電話”になるのか?を検証する。

 これによって,今のIP電話は,普通の電話があっての上で成り立つサービスであることが,改めて明らかになる。機能を絞って,低価格を実現しているIP電話は,いつまでも既存電話におんぶにだっこでで良いのだろうか? 最後にIP電話の進化の行方を探る。

今は片方向のサービス

 現在のIP電話サービスは,IP電話から加入電話への発信はできるが,加入電話からIP電話への直接の発信機能は提供されていない。片方向のサービスなのである。これが“普通の電話”であれば,ありうべかざる事態であることは,もし仮に,加入電話から携帯電話に発信できなかったらと,想像してみれば理解していただけよう。

 加入電話からIP電話に発信できない理由は,加入電話網を形成する交換機のネットワークで,IP電話用の番号を処理できないからである。そこで,IP電話専用の番号を割り当てて,交換機に処理できるようにする作業が現在進められている。

 携帯電話やPHSと同じ「0X0」という番号体系により,位置に寄らない番号体系が採用された。その番号として,割り当てられたのが「050」である。050のあとには8ケタの番号が続く。携帯電話/PHSと同じ11ケタの電話番号になる。最初の4ケタはIP電話サービス提供会社を表す。この番号は総務省が各提供会社に割り当てる。最後の4ケタは各提供会社がエンドユーザーに割り当てる。

 しかし,050の番号を割り当てたからといって,それだけで加入電話からIP電話に発信できるようになるわけではない。

 加入電話から050のIP番号に発信するためには,電話交換機の改修工事が必要となるのだ。加入電話を収容する電話交換機が,050で始まる電話番号を加入電話から受け取ったら,そのあとの4ケタの提供会社の番号に従って,各社のゲートウエイに振り向けるようにするのである。ゲートウエイは加入電話網とIP電話網を接続する装置だ。

 この工事が完了すると,加入電話からの発信は電話交換機を通って,ゲートウエイ経由でIP電話網に抜け,通話相手まで届くようになる。工事が全国で完了するのは2003年夏といわれている。これが終わって,はじめて全国的に加入電話からIP電話への発信ができるようになる。双方向の通信が実現するこの日を“Xデイ”と呼ぶことにしよう。

Xデイまでに通話料金を決める

 Xデイを迎えるに当たっては,設備的な問題以外にも,クリアしなくてはならない課題が大きく2つある。1つは加入電話から発信する場合の通話料金,もう1つはBBフォンなどの050番号への切り替えである。

 加入電話からIP電話への発信を実現するためには,通話料を定めなくてはならない。この料金水準をいくらにするかで,IP電話サービス提供会社とNTTとがつばぜり合いを繰り広げることになる。

 ソフトバンク・グループは,対称型の料金を主張している。つまり,IP電話から加入電話に3分7.5円でかけられるならば,加入電話からもIP電話へ3分7.5円でかけられるようにするべきだ,という主張である。実際の事業者間の料金(卸値)は,これよりも当然,安い。

 さらにIP電話を使えるようにするための交換機改修の費用はどこが負担するのか,という課題もある。NTT側としてはIP電話サービス提供会社に負担してもらおうとするし,提供会社側はNTTに負担してもらいたいと考えるだろう。通話料は,それを織り込んだ価格になるのではないか。

 ともかく,加入電話から携帯電話にかけるような23秒10円(平日昼間,NTTドコモの営業区域内の場合)といった料金水準では,わざわざIP電話にかけようとする人はいない。IP電話の前にいなくても,携帯電話にかけた方が相手がつかまる可能性が高いからだ。Xデイまでに,どのような論戦が繰り広げられるのか注目である。


 Xデイ以降,あるIP電話から相互接続していない他のIP電話へ,050番号で発信すると,どのような経路で接続するのか? 料金はどうなるのか? まだ謎である。今後の取材テーマとしたい。

裏目に出る電話番号流用方式

 もう1つの課題は,現在,050以外の番号を用いているサービスでは,ユーザーに050番号を割り振らなくてはいけないという点である。IP電話に050以外の番号を用いているのは,ソフトバンク・グループの「BBフォン」とNTTコミュニケーションズの「OCN .Phone」である。両社ともADSL回線の電話番号を,そのままIP電話に用いているのだ。

 この流用方式は,電話をかけてくる人に新しい番号を教えなくても良いというメリットはあった。通話相手もIP電話になっていれば,意識しないでIP電話間の無料通話ができているからだ。ところが,これでは加入電話からIP電話に発信することはできない。ユーザーに新たに050の番号を与えなくてはならない。特にすでに130万人を超える契約者がいるBBフォンでは,ユーザーの混乱を招きかねないだろう。

 両社とも050番号の割り当てを総務省から受けているものの,どのように使うのか明らかにしていない。一般論としては,2つの方法が考えられる。1つは併用方式,もう1つは完全切り替え方式である。前者は今,使っている番号はそのまま使い続け,加入電話からかける場合に050を用いる方法。後者は今,使っている番号はIP電話として使うのは止めて,050だけを用いるようにする方法だ。いずれにせよ,ユーザーを混乱させない方法で050番号が使えるようになってもらいたいものである。

キャッチホン,番号通知は使えないことも

 さて,交換機も工事も終わり,通話料金も決まって,050の番号も割り当てられ,無事にXデイを迎えることができたとしよう。Xデイから,IP電話は“普通の電話”になったと言えるのだろうか? 答えは否である。今のIP電話は既存の電話なしでは成り立たないサービスなのである。

 現在のIP電話では,現在の電話で利用できる,いくつかの機能/サービスを利用できない。すでに以前から指摘されているが,通話先の問題がある。110や119といった緊急番号を使えない。サービス提供会社によっては,携帯電話/PHSにかけられなかったり,国際電話をかけられる対地が限られている。

 これだけでなく,通話中にかかってきた電話に出ることができるキャッチホンや,発信者番号通知,三者通話などが利用できない場合があるのだ。迷惑電話防止や,発信者番号を使った顧客管理システムなどは,使えなくなってしまう。

 キャッチホンについて見てみよう。たとえば,OCN .Phoneでは,OCN .Phone利用中に,OCN .Phoneのユーザーから電話がかかってきても,それは分からない。OCN .Phone以外の加入電話などからかかってきた場合は,割り込み音が聞こえて,新しい電話に出ることはできる。しかし,元々の通話は切れてしまい,再度,ダイヤルし直さなくてはならない。

 こうした点を回避するために,ほとんどのサービスでは,申し込み条件として,ADSL回線は加入電話と共用するタイプ1が指定されている。加入電話が使えないADSL専用のタイプ2では申し込めないのである。こうしたサービスを利用する場合には,既存の電話サービスを使うのである。既存の電話におんぶにだっこで,格安のIP電話は成り立っているとも言える。

 アナログの加入電話ではできないが,ISDNでできたこととして,複数通話の同時利用がある。複数通話の同時利用は今のところIP電話ではできない。通話は同時に1つだけなのである。家庭では携帯電話/PHSも普及しているし,これでも良いだろうが,オフィス・ユースでは困るだろう。ADSLは家庭だけでなく,小規模事業所を中心にオフィスでも導入が進んでいる。オフィス用の小型交換機(ボタン電話)の代替となるようなシステムも,これから求められるだろう。

IP電話ならではの新しいサービスは?

 このように,現段階のIP電話は機能限定の廉価サービスでしかない。では,前編で述べたような相互接続ができるようになったとして,IP電話の次のステップはなんだろうか?

