総務省の12月10日の発表によれば,国内のDSL回線数は11月末に初めて500万回線を超え,511万7867回線に達した。10月末からの増加分は47万8322回線で,普及ペースも加速している(関連記事)。

 注目されるのは,ソフトバンク・グループが提供する「Yahoo! BB」のシェアである。2002年11月単月の新規回線は全体で約47万8000だったが,そのうちYahoo! BBが約25万2000を占める(Yahoo! BBの回線数は,ソフトバンク・グループの発表値)。率にすると52.6%,つまり11月にDSLを新規に申し込んだ人の2人に1人はYahoo! BBを選んだことになる。累積ベースで見るとYahoo! BBのシェアは,2002年7月末から11月末にかけて21.6%から28.5%に増えている。

 インターネット接続事業者(ISP)やDSL事業者など競合他社は,こうしたYahoo! BBの急成長に脅威を感じている。Yahoo! BB以外の新規回線数は2002年7月単月では19万回線だったのに対して,11月単月は22万6000回線とYahoo! BBに比べて,伸び悩みが目立つ。このままYahoo! BBの独走を許してしまうと,後で逆転を図るのが難しくなってくる(注1)

注1:逆転が難しくなる理由は,ユーザーがいったんあるADSLサービスを使うと,他のADSLサービスに乗り換えるのは,ダイアルアップ接続サービスに比べて,敷居が高いと考えられるからだ。ダイアルアップ接続サービスであれば,モデムやISDNターミナル・アダプタ(ISDN TA)はISPによらず使える。何度ダイヤルしてもなかなかつながらないISPは止めにして,つながりやすいという評判のISPに乗り換えることは,珍しいことではなかった。ところが,ADSLモデムは,ADSL事業者ごとに異なっているので,ADSL事業者を乗り換えるには,ADSLモデムがレンタルであれば返却しなくてはいけないし,買い取りであれば新たに購入しなくてはならない。ADSLの最高速度が8Mbpsのときは共通仕様があったので,ADSLモデムを買い換えなくてもすんだかもしれないが,最高速度12Mbpsの技術はADSL事業者によってまちまちなので,そうもいかない。NTTの局舎内で配線変更工事も発生する。

 こうした状況下で,ソフトバンク・グループと競合他社の激しい戦いが続いている。ユーザー数拡大に躍起になっているソフトバンク・グループが,他の事業者に大きな影響を与えているのは改めて言うまでもない。“DSL干渉問題”を巡る丁々発止のやりとりは,読者の皆さんもご存じの通りである(本記事末の関連記事を参照)。また,無料キャンペーンや値下げ競争など,“キャンペーン合戦”も一段とヒート・アップしてきた。

 さて,DSL干渉問題やキャンペーン合戦と並んで,筆者が読者の皆さんに注目していただきたいのが,最近の「IP電話」を巡る動向である。この10月から12月にかけて,IP電話関連のニュースが盛んに発信されている。ISPや通信事業者がIP電話に本腰を入れ,動きがあわただしくなってきた背景にも,「Yahoo! BBの独走を許すな!」という意向が見え隠れする。DSL事業者やISPだけでなく,既存の電話事業者(ISP兼業がほとんどなのだが)にも大きな影響を与えつつある。

100万人を超えたBBフォン契約者

 「国内でIP電話の契約者はすでに100万人いる」と言ったら,読者は驚かれるだろうか? ソフトバンク・グループによるIP電話サービス「BBフォン」の契約者数はこの11月で25万5000人増えて,102万8000人となった(12月5日発表)。今のところ他のIP電話サービスの契約者は多くても数万人程度である(注2)

注2:この記事での「IP電話」は,足回り回線にADSLなどのインターネット接続回線を使ったものを指す。フュージョン・コミュニケーションズの市外電話サービスに代表される一般加入電話回線を用いたサービスは含めない。

