本日の記者の眼には,宣伝が含まれている。といっても日経BP社のそれではなく,ある学術団体が主催するシンポジウムのお知らせなので,ぜひ最後までお読みいただきたい。

 11月9日,日本信頼性学会のシンポジウムに出席したところ,千葉工業大学プロジェクトマネジメント学科の関哲朗助教授に会った。千葉工業大学はプロジェクトマネジメント学科を持つ日本唯一の大学として知られている。

 シンポジウムが終了した後,「30分くらいお茶でも飲みますか」ということになった。ところが,プロジェクトマネジメントの話を始めたところ,大いに盛り上がり,3時間もお茶を飲んでしまった。プロジェクトマネジメントに関して関先生が分かりやすく説明してくれたので,以下にその時のやりとりを再録する。文責は谷島にある。

(谷島 宣之=コンピュータ第一局編集委員)

谷島 ここ1年間くらい馬鹿の一つ覚えで,「プロジェクトマネジメントが重要」と書き続けています。ところが,「日本がプロジェクトマネジメントの後進国」などと書いたり,話すと,結構反発があります。特に品質管理に取り組んでこられた人からは,「そんなことは昔からやっている」,「どこが新しいんだ」という反応が返ってきます。

関 日本は品質管理で世界のチャンピオンになったわけですし,ソフト会社を見ても,かなりの会社がISO9001に取り組んできました。確かに道具立てを見ると,プロジェクトマネジメントと品質管理は共通するところが多い。ただ,僕はターゲットに決定的な差があると思っています。

プロジェクトマネジメントは個別生産,品質管理は大量生産

 プロジェクトマネジメントは,問題解決型の仕事をうまくやるためのものです。顧客1社ごとのニーズを汲んで,ソリューションを提供するための手法です。つまり個別生産ですね。多種多様なスキルを持つ個人がチームを組んで,個人個人が持つ力を十分に発揮し,顧客の問題を解決する。これをうまく遂行するのがプロジェクトマネジメントです。情報システムを開発する仕事がまさにそれに当たります。

 これに対し,品質管理はもともと,一定品質の製品を大量生産するときの手法でした。いささか乱暴に言うと,マニュアルを作って全員がその通りきちんとやろうというのが品質管理です。マニュアル通りに行かないときは,現場で知恵を出し合ってマニュアルを改善したり,新しい道具を作り出していく。これがQCサークルでした。

 世の中は完全に,大量生産ではなく,個別生産を通じた顧客の問題解決の方向に動いている。このためISO9001:2000の中で,顧客満足という考えを入れたりしています。またプロジェクトマネジメントの代表的な知識体系である「PMBOK(A Guide to the Project Management Body of Knowledge)」がISO9001の考えを入れたりして,相互に歩み寄りを見せています。しかし,もともとの狙いはまったく違うものです。

谷島 ISO9001をとったというソフト会社に行くと,書類を書くことに皆さん疲れていて,「この上,プロジェクトマネジメントなんて勘弁してよ」というのが本音です。

関 確かに一生懸命,ISO9001をとったところへ,「問題解決型のビジネスをやるにはISO9001ではなく,プロジェクトマネジメントだ」と言われたら,ショックですよね。

 本来の狙いとそのためのテクニックを分けて考えればいいと思います。プロジェクトマネジメントと品質管理は狙いは異なるけれど,テクニックは共通するところが多い。プロジェクトマネジメントを実際にやるために,品質管理のテクニックがいろいろと使えます。こう考えれば,ISO9001をとったのは無駄ではないわけです。

谷島 ただどっちも名刺に書くだけのところがありませんか。ISO9001の認証をとったと名刺に刷っているソフト会社が結構ありました。最近は国際資格のPMP(プロジェクトマネジメント・プロフェッショナル)をとったと名刺に刷っている人が出てきました。ソフト会社も「PMPを何人育成する」と,とにかくPMP取得者を増やせばいいという考えのところを見かけます。

関 それは品質管理でもプロジェクトマネジメントでも,経営トップが何のためにやるのかを社員に周知徹底させていないからでしょう。だから,本来の目的がどこかにすっ飛んでしまい,ISOやPMPの取得そのものが目的になってしまう。

 プロジェクトマネジメントの本を見ると,「経営トップを巻き込め」と書いてある。ただどうやるかは書いていないことが多い。ここで方針管理とかトップ診断とか,品質管理のやり方を応用できます。

年功序列でプロジェクトマネジャを選ぶのはおかしