記者という商売はいい加減なもので,取材で聞いた同じコメントを信じることもあれば信じないこともある。典型的なのが「ネットはしょせん道具だ」というコメントである。誰が言うかによって,「この人は分かってるな」と思うこともあるが,人によっては「全然分かってない」と感じてしまう。

 その違いはどこにあるのか?

 ひとことで言えば,その人が持っている見識と志を感じるかどうかである。一介の記者風情が理解できる程度の見識や志がどの程度のものなのかと問われれば,黙り込むしかない。それでも長年のカンで“本物感”は伝わるものだ。

 単純に感覚的な部分で言えば,「しょせん道具」としながらも,道具を大事にして,ないがしろにしない姿勢があるか? その道具の進化が,また新しいビジネスを生み出す可能性があると謙虚にとらえているか? そうした見識が言葉の背後に感じられるかどうかである。

 もう一つ,志に関して言えば「ネットは自分のクビを切る可能性もある道具だ」ということをきちんと認識して語っているかどうかである。

企業改革の忘れがちな視点――「世代間闘争」

 ネット戦略やIT戦略を核として,改革に取り組もうという企業はあまたある。悩みごとやきれいごとも含めて,取材ではさまざまな戦略を耳にする。その中で筆者が注目しているのは,20歳代,30歳代といった若い世代の意識が,どれだけ企業改革の戦略に取り込まれているかどうかだ。それが欠落していると,経営層やマネジメント層が語る言葉を聞いても「この企業はダメだな」と感じてしまう。

 閉塞感が覆う経済状況の中で,企業は今後5年,10年を見通して企業を変えようとしている。当然ながら,その当事者であり続けるのは,現在の経営陣ではなく,ずっと若い世代である。

 「ネットによる改革は,企業内における世代間闘争そのものです」。図らずも同じコメントを世代が離れた取材先から聞いた。一人は60歳代の鹿島建設の庄司幹雄副社長,もう一人は40歳代後半の凸版印刷の増田俊朗eビジネス本部長だった。

 ともに「自分が一番油の乗った仕事が出来たのは30歳代の半ば。この世代の人をどう活かすか,活かし続けられるかが企業改革のカギ」という認識を持っていた。経営者側の視点では「自分のクビを取りに来る人材をいかに育てられるか」と言い換えても良いだろう。道具としてのネットは,そこに重点がおかれて活用されてこそ本物だと思うのである。

 話は少し横道にそれるが,この「モチベーションのマネジメント」というところに,日本独自のIT活用のカギがあるような気がしてならない。米国流の,人材を入れ替え可能な一種の「機能」として位置づける組織論と,それを支援するITやビジネスプロセスの再構築の考え方が,最終的には日本の企業風土に馴染まないのではないかと思うからだ。

 「この先,日本は何で食っていくのか」を考えたときに,「世界が喜んでカネを払ってくれる価値を創造できるか」と「それを支える日本流のIT活用やビジネス・スタイルとは何か」という2つの難問に,真面目に向き合う必要がある。

ビジネスの6つの基本

 再び「ネットは道具」という視点に戻る。

 ネットを使っているかどうかにかかわらず,1つのビジネスを組み立てるには,基本となる6つの要素がある。簡単に整理すると,

(1)「誰に売るのかを明確にする」(マーケティング)
(2)「何を売るのかを明確にする」(マーチャンダイジング)
(3)「どのようにして売るのかを明確にする」(プロモーション)
(4)「無理なく安定した商品供給ができるか」(オペレーション)
(5)「どのように課金し,代金回収するか」(チャージ・システム)
(6)「上記5つのバランスを取り,それをどう管理するか」(マネジメント)
となる。

 先の「ネットは道具だ」というコメントが,どのフェーズに対して,どういう効果を期待して出されているか。少し因数分解して考えると,このことこそが「分かっている」と「分かっていない」の違いだと言える。この2年ほどの間に,ネットビジネスの失敗事例に数多く接してきた。いずれも上の6つのフェーズに対して,どこかに無理があった。

 いま,手痛い“授業料”を払った企業やビジネス・パーソンが新しいチャレンジを始めている。全部が全部うまくいくとは限らないが,闇雲にネットビジネスに手を出していた2,3年前に比べて,はるかに期待は持てる。また,その当事者となる人々は,苦しい環境にあるからこそ志が磨かれていると,筆者は感じている。

「大きな道に門はない」

 禅の公案集に『無門関』というのがある。書名の元ともなっているエピソードの中に「大道無門,千差路(みち)あり」という言葉が出てくる。ざっくり言えば「大きな道には門はない。そこに至る路,歩き方は1000通りもある。堂々と行け」という意味だ。いささか“こじつけ”になるが,「大道」を「ブロードバンド」と読み替えると,「ブロードバンドの時代にはいくらでもビジネスの可能性はある」。

 この時代に対する当事者意識をもって,堂々と行きましょう。もちろん私自身も,読者の皆様においても,また。

(渡辺 和博=日経ネットビジネス編集長)