あなたは英語をどうやって勉強しているだろうか?

 筆者? いや筆者は正直なところ,あまり勉強していない。英語のことを考えるといつも頭が痛くなる。本当である。記者をしていると,英語が堪能であろうと思われることが多いが,それは誤解というもの。実はさっぱりできない。読み書きはまだいい。しかし,とても外国人と流ちょうな会話なんてできない。

エンジニアは英語ができて当たり前?

 英語がデキルと誤解されやすいのはエンジニアも同様である。世間では,言葉の端々にITの専門用語や,英文字略語を使うエンジニアを見て,きっと英語が堪能なのだろうと勝手に思う人が多い。以前,ソフトウエア・エンジニアだった筆者にはそういう経験が何度もある。

 確かに英語が優秀なエンジニアはいる。しかし残念ながら,すべてのエンジニアが英語に強いわけではない。筆者は英語が苦手で理系に走り,そのままエンジニアになってしまったクチである。そういう人は少なくないだろう。

 とはいえ,もう英語から逃げていることはできなくなってきた。今や英語ができないことは,ビジネス・パーソンとしてマイナス評価以外のなにものでもない。社内の公用語が英語になった企業や,メールを英語で書くようになった企業の話は珍しくない。ソフトウエア開発の現場でも,欧米だけでなく,インドや中国など世界中のエンジニアと共同作業する機会が増えつつある。最新技術の習得に忙しいなか,英語に危機感を抱いているエンジニアは少なくないだろう。

 では,現場のエンジニアはどうやって英語を勉強しているのだろう。特に英語に強いエンジニアはどんな体験をしてきたのか。筆者は,ソフトウエア開発者にターゲットを絞って英語の勉強法,体験談,海外事情などを取材し,また専門家に執筆を依頼して(頭痛に苦しみながら)記事をまとめた(詳しくは現在発売中の日経ソフトウエア2003年1月号特集2「必読!開発者のための英語講座」を参照)。その取材の中で痛感したことがある。

一般教養としての英語教育とエンジニア向けの英語教育は違う

 それは「エンジニア向けの英語教材/英語教育が,いかに少ないことか」ということだ。

 書店の英語コーナーに行けば,すさまじい量の英語の書籍がある。街に出れば,英会話スクールがひしめいている。インターネットを探しても,団体から個人までさまざまな英語サイトやメール・マガジンがあり,最近ではオンラインで勉強するe-ラーニングの英語サイトも脚光を浴びている。

 しかしどうもしっくりこない。どれも日常英会話,ビジネス英会話のスキル習得ばかり。エンジニアが求めている英語情報がそこにあるように思えないのだ。

 確かに「洋画を字幕なしで見たい」「海外旅行で困らない程度の英語力を身につけたい」「海外の顧客に営業したい」といった目的ならそれでもいいだろう。しかし,それらに必要な英語力と,例えばソフトウエア開発のような仕事の場で必要な英語力とは違うのではないか。

 有名外人俳優の発音が聞き取れても,英文ドキュメントのどこに最新技術情報があるかを理解できなくては意味がない。あいさつ程度の英語が言えても,バグの原因をメールで書けなければ外国人と共同作業などできない。簡単なビジネス英会話ができても,専門用語を使ってシステムを論理的に説明する英語力がなければ突っ込んだ議論はできない――。

 最近は英語を母国語としない外国人エンジニアと仕事する機会が増え,既存の英会話教材の発音/アクセント/文法では通用しない,という声も聞く。それに単に英語の教養を高めようという勉強は,筆者の経験ではなかなか続かない。継続は力なりと言っても,身近で興味のある話題がないと挫折することが多い。長続きさせるには,やはり自分の仕事にピッタリの教材や教育が必要なように思える。

エンジニア向け英語教育という潜在市場

 ではなぜエンジニアのための英語情報が少ないのか。それは,これまで市場ニーズが少なかったからであろう。

 実際,企業のエンジニア英語教育は,自己啓発が主体である。TOEIC(Test of English for International Communication:国際コミュニケーション英語能力テスト)の点数で危機感をあおったり,海外出張/海外派遣など英語の環境に強制的に放り込んだりして,あとは本人の努力にまかせる。やる気のない者にいくら教材や環境を用意しても実りは少ないのだから,確かにそれはもっとも確実な方法だ。

 実務の英語は現場で学ぶしかない,という意見も納得できる。相手が外国人でも,しょせんエンジニア同士。ソースコードや図面を付き合わせれば,会話(らしきもの)は成立する。市販の英語教材はあくまで基礎教養と割り切り,現場で使われる生の英語を四苦八苦しながら学ぶ方法は合理的とも言える。

 しかし,これだけITという言葉が浸透し,エンジニアの国際競争力が重要視される時代である。筆者のようなグータラ者ではなく,将来のことを考えて前向きに英語を学びたいと思っているヤル気のあるエンジニアは確実に増えている。それなのに,今のままではあまりに情報が少ないのではないか。

 英語教育に熱心な企業や英語環境に恵まれた職場ならいい。だが英語と接点のないところで働いているエンジニアも大勢いる。英語スキルを習得できるところへ移ればいいという意見や,インターネットに豊富な英語教材があるではないかという意見もあるだろうが,このご時世では転職もままならないし,そもそも英語が苦手な人間にいきなり海外のサイトを見て勉強しろといっても長続きはしない。結局,役に立つかどうかわからない市販の英語教材を読み,高い授業料をはらって英会話スクールに通うしかないのだろうか。

 もちろん筆者が調査不足なだけで,エンジニアにとって有効な英語教材/教育情報があるのかもしれない。だが,現時点で決して多くはないと思う(ご存知であればぜひ教えてほしい)。

 とするなら,ちょっと見方を変えてみよう。今,エンジニアのための英語情報が少ないのなら,いっそ自分たちの手で作ってしまってはどうか。

エンジニア向け英語教育は大きなビジネス・チャンスに

 実は筆者は,エンジニア向けの英語教育というのが,今後大きなビジネス・チャンスになるのではないかという気がしている。弊社のような出版業もそうだし,教育ビジネスもしかり。エンジニアにターゲットを絞った教育ソフトウエアやテレビ,映画があってもいい。国や企業がIT立国をめざし,今ほど多くのエンジニア個人がスキルアップを望む時代ならニーズはかなりある。

 そのためには,エンジニアが「今のままでは英語スキルが磨けない」「こういう英語教材/勉強方法を教えてほしい」という声をもっと出すべきだろう。また,ビジネス・チャンスは個人にもある。英語力のあるエンジニアなら,書籍を執筆したりWebサイトやメール・マガジンを作るなどして,ぜひ積極的に情報発信するといいだろう。

 実際,先見の明がある書籍,学校,団体もある。

 「誰も教えてくれなかったIT英語 ~海外ITエンジニアはこう話す!」(ソフト・リサーチ・センター),「理系のための英語ライティング上達法」(講談社)などの書籍や,「IT Bilingual College」のようなIT技術者に特化した英語学校などがそうだ。

 英語スキルを判定する試験としてはTOEICが有名だが,テクニカル・ライティングのスキルを見る「工業英検」,最近では,職業別の英語コミュニケーション・スキルを判定する「TOPEC(Tests of Professional English Communication)」などもある。このうち,TOPECエンジニアリングは,エンジニアに特化した英語力をみるテストだ。

 筆者は,このようにエンジニアにターゲットを絞った書籍,学校,テストなどがもっと増えてくれることを望んでいる。もちろん「国や企業には頼らない。自分のスキルは自分で磨く」という方もいるだろう。教材や情報が増えることと,英語スキルが向上することは比例しないことも筆者は承知している。

 それでも勉強方法の選択肢が増え,またそれによって競争が進んで安価で良質な英語情報が提供されれば,多くのエンジニアにとってありがたいことではあるはずだ。

 そのとき注意してほしいのは,目的意識を明確にすること。どの勉強方法であれば自分の仕事に合った英語スキルを得られるかをじっくり考えることである。それが分かれば,どんな勉強法であれ長く続けられる。

 それにしても,こうして英語のことばかり考えていたら,また頭が痛くなってきた。筆者には英語よりも頭痛薬のほうが必要なようである。

(真島 馨=日経ソフトウエア)

参考情報:日経ソフトウエア2003年1月号特集2「必読!開発者のための英語講座