11月17日,午後7時(米国時間)から始まった「COMDEX Fall 2002」の基調講演に立ったBill Gates米Microsoft会長兼チーフアーキテクトは,「Personal ComputerからPersonal Computingへの本当のシフトが21世紀最初の10年間に起こる」と熱弁を振るった。

 「ただPCの前に座って何かをする時代は終わりを告げ,家庭,オフィス,車の中でさまざまな機器が協調しながら私たちの生活を彩って行く。さまざまな技術が進化を遂げ,私たちが本当にやりたいことを実現してくれるまでに成熟してきた。知的領域を押し広げ,自由な活動ができる範囲を広げてくれる・・・」(米Microsoftの資料へ

 確かに,今,「ようやく」家庭のパソコン・ユーザーにとって「夢が実現する」段階に突入しつつあるのかもしれない。情報を入手するために,どこかにつなぎ,情報のありかを自らの努力で探し出し,ほしい項目を選択して取り出すといった,手間のかかる作業は徐々になくなっていく。

 1976年にパソコンが誕生して以来,世界はその実現のために一歩一歩進んできたように思う。そういえば,Bill Gates会長が強調したPersonal Computingというキーワード,1983年に日経パソコンを創刊したとき,標榜するビジョンとして私たちが付けたスローガンそのものだ。20年前に目指したビジョンが今,現実の世界を表現する言葉として重要な意味を持つようになったことは,実に感慨深いものがある。

 基調講演の中で,特にBill Gates会長が強調したことの1つはテレビとPCの融合だ。家庭内のどこかに置かれたホームサーバーにため込んだテレビ映像を家庭内のどこからでも自由に操作し,楽しむ。このソリューションを実現する方法はさまざまだ。ホームサーバーに圧縮したデジタル・データで保存したものをネットワークで読み出すか,ストリーミング可能な状態に変換してネットに流し,クライアントPCで視聴する。

 しかし,この中でどれが本当にユーザーに利便性をもたらすのか,現在は混乱のさなかにある。
 
どれが本命か,家庭内PCとTVの融合

 Microsoftによる解がWindows XP Media Centerであり,Smart Displayだ,というわけだ。この2つはかなりアプローチが異なる。前者はサーバーにため込んだコンテンツをクライアントPCから読み出して視聴するが,Smart DisplayはCPU本体で再生している映像を,取り外し可能なディスプレイで視聴するというものだ。Smart Displayは持ち歩けるディスプレイだからDVDを再生することも可能だが,Media Centerからはライセンス上,再生・視聴することはできない。
 
 ソニーが既に市販している「ホームリンク」,東芝の「TransCube 10」なども同様にPCとTVの融合をはかるシステムだ。前者はネットワーク内に置いたバイオRXやバイオMXなどをサーバーにし,ため込んだ各種コンテンツをデコードしながら再生する。後者はサーバーとなったTransCube 10がネットワークに送り出すMPEG-2 TS(MPEG-2 Transport Stream)フォーマットのストリーミング・データをクライアントがデコードして再生する。いずれも,ライセンス上,DVDを再生することはできない。
 
 乱立する各種実現方法のどれがベストか,まだ見極める段階にない。利用形態,デバイスのコストなどを考えると,どれも一長一短だからだ。

相互接続性は当面,制限多い

 家庭内のネットワーク(LAN)を通じて「どこでもテレビが楽しめる」環境を揃えるには,このようにさまざまな仕組みが,まさに次々に登場し,現状,相互接続をすることは難しい。特に,ソニーの「ホームリンク」は制限が強い。「ホームリンク」を買っても,デルのマシンでは機能させられない。
 
 11月下旬に発売を予定しているNECのホームAVサーバー「AX10」など,ネットワーク対応のHDDレコーダー・タイプの製品はかなりクライアントになれるパソコンの幅が広がる。十分なスピードを持つほとんどのWindowsパソコンでコントロール・視聴が可能だが,LinuxマシンやMac,あるいはネットワーク機能付きのPDAなどは接続できない。
 AVサーバー機能を家庭に持ち込むには,エンドユーザーに相互接続性について考えさせずに済むオープンかつシンプルな仕組みが必要だ。チューナとディスプレイ,そしてアンプを買ってくればほとんどの場合接続でき,ホーム・シアターができ上がるといった相互接続性がもっともっと向上しなければ,一般ユーザーはついてこれなくなってしまう。当然,シンプルで分かりやすい使い勝手が,一方で必要なのは言うまでもない。

 今後はMPEG4で映像を配信するホーム・サーバーも現れる。となれば,さまざまなプロトコルに対応できるジェネリックなプレイヤ・ソフトも必要となってくるだろう。サーバー開発,提供会社はサード・パーティが参加しやすいようできるだけ仕様を公開し,さまざまなプラットフォームに対応できる道を用意する必要があるだろう。先行者利益をどん欲に追求する戦略もあろうが,広く市場を拡大させる戦略がこうしたメディア機器にはもっと重要だと思える。

 この種の製品,ぜひ,多くの人が満足できるような仕組みに育ててもらいたいものだ。

悩みは深まるばかり

 結局,何が「本当に便利」に使える仕組みに仕上げられるのか,混迷は深まるばかりだ。以前,このコラムでも指摘したことがあるが,DVDのネットワーク再生,あるいはHDDなどへの保存がハリウッドの頑迷な抵抗にあい,せっかくの便利な仕組みが生かせなくなっていることも大きな悩みだ(記事へ)。正当な使用料を払うつもりがあるにもかかわらず,一切このような利用形態が許されないのは,市場の形成を阻害している。

 パソコンを立ち上げて,プレイヤ・ソフトをメニューから探し出して起動,おもむろに番組を選択するというまだるっこしさから全然抜け出せないのも悩みの種だ。特定のキーにアプリをアサインしておき,ワンタッチで立ち上げる手法もあるが,電源を入れてからの待ち時間がなんともまだるっこしい。

 私たちのようにパソコンはこんなもの,と事情をよく理解しているものは比較的我慢しやすいが,高齢者などはスイッチを入れてしばらく操作できないことが理解しがたいという傾向がある。

 さて,実はこれまで,自分の部屋にあるPCでテレビなどの映像を楽しむには何が良いかと物色してきたが,結局,そんなこんなで,ネットワークでも何でもないPCディスプレイ用テレビ・ビデオ入力アダプタ「EntaVision」(ノバック)なる製品に触手を伸ばし始めている(関連情報)。

 要するにこの製品,液晶やCRTディスプレイにTV映像をきれいに映し出すというのがコンセプトである。肝はNTSC信号を内部の補完計算処理によりXGA(1024×768)サイズにまできれいに表示させるという点だ。プログレッシブ表示をするから,ちらつきなどもないのだという。発売は11月22日。これまで,液晶画面にぼけぼけで表示されるPCからの動画映像に辟易していたので,どんな映像が楽しめるのか,ぜひ確認してみたいという気持ちがある。

 パソコンもネットワークからも関係のないアダプタだが,自室でのテレビ受信目的には当面これがしっくりくる。電源を入れてすぐ使えるだろうし,リモコンも使える,HDDレコーディングの追っかけ再生などがないのは痛いが,DVDプレイヤをつなげば,パソコンからの再生ではできなかったつるつるのきれいな画質が楽しめそうだ。

(林 伸夫=編集委員室 主席編集委員)