 1つの道は既存電話の置き換えである。おんぶにだっこから抜け出して,既存電話なしで利用できるようにする。その際の前提となるのが,光ファイバ化である。銅線を止めて,光ファイバ上ですべての通信サービスを提供するというのが,そもそもNTTが描いていたグランド・デザインだった。光ファイバでは音声もデジタル化して,IP上を流す。これ,すなわちIP電話である。

 つまり,NTTが光化をうたっている以上,IP電話への道は不可避のものである。それを光ファイバが来るまで待つのか,ADSL上でもやってしまうかの違いでしかない。とはいえ,現状のIP電話では,まだサービス的に加入電話に追いついていない。そこを埋めていく作業が,次のステップの1つだろう。ここにNTTグループが乗り出してくる可能性はある。光の時代には,どのみちやらなくてはならないのだから。

 この道とは別に,今までの電話の後追いをせずに,別の進化の道もあり得るのではないかという気もする。携帯電話では,着メロやiモード,写メールに代表される,加入電話にはない数々のサービスが生まれてきているではないか。

 では,具体的にはどのようなことが考えられるだろうか。今,考えられているのは1つはビデオ/テレビ電話,もう1つはPDAフォン/ワイヤレスIP電話である。

 ビデオ電話あるいはテレビ電話は,以前から利用されているアプリケーションではある。しかし,まだ日常的に使うツールにはなっていない。既存の電話機では利用できず,新たなハードウエアが必要となる。大手ISPはパソコン・ベースのビデオ電話はかねてから提供している。だが,まだ大きくなるまでには至っていない。

 現在の音声だけの通話では,光ファイバは必要ない。ADSLで十分である。NTTが描く光ファイバ戦略を引っ張るアプリケーションとしては,帯域をじゃぶじゃぶ使うアプリケーションが欲しいところ。ビデオ電話はその有力候補である。

 ただ,ビデオ電話機能付きのFOMAがまだまだ売れていないことを考えると,ビデオ電話そのものの将来性にはまだ疑問符を付けざるを得ない。FOMAに比べたメリットは,固定料金で使い放題になるという点だろう。これで,どれだけ市場が広がるのか。ブロードバンド回線を使った,コミュニケーション・ツールはお得というイメージが,今,進められているIP電話で定着すれば,ビデオ電話にも可能性が出てくるかもしれない。

 もう1つの,PDAフォンあるいはワイヤレスIP電話は,無線LAN機能を搭載した携帯情報端末を電話機とするものである。要は携帯電話のかわりに携帯情報端末を使ってしまおうというものだ。

 シャープが同社の携帯情報端末ザウルスを使った試験サービスを2002年12月18日から始めている(関連記事)。前日の12月17日から始まった1000人のモニター募集がまだ締め切られていないところを見ると,まだ1000人には達していないようである。試験サービスのネックは,加入電話や携帯電話にかけられない点である。

 加入電話は月々数千円で済んでも,携帯電話に毎月1万円以上払っている人は大勢いることだろう。こうした層にとっては,場所固定のADSL回線を使ったIP電話よりも,外で好きな場所で使える携帯電話の電話代を引き下げる方が魅力的ではある。

 ただ,いかんせんまだ無線LANを使えるエリアが狭すぎる。“ホットスポット”と呼んでいたくらいだから,使える場所は狭い。アステル東京からPHS網を取得した鷹山は,無線LANネットワークをはりめぐらす予定だったが,それも停滞しているようだ(関連記事)。無線LANが面展開しないと,ワイヤレスIP電話の立ち上がりはおぼつかないだろう。サービスとアプリケーションの両輪が早くうまく回り出すことを願いたい。

 携帯電話が使われ出したころ,着信音がビジネスになるとは誰も考えつかなかったろう。IP電話も今はアイディアは少ないが,普及が進めば,いろいろな使われ方が出てくるに違いない。前編で述べた相互接続問題を早くクリアして,こうした新しいサービスを議論するフェイズに早くなってもらいたいものである。

(和田 英一=IT Pro副編集長)

追伸:前編でもご案内しましたが,IP電話についてのアンケートを実施中です。締め切りは1月27日(月)ともうすぐ。こちらのページから,ぜひご協力ください。