 BBフォンの状況を見てみよう。2002年7月にはYahoo! BBの回線数に対するBBフォン契約者数の割合は40.9%だったが,11月には70.4%になっている。実数では11月単月で25万5000契約が増えた。これは前に述べた11月単月のYahoo! BBの新規回線数25万20000とほぼ同じである。ソフトバンク広報は実数は明らかにしなかったものの「Yahoo! BBへの新規加入時に,IP電話も同時に申し込む人の割合は次第に増えている」(ソフトバンク広報)としている。

 102万8000人のうち,実際にどの程度の人がIP電話を常用しているかは明らかにされていない。BBフォン単独で申し込むと月額390円の基本料がかかるが,Yahoo! BBと併用する場合には追加料金はかからないため,Yahoo! BBを申し込む際に「ただなら,じゃあ電話も」とBBフォンを申し込んで,実際には携帯電話を使って,IP電話は使っていないという“スリープ・ユーザー”もある程度は存在するだろう。

 ただ,通常の電話機から発信する場合には,BBフォン経由であろうと一般加入電話経由であろうと,相手先の一般加入電話の番号をダイヤルし,発信する手順として,区別はない。Yahoo! BBの加入者が電話機をつなぎ変えてしまえば,意識せずにBBフォンを使っていることになる。従って,この102万8000人という数字は無視できない。

 また,BBフォンが牽引役となって連鎖的にYahoo! BBのユーザーが増える――そんな仮説も成り立つ。IP電話には同じサービスの加入者同士は無料で通話をできるという利点がある。逆に言えば,無料通話のためには相手も同じサービスを使っている必要がある。BBフォンを使っているユーザーが,よく電話する友人や家族にBBフォンを薦める。その結果,友人や家族もYahoo! BBを使い始める,というわけだ。

 「たかが電話」とのんきに構えていると,あとからISPがYahoo! BBユーザーを切り崩して,自社サービスに乗り換えさせるのはなおさら困難になってしまう。そこで,ソフトバンク・グループ以外のISPも,早急にIP電話を始めなくては,と動き出したのである。Yahoo! BBの登場で,ADSLの値下げをせざるを得なくなったISP各社が,IP電話で再びYahoo! BBに先を越されて,後追いを始めている。

パソコン利用のIP電話では起爆剤にならなかった

 とはいえ,他のISPも,これまでIP電話をまったく提供してこなかったわけではない。2001年後半から大手ISPは順次IP電話サービスを提供してきた。@niftyの「Go2Call」やBIGLOBEの「dialpadインターネット電話」などである。これらのサービスでも月額基本料はかかるものの,同じサービスの利用者間であれば通話料は無料である。

 しかし,各社ともIP電話サービスの利用者は数万人に留まっていた。なぜ,BBフォンほどのユーザー数を獲得できていなかったのだろうか。もちろん,BBフォンはYahoo! BBと併用する場合は追加料金がかからない,というのも大きいが,採用したIP電話の方式の違いも見過ごせない。BBフォンでは端末として通常の電話機を用いるのに対し,他の大手ISPが提供してきたIP電話は,パソコンを端末とするのだ。

 パソコンを端末として使えば,パソコンにマイクとスピーカーを付けるだけでも良く,低コストで実現できる。これに対して,通常の電話機をIP電話用に使うためには,電話機をインターネットに接続するためのアダプタが必要になる。これは1万円以上かかると見られていた。このため,ほとんどのISPはパソコン端末方式によるサービス開始を優先させた。

 ところが,パソコン端末方式では電話を待ち受けようとすると,パソコンを常時,立ち上げておかなくてはならない。常時接続なのだからパソコンは立ち上げっぱなしという方も少なくはないだろうが,世間のたいていの人はパソコンの電源は必要なときだけオンにして,使い終わったら電源を切っていることだろう。これでは双方向コミュニケーション・ツールとして使いづらい。

 BBフォンが採用した電話機+アダプタ方式であれば,パソコンのオン/オフに関わりなく利用できる。この点はユーザーの利便性を考えると,重要な点であろう(注3)

