記者のプライベートでの通信環境はごく最近まで28.8kbps,つまり筋金入りのナローバンドだった。ブロードバンドに移行しづらい事情があったのだ。

パソコン通信だったころ

 記者は1990年からパソコン通信を利用していた。そのパソコン通信サービス会社を,仮にX社としておこう。当初は接続すると手動でコマンドを入力してメールや会議室などを利用していたのだが,そのうちオート・パイロット(自動巡回)ソフトなるものが登場した。これは会議室の移動やログ(発言)の自動取得,回線切断まで,すべてを自動的にこなしてくれるソフトだ。そしてMS-DOSの時代が終わり,Windowsの時代になっても,新たにWindowsで動く自動巡回ソフトが登場し,記者はこれを使い続けていた。

 それはOSの操作性ともあいまって,DOS時代のものとは比較にならないほど操作しやすく,ログの収集や検索性にも優れたソフトだった。発言のアップロードやライブラリにあるデータのダウンロードなども非常に簡単になり,これに伴って会議室での発言数も増え,また事実,どの会議室も大変活性が高かった。

 さらにわが家では,自分のIDと家族用のIDという2つのIDで,それぞれ違う会議室などを巡回していたのだが,このソフトは複数のIDを管理することができた。またパソコン通信のサーバー側でも,わざわざ電話回線をいったん切断しなくても別のIDでログインし直すためのコマンドを用意しており,一度接続すれば,2つのIDでまとめて巡回することができた。

 今日までずっと使っているのだが,しかしそのソフトには難点があった。パソコンやモデムとの組み合わせによっては,通信速度が速くなると文字を取りこぼす現象が発生する場合があったのだ。当初は300bpsや1200bpsから始まったモデムの通信速度は,このとき28.8kbpsにまで高まっていた。

 残念ながら,記者のモデムとパソコンでも,28.8kbpsで通信すると自動巡回時に文字を取りこぼすエラーが時折発生した。このため,やむなく通信速度を19.2kbpsに落として巡回していた。

インターネット環境の意外な盲点

 さらに,そのうち記者が利用しているX社でもインターネット接続ができるようになったが,ここでも一つ,意外な問題が発生した。

 その問題とはこうだ。まず従来のパソコン通信をする場合の接続と,インターネット接続は接続方式が異なる。それでは,インターネットでWebサイトを閲覧する場合と,従来どおりパソコン通信で巡回する場合で,その都度電話をかけ直さなければならないか? 否,TELNET接続という方法がある。これは,いったんインターネットに接続した上で,パソコン通信サービスのサーバーにログインする方法だ。X社が提供するアクセス・ポイントを使わなくても,インターネットに接続できる環境があれば,どこからでもログインできる。愛用していた自動巡回ソフトも,TELNET接続での自動巡回にも対応していた。

 試してみると,自分のIDでインターネット接続し,さらに自分のIDでX社のパソコン通信サービスのサーバーにTELNET接続することはできた。盲点だったのは,インターネット接続したIDとは別の(例えば家族の者の)IDでTELNET接続することができなかったのだ。

 結局,X社のインターネット接続機能を使う限り,TELNET接続で2つのIDでまとめてパソコン通信サービスを巡回することはできなかった。そのため,インターネットでWebサイトを閲覧する場合と,従来どおりパソコン通信で会議室などを巡回する場合で,電話をかけ直さなくてはならない状態のまま過ごしていた。

 56kbpsの高速モデムが登場しても,巡回ソフトが高速に耐えれないかもしれない点を危惧し,Webサイト閲覧が遅いのを我慢すればよいだろうと,そのまま28.8kbpsのモデムを使い続けていた。しかし,いよいよもって,わが家も時代の波に抗し切れなくなってきた。

 ADSLによる常時接続が普及してきたからである。すでにADSLサービスも本格化してから1年半が過ぎ,当初1.5Mbpsだった通信速度も,いまや12Mbpsサービスが始まろうとしていた。記者の回りでもすでにADSL環境が常識になりつつあった。いつまでも28.8kbpsの低速環境では家族の不満も限界に達してきているようだ。

ようやくADSL環境に

 仕方なく,記者は重い腰をあげた。X社が提供しているADSL12Mbpsサービスに申し込むことにしたのだ。確認の意味もあって,X社のサポートに,「インターネット接続に使ったIDとは別のIDで,TELNET接続できないという仕様は,ADSL環境でも同様か?」と聞いてみた。電話を受けたサポート担当者は,最初は質問の意味も分からないようだったが,最終的には,その通りだとの回答を得た。

 他社のISP(インターネット接続事業者)のADSLサービスを利用することも考えたが,それでは割高になってしまう。結局,家族と相談し,会議室を巡回するIDを,ネット接続に使うIDに統一することで,2つのID問題は解決することになった。メールはメーラーを使えばよい。モデムなどとの相性などで巡回ソフトが高速性に耐えられなかったら? そのときはあきらめるか,別途ダイヤルアップ接続するしかあるまい。

 ともかく,すでに何を調べるにもWebサイトで検索するほどインターネット環境が生活の一手段となっているのに,さらに高速なインターネット環境が手ごろな価格で提供されているというのに,パソコン通信サービスへの巡回というその一点で,28.8kbpsに固執しているわけにはいかなくなったのだ。

 晴れて,ADSLの12Mbpsが開通した。リンク速度は2.2~2.4Mbpsだったが,局舎との距離を考えればそんなものだろう。

 そしてパソコン通信のサーバーに,改めて,TELNET接続を試みた。するとどうだろう。インターネット接続に使った自分のIDでTELNET接続を試みたら,「二重ログイン」だといわれ接続を拒否されてしまうではないか! 一方,家族用のIDでは何の問題もなくTELNET接続できる。つまり,ダイヤルアップでインターネット接続し,そこからTELNET接続しようとしたときと,ADSLでは接続拒否されるIDが正反対だったのだ。

 さすがにこれはなにかおかしいと思い,改めてサポートの別の窓口に確認した。すると,TELNET接続するべきサーバーが,他のISPから接続する場合と,X社のインターネット接続サービス経由で接続する場合で,別々になっているというではないか。どうやら記者は旧態依然とした環境で,一人不便な使い方に埋没していたらしい。後にX社のサポートサイトをよく見てみたら,確かにそのことが書いてある。やはり”秒進日歩”で環境が変化しているネットワークは,ある時点での不便がいつのまにか解消されていることも多いということか。

 さらに自動巡回ソフトもTELNET接続で文字を取りこぼすようなことはなかった。どうやら文字を取りこぼすエラーの原因は,モデムのバッファにあったらしい。

操作性だけはPC通信に分がある

 こうしてあっけなく,なんの問題もなくブロードバンド環境への移行は完了した。

 しかし,今回の件で,毎日漫然と巡回していたパソコン通信サービスについて改めて,それが必要かものなのかどうかを考えるよい機会となった。

 パソコン通信の会議室は,すでにその役割を終えているところが大半だ。アクティブだった会員の多くは,掲示板を備えた自分のホームページを開設しており,情報交換の場はすでにそうしたものにとって代わられている。

 記者が巡回していた会議室の多くも活性が下がり,いまでは最後の発言が何年も前のものになっているような会議室もある。以前は1日何十と発言していた記者自身も,久しく会議室では発言していない。自動巡回ソフトも,いまではプライベートアドレスのメーラーとして機能しているくらいだ。

 X社ではパソコン通信サービスの代替として,ネット上のWeb会議室に移行する動きもあるが,会議室の活性を保つための原動力となる情報発信に意欲的な会員は,おそらくもうそこにいないだろう。そうした個人は,自分のWebサイトで情報発信していくからだ。記者も情報交換の場はすでにインターネットの掲示板が中心となっている。パソコン通信サービスの会議室巡回は早晩しなくなるに違いない。

 実際、すでにWeb会議室や個人のWebサイトが持つ掲示板など、インターネットではさまざまな掲示板システムが存在しており、活発な活動が見られるものも多い。Web会議室を巡回できる便利なソフトも存在はする。しかし、痒いところに手が届くような機能を持つ専用の巡回ソフトを用いて、統一された一つのインタフェースで提供されていたパソコン通信サービスの各種会議室を使うような快適性には、現状では及ばないというのが正直な感想だ。といっても、常時接続になって長時間の接続課金を気にする必要がなくなった今となっては、たいした問題ではないのかもしれないが。

(木村 亮=BizTech編集)

■本記事は,BizTechに11月27日に掲載したものです。BizTechではこの記事をはじめ,多彩な記事をコラム「視点」で掲載しています。ぜひ,ご覧下さい。