引っ越しを考えている。次は賃貸にするか,それとも購入するか。一長一短があり,なかなか決められないが,物件巡りをしてみることにした。その気になってみると,秋の住み替えシーズンでもあり,週末ともなると宅配される新聞には分譲マンションのチラシがどっさり。気になる物件をチェックした上でモデルルーム巡りを始めると,浄水器やディスポーザー,床暖房などはどの物件も完備している。

 そして,最近の物件で欠かせないのがブロードバンド対応だ。物件の規模などにより,多少の料金差があるものの100Mbps(ベストエフォート)のインターネット常時接続環境が二千数百円程度で利用できる。ADSLの利用料金が安くなったとはいえ,100Mbpsの接続環境を楽しむ場合はなおお得感を感じる。職業柄もあって,ブロードバンド対応度が物件の価値判断に重要な気がしてきたのだ。

ネットも入居者の共有施設

 心配も少し湧いてきた。ここ数年間にわたる通信料金などの値下がりを考えると,果たしてこれらサービスはこの先もずっと割安であり続けられるのだろうか。まして,マンションは数十年単位で価値を検討すべき商品。革新の激しい通信サービスとマンションという組み合わせには一抹の不安を感じざるを得ない。インターネット接続サービスに対するニーズは各戸ごとに異なるはず。果たして,全住民の満足するサービスや料金などあり得るのだろうか。そこで思い切って,不動産会社の企画担当者に聞いてみた。

 三菱地所住宅開発事業本部商品企画部の渡辺昌之副主事は「最近は利用料金と性能のバランスがいいところに納まってきました。この春から分譲している新築マンションはすべてブロードバンド対応です」と語る。

 教えてもらった,新築マンションの最も一般的なインターネット接続の仕組みは次の通りだ。まず,サービス提供会社からマンションまでのアクセス回線として企業向けの100Mbps通信サービスを利用する。マンション内は光電変換装置,ルーター,各階ハブ,住戸ハブを共用配線で構内LANにする。居住者は住戸内のハブに10BASE-T/100BASE-TXのケーブルで接続して使用する。ハブは各居室に設置されているので,ノートパソコンならどの部屋からでも使用できる。

 渡辺副主事は「配線はギガビット・イーサーに対応しており,機器を交換すれば,最大伝送速度を1Gbpsまで引き上げられる。コンテンツの需要動向にもよるが,かなり長期に渡って対応できる」と語る。各住戸のサービスに対するニーズの違いについては,同社が分譲するマンションの場合は速度によって月額利用料金に格差をつけているという。

 なるほど,料金もサービス内容も現時点ではまず妥当と思われる。機器の拡張性もある程度は保証されているようだ。

 むしろ,サービス内容を子細に見ていくと,マンションならではの難しさに思い至る。例えば,住戸外の機器・配線部分はマンションの共用施設であり,機器の管理・保守・修理などに要する費用は居住者全員で分担する。保守費用などは管理費に含めている場合もあるようだ。こうした費用負担はサービスを利用するかどうかはまったく関係ない。つまり,インターネットを利用しない人も,負担を強いられるのである。

難しい“住民の合意形成”

 サービスの契約も意外に厄介だ。契約はマンションの管理組合とプロバイダーとの間で締結する。新築マンションの場合は分譲会社の関連会社や提携会社がプロバイダーにほとんど決まっている。

 もちろん,サービス内容に不満があれば,当初数年間の契約が終了した後,プロバイダーは変更できる。ただ,契約先を変更することは継続する場合に比べて,住民合意を得るのにかなりの困難が予想される。共用機器のアップグレードなど,支出を伴うものはさらに難しいだろう。最新機器で最新のサービスを望む住戸と,最低限のサービスで良いとする住戸,居住者ごとにかなりの温度差が生じるはずだ。

 既存マンション向けのサービスに目を向けると将来の事態が想像できる。NTT-ME(本社:東京都千代田区)は大京や都市整備公団などと提携し,新築マンションのブロードバンド対応を手がけているほか,既存マンション向けにサービスを提供している。大澤良美R.I.S.事業部グループマネージャーは「サービスを利用する住戸,利用しない住戸。すでにADSLや無線を使っている家庭もある。各戸の事情もあり,既存マンションのケースでは住民の合意を得るのが本当に難しい。」と語る。

 国土交通省は2002年7月に「インターネットアクセスの円滑化に向けた共同住宅情報化標準」というガイドラインを作成し発表した。この中には既存共同住宅向けの合意形成マニュアルがある。

 住宅局住宅生産課の石坂聡課長補佐は「建物に穴を開けて配線するには,住民の4分の3の合意が必要だが,意見がなかなかまとまらない。サービスの利用動向に加えて,世帯の所得・資産状況もある。マニュアルを作成することで,住民合意形成の円滑化を狙った」と語る。

 新築についてどう見ているか,石坂課長補佐に問うと,「新築マンションはあくまで分譲事業者に任せている。もちろん,新築でも数年後には既存マンションと同様の困難に直面するでしょう。結局のところ,集合住宅は自分では何も決められない」と苦笑する。

 もちろん,こうしたことはインターネット接続に限ったことではなく,マンションの場合は共有施設全般に共通する問題だ。各世帯の個別の事情など配慮している余地は無い。それを覚悟しておく必要がありそうだ。

ネット対応マンションを選ぶ際のポイントは?

 数千万もするマンションの値段からすれば,ネットの接続料金なんて微々たるものだ。購入者はあくまでも,立地,設備や建物のグレードなどで物件を選ぶだろう。では,ネット対応マンションを選ぶ際に注意することはないのだろうか。

 一般的なマンションの配線方法としてイーサーネットを前述したが,一部のマンションでは光ファイバーを各住戸まで敷設し始めている。データ伝送容量が大きくなるのはもちろん,各戸でNTTのFTTHサービス「Bフレッツ」にも加入することも可能になるという。

 1戸あたりのインフラコストが高いため,まだ一部の高級マンションなどにしか導入されていないものの,NTT-MEの大澤良美さんは「コスト差はどんどん縮まっている。新築マンションはあと1年ぐらいで光ファイバーが中心になると思う」と語る。物件を選ぶ際の参考にして欲しい。

 さて,自分の部屋探しに話を戻そう。ブロードバンド環境も評価基準に入れて一旦は購入する物件を決めたものの,まだ迷っている。欲しい物件はそれなりに高い。だからといってデフレ経済下だけに無理な資金計画は立てたくない。価格,最寄り駅などを検討していると,マンションのネット環境まで気を回す余裕が無くなってしまった。

(西村 勝彦=BizTech副編集長)

■本記事は,BizTechに11月6日に掲載したものです。BizTechではこの記事をはじめ,多彩な記事をコラム「視点」で掲載しています。ぜひ,ご覧下さい。

■関連サイト
国土交通省「インターネットアクセスの円滑化に向けた新築共同住宅情報化標準」の策定について
国土交通省「インターネットアクセスの円滑化に向けた共同住宅情報化標準,合意形成マニュアル等の策定について」