注3:電話機+アダプタ方式はBBフォンが最初ではない。大井電気の「らんらんコールII」や沖電気工業の「VoIP-TA」など電話機をつなぐためのアダプタは昨年秋の段階で数種類が製品化されていた。

 しかしアダプタを購入しようとすると1万円以上する。これではユーザーは手が出しづらい。他のISPはここで止まってしまったが,ソフトバンク・グループは,次の3つを実現して,ユーザーの手に届くものにした。

・ADSLモデムとの一体化により,アダプタを追加で購入するものではなく,ADSLを導入すると最初から付いてくるものにした。
・大量発注により,低価格で調達した(ADSLモデムと同じ手法)。
・ユーザーに対しては売り切りではなく,レンタル方式にした。

「050」割り当てでIP電話市場が拡大

 ISPやDSL事業者がIP電話に注力するのは,もう2つ理由がある。

 それは,総務省がIP電話専用の電話番号の割り当てを始めたことである。IP電話専用電話番号は世界に先駆けて日本が導入するもの。050で始まる11ケタの電話番号を用いる。11月25日からKDDI,ソフトバンク・グループなどの通信事業者に割り当て始めた(掲載記事)。

 これを用いると一般加入電話からIP電話への発信が可能になる。これまではIP電話同士か,IP電話から一般加入電話への発信しかできなかったのである。050番号の導入によって一般加入電話との双方向発信が実現して,IP電話市場が拡大すると考えられている。

 もう1つは,IP電話同士の通話は無料とはいえ,月額基本料がかかる。これで値下がりし続けたADSLの基本料金を補うことが可能になる。いったんIP電話を契約してくれれば,IP電話を使っても,使わなくても継続的にISPとしては収入が増えるのである。 その料金は,BBフォンが390円,BIGLOBEの「FUSION IP-Phone for BIGLOBE」が380円,DIONの「KDDI-IP電話サービス」が390円としている(いずれも試験サービス時は無料)。他のISPは本サービス開始までに明らかにするとしている。

 もっとも,前述のようにYahoo! BBとBBフォンを併用すると,BBフォンの基本料はかからない。他のISPで400円程度を払ってまで,IP電話を利用する人がどの程度いるのかはふたを開けてみないと分からない。

合従策はなかなか実現しない

 今回は,Yahoo! BBがシェアを急激に伸ばしていること,そして,BBフォンの加入者が100万人を超え,IP電話が他のISP,DSL事業者にとって無視できない存在になってきたことに注目した。これが,ISPがIP電話に急に力を入れ始めてきた大きな理由だと筆者は考えている。

 ところが,Yahoo! BBのライバルたちの足並みはそろっているようには見えない。IP電話サービスを提供する通信事業者を中心にグループが生まれ,綱引きを繰り広げている。構図を簡単に説明しよう。Yahoo! BBとBBフォンはソフトバンク・グループがADSL回線,インターネット接続,IP電話をフルセットで提供している。しかし他のISPはADSL回線はADSL事業者,IP電話はIP電話サービス事業者から提供を受けようとしている。もともと通常の電話サービスを提供していたIP電話サービス事業者は,少しでも多くのISPを取り込もうとしのぎを削っている。

 同じIP電話サービス事業者のサービスを使うISPの間では,無料通話ができることになっている。しかし,事業者の間では,KDDIと日本テレコム,東京通信ネットワークがIP電話網を相互接続させて,無料通話の範囲を拡大しようとしているほかは,まだ事業者ごとに分断している。NTTコミュニケーションズやNTT-ME,フュージョン・コミュニケーションズなどである。NTT地域会社がIP電話になんらかの形で参入するという観測もある。

 かくして,一丸となってソフトバンク・グループに対抗しようという合従策はなかなか実現しないのだ。元々,顧客獲得競争でしのぎを削ってきた各社だけに,一朝一夕には手を取り合ってまとまろうというわけにはいかないようである。この点の詳細については,機会を改めて述べたいと思う。

(和田 英一=IT Pro副編集長)