あなたはこの記事を自分の目で読んでいますか。当たり前のことを聞くな,と思われた方もいるかもしれないが,視覚に障害があり,音声による読み上げブラウザを利用している人々もいるのである。そして,目で見ていても,使いやすいサイト,使いにくいサイトがあるのと同じように,読み上げブラウザの利用者にとって利用しにくいサイト,利用しやすいサイトがある。

 具体的な例は後述するが,読み上げブラウザでも快適に利用できるよう配慮するなど,身体障害者にも快適にWebサイトを利用してもらうための仕組み,「Webアクセシビリティ」が注目されている。米国では法律の規定により,政府機関のサイトはアクセシブルでなければならなくなった。民間でも,それにならっている企業も多い。国内では,2003年度中にアクセシビリティに関するJIS規格原案が完成する見込みだ。

 Webアクセシビリティで求められるのは,読み上げブラウザ対応以外にも,色覚障害で特定の色の区別がつきにくい人,上肢などに障害があり,マウスなどが操作できず,キーボードのみ利用している人,フット・ペダルなどを利用している人,などへの配慮と多岐にわたる。そして,たとえ身体障害者手帳を持ってはいなくても,高齢者への配慮もアクセシビリティ上の重要検討事項だ。

 「障害者や高齢者のため」という点を強調しすぎると,Webアクセシビリティはどうしても社会貢献の一環であると思われがちだ。だが,アクセシビリティを向上させると,それだけサイトの利用者層を増やすことにもなる。民間企業であるなら,直接的または間接的に,そのビジネスにも結びつくはずだ。

 さらに,アクセシビリティにすぐれたサイトは,障害者に情報を提供する強力な手段とも考えられる。たとえば,預金通帳やクレジット・カードの利用明細などといったプライベートな情報であっても,視覚障害者は誰かに読んでもらうしかないのが現状だ。だが,オンライン・バンキングにより銀行口座の内容はWebでアクセスできるようになっている。後は,アクセシビリティに配慮するだけで,視覚障害者がそれらの情報を自分の力だけで入手できるようになる。

基本は「ちょっとした配慮」

 アクセイビリティにすぐれたサイトは,必ずしも「障害者専用サイト」である必要は無い。今あるサイトを障害者の立場にたって見直し,少し手直しするだけでも,アクセシビリティはぐんと向上する。

 たとえば,IT Proもそうであるが,画面の上部や左側に各ページ共通のメニューを配置しているサイトは多い。これは,希望するページに即座に飛べるための配慮であることは言うまでもない。しかし,読み上げブラウザにはその配慮が仇になってしまう。新しいページを開くたび,毎回,同じメニューを読み上げてしまうからだ。肝心の本文が読み上げられるまで,延々と待たねばならない。

 それでは,メニューの配置を止める必要があるかというと,そうではない。HTMLのソース上に,ダミーの画像を配置するなどし,それのaltに「本文へ」と記述して本文部分へのページ内リンクを張っておく。読み上げブラウザはaltの内容を読み上げるので,その時点で「本文へ」のリンクを選択すれば,メニューを読み上げることはなく本文にジャンプできる。しかも,視覚的なレイアウトには影響しないので,目で見ている限りは,そういった配慮がなされていることに気付きさえしない。

 この他にも,色覚異常を持つ人への配色上の配慮,マウスの操作が上手くできない人のためリンクの間隔を狭くしすぎない,キーボードしか操作できない人のためマウスのみでしか利用できないスクリプトなどの利用を避ける,などがアクセシビリティ向上のために必要とされる。

 確かに,指摘されてしまえば簡単なことだが,逆に言えば,指摘されなければ,なかなか気づかない。また,障害の内容も人様々だ。一サイト設計者が思いつく事柄には限界がある。そこで,アクセシビリティ向上への指針事項をいくつかの企業や団体などが公開している。中でも,日本アイ・ビー・エム富士通のサイトでは詳細に紹介されているので,興味のある方は参照していただきたい。

文章の表現にもこだわりたい

 アクセシビリティの向上は,HTMLソースの記述方法,といった技術面にとどまるものではない。たとえ読み上げがスムーズに行っても,その内容が視覚障害者に正しく伝わらなければ意味がない。

 たとえば,化粧品の利用方法などを解説するサイトを構築した資生堂でも,その問題に直面した(同社のサイト)。サイト中で,「10円硬貨大の乳液をコットンにとり」という表現は読み上げても意味をなさないことに気づいたのだ。具体的にどういった文章で記述されているかは,実際のサイトを参照していただきたいが,同社では,実際に視覚障害者にヒアリングを行い,表現のブラッシュアップを行ったとのことだ。

 そこまで要求されては,とても自分には無理だと思われるかもしれないが,何も最初から完璧さを求める必要はない。Webサイトは,ユーザーの意見を聞いたり,他のサイトを研究したりしながら成長させていくもの。できることから始めてみませんか。

(前田 潤=日経インターネットソリューション副編集長)