記者は過去2年,BizTechで動画ニュースの制作/配信を手掛けてきた。しかし,ユーザーがネット経由で動画を見るという行為は,残念ながら一般的になったとは言い難い。作り手である我々の未熟さ,ユーザーの環境など様々な原因が考えられ,関係者の間にはある種の閉塞感さえ感じられるほどだ。

 この停滞をうち破り,ネット動画を爆発的に普及させる可能性があると記者が考えているのが,最近登場し始めた動画機能対応のカメラ付き携帯だ。

2002年,爆発的に普及したカメラ付き携帯

 カメラ付き携帯はJ-フォンが2000年11月に投入した製品が最初だ。2002年6月には最大手のNTTドコモも販売を始めたことで,2002年夏から年末にかけては多くのユーザーがカメラ付き携帯を持つようになった。直近の利用者数を見ると,NTTドコモが400万台(2002年12月18日現在),J-フォンが726万台(2002年11月18日現在)。特に,NTTドコモは,2002年11月末から12月中旬までのわずか3週間で100万台増やしている。カメラ付き携帯普及の勢いは,今年も衰えそうにない。

 こんなにも支持された理由の一つは,音声通話やメール送受信という枠を超えた,親しみやすい楽しさの提案があったことが挙げられる。飲み会やカラオケでは,仲間同士でカメラ付き携帯で撮影するようになった。これまでのように,デジカメで集合写真を撮るという気恥ずかしさはない。気に入った画像が撮影できたらその場で相手にメールするだけで,やりたかったことは完結する。デジカメのように,家のパソコンでメモリー・カードからデータを移すなど煩雑な作業も必要ない。

 カメラ付き携帯電話は,個人的な利用に留まらず,ビジネス・ツールとしても威力を発揮し始めている。IT系の展示会などを訪れれば一目瞭然だ。カメラ付き携帯を使って,注目の出展品を撮影する人をあちこちで目にする。撮影した新製品などを,会社の同僚に送っているのだ。親しみやすさは使いやすさにもつながっており,カメラ付き携帯は仕事でも有用というわけ。

 このカメラ付き携帯の特徴である親しみやすさを演出するために,技術的な進歩も続いている。カメラの画素数は,市場に出始めた当初はかなり低かったが,現在は最大30万画素級で,2003年には100万画素を超えるものも出る可能性がある。

 撮影できる動画についても,当初は10秒程度にとどまっていたが,最新機種では5~6分の動画を撮影できるものが出現している。ただし,数分に及ぶ長い動画を携帯からそのまま送れるようになるには,まださまざまな課題が横たわっているように思える。とはいえ,動画携帯を使うユーザー数の巨大さを考えると,リーズナブルな通信コストでサービスが提供されるまでに多くの時間がかかるとは思えない。

 記者は,携帯で撮影した動画を一般に公開するサービス,仲間内で閲覧するサービスなどが本格的に登場してくることが,ネット動画を爆発的に普及させる原動力になると考えている。

 しかし,これは諸刃の剣でもある。すでにカメラ付き携帯の登場で,誰もが気軽に,街中で撮影/再生でき,画像を送受信できるようになった。今後,撮影した画像の保存や公開がますます簡単にできるようなると,現在のようなネット動画の配信業界はその存在を脅かされかねないのだ。

用途に見合った品質への割り切りと,分かりやすさが必要に

 主にパソコン向けのネット動画は,通常,多くの人手とコストをかけて高解像度のものを作成しているが,実際にネット配信する場合は,見る人に合わせてというわけではなく,サーバーなどのインフラに合わせて,解像度とコマ数を抑えた“品質の悪い映像”に作り直す必要がある。皮肉だが「手をかけて見にくい映像を作っている」という言い方も当てはまる。動画配信が思ったほど普及しない理由の一つに,この映像の品質の悪さがあると記者は考える。

 これは多くのユーザーが,はるかに高い解像度で,映像としての完成度も高いテレビというメディアに日常的に親しんでいることが原因だ。ところが,動画携帯が一般化するにつれて,ユーザーは解像度の高くない画像に慣れてくる。すると,ネット動画の作り手である我々も,用途に応じた品質で撮影から,配信までを割り切って行うようになる。それなりのコストで使える動画配信サービスが実用化する可能性が出てくると考える根拠はここにある。

 映像の画質の低さに加えて,動画配信普及の足かせとなっているもう一つの理由は,技術の進歩の分かりにくさだ。

 動画配信に関しては,これまでも多くの機能強化が発表されてきた。例えば,プレーヤ・ソフトでのデータ再生の高速化,著作権管理対応,データ・キャッシュ用ネットワークを備えた高速配信システムなどである。しかし動画を見る時には,依然として多くの場合プレーヤ・ソフトの種類を意識する必要があるし,再生したとしても,テレビのようにすぐに映像が流れるわけではない。再生が始まってもコマ送りとなってはそこまでして見たくはないと思うのも仕方がない。

 親しみやすさの演出という点を意識することで,これまでのネット動画の技術の進歩についても,動画付き携帯のサービスが参考になるだろう。
 
 ネット動画配信業界は,自らが伸び悩んでいることの言い訳として「ブロードバンド利用者が少ないことや,映像の技術/品質が制限されていること」を挙げてきた。しかし,簡単に撮影できて,確実にその場で再生できて,メールで送る機能があれば,たとえ撮影した映像が多少ボケていても,人は喜んで買うということを動画付き携帯は証明した。

 ネット動画配信の主流コンテンツとなっている,映画予告編配信や企業向けeラーニングに頼っていては,ビジネス・モデル確立までには時間もかかる。カメラ付き携帯の登場で,気軽に画像/映像を撮影・再生する感覚は身に付いた。ネット動画事業者は,カメラ付き携帯ユーザーの感覚を生かしたコンテンツの制作/配信サービスに乗り出すべきではないだろうか。

 2003年に動画配信が盛り上がり,さらに成長するための突破口は,場所を問わず動画を撮影し,閲覧するカメラ付き携帯電話ユーザーの取り込みにあるのではないか。

(小川 計介=BizTech編集)

■本記事は,BizTechに1月8日に掲載したものです。BizTechではこの記事をはじめ,多彩な記事をコラム「視点」で掲載しています。ぜひ,ご覧下さい。