米IBM会長のルイス・ガースナー氏が,今月の日本経済新聞の朝刊に「私の履歴書」を連載している。IT業界の人間で,ガースナー氏を知らない人は少ないだろう。ご存じのとおり,1993年にIBMの会長兼CEO(最高経営責任者)に就任し,「瀕死の巨象」とも言われるほど業績が悪化して解体寸前だったIBMを見事に立ち直らせた人物である。

 ガースナー氏はマッキンゼー&カンパニー,アメリカン・エキスプレス,RJRナビスコを経てIBMの会長に就任した。コンピュータとは縁遠い世界にいた,いわばIT業界の“門外漢”である。その門外漢が総本山に乗り込んで,どんな改革の手腕を発揮したのか。これが「私の履歴書」のクライマックスであり,多くの読者にとって最も関心の高いところだろう。

コアスキルと年収が見事に比例した

 実は記者にとっては,それにも増して注意を引かれる点があった。ビジネスの世界で歴史的な業績を残したガースナー氏が,若いころにどんな知識やスキルを学び,身に付けたのかということだ。

 なぜそのような関心を持つかというと,ちょうど日経ITプロフェッショナルで,ITエンジニアのコアスキル調査の結果を報告する記事をまとめたからである(詳しくは12月1日発行の日経ITプロフェッショナル2002年12月号特集2「今あなたに必要なコアスキル」を参照)。

表1●ITエンジニアに求められるコアスキル(拡大表示は画像をクリック)
 コアスキルとは,ビジネスを行う上で必要な「取り組み姿勢」と,「期待された成果を生み出す行動力」を指す。いわば「ビジネスにおける人間力」とも言えるもので,昨今は「コンピテンシー(行動特性,思考特性)」と表現されることも多い。コアスキルの重要性はIT業界でも声高に叫ばれているものの,共通言語となる指標や,公的資格やベンダー資格もないため,業界内で真剣に調査,分析されることがなかった。

 そこで,スキル調査研究会(行政機関,大学,IT関連企業,それに日経ITプロフェッショナルの有志が集まって結成)は,ITエンジニアのコアスキルを明らかにすべく,6つのスキルを定義し,130以上の質問項目を作ってWeb上で調査を行った。6つのスキルには,例えば,現状を把握し到達すべきゴールに向けて計画する「ストラテジック・プラニング」,計画に基づいて関係者と柔軟に意思の疎通を図る「コミュニケーション」などがある(表1[拡大表示])。

 調査は9月1日から10月15日にかけて行った。約5000人の回答の中から3000人を有効回答として,職種,年令,年収などと,コアスキルの関係を分析した。質問は練りに練ったがWebという手段でもあり,ITエンジニアのコアスキルを完全に測定できるとは考えていない。だが収集したデータからは,様々な興味深い事実が浮かび上がった。

 記者が少なからずショックを受けた(同時にうなずかされた)のは,コアスキルのレベルと年収や職種に明確な相関関係があるという結果が,はっきりと出たことである。

図1●年収別で見たコアスキルレベルの違い(拡大表示は画像をクリック)
図2●職種別に見たコアスキルレベル(拡大表示は画像をクリック)
 年収400万円未満から1000万円以上まで,100万円単位で回答者をグループ分けすると,年収が高くなるにしたがって,6つコアスキルのレベルがどんどん高くなった(図1[拡大表示])。この調査では,テクニカルスキル(技術力)についても調査を行っているが,テクニカルスキルのレベルと年収の間に相関関係は見られなかった。

 年収の違いで,特に差が表れる3つのスキルがあった。コミュニケーション,チーム・デベロップメント,ポリティカルセンスである。一例を挙げると,コミュニケーション・スキルの1つとして,プレゼンテーション・スキルがある。年収の高い人ほど,プレゼンを苦にしないという結果がはっきりと出た。

 職種によっても明確に違いが見られた。調査では,経済産業省が策定を進める「ITSS(ITスキル・スタンダード)」に基づき,11の職種を設定した。職種ごとにコアスキルのレベルを見ると,レベルが一番高いのはコンサルタントだった。逆に低いのは,主にプログラミングを行う「ソフトウエアデベロップメント」と,運用に携わる「オペレーション」という結果が出た(図2[拡大表示])。

 プログラミングや運用に携わる人で将来コンサルタントになりたいと考えている人がいたら,そこには鍛え,習得すべきコアスキルがあることを心しておくべきだろう。

コアスキルは学んで身に付けるもの

 さて,スキルという観点でガースナー氏の「私の履歴書」を読むと,同氏がまさにコアスキルのかたまりであることが分かる。

 ガースナー氏はあらゆる局面で様々なことを学ぶ。(ガースナー氏の回想には「学ぶ」「訓練」という表現がとても多い)。例えば,ダートマス大学で司法委員長を務めたときに,「状況を調べるときは十分に調査し,分析した上で初めて公正な目で結論を導き出す」ことの大切さを学ぶ。

 ハーバード・ビジネススクールでは会計や財務の知識を学ぶが,それ以上に重要なことも学んだ。すなわち「状況がはっきりしないまま限られた情報と限られた時間の中で,いかに事態を分析し,判断を下すか」ということ。そして「チームで仕事をすることの意味」である。チーム作業の中で,「人物評価の基礎訓練」も行った。ガースナー氏は,社会に出て,仕事上,最も重要なのは人を見る目を養うことだと言う。

 さらにマッキンゼーでは,コンサルタント業を通して,「深い分析力,意思伝達力,顧客に変革を起こさせるよう仕向ける能力」に磨きをかける。ガースナー氏の業績を生み出したのが,こうしたコアスキルであったことは間違いない。

 ここですべての人にガースナー氏のようになろうと呼びかける気は毛頭ない。だがコアスキルを意識的に学び,訓練し,身に付けてきたという点は,大いに見習いたい。
 スキルアップとは技術力を高めることに他ならないと考えているITエンジニアがいたら,その考えはただちに改めるべきだろう。ITエンジニアである以上,技術力は確かに重要だが,それだけでは十分ではない(突出した技術力があれば話は別かも知れないが)。

 Web上のスキル診断はまだ受けられる(12月31日まで)。日経ITプロフェッショナルのサイトにリンクボタンがある。ぜひとも自分のコアスキルのレベルを知っていただきたい。

(鶴岡 弘之=日経ITプロフェッショナル副編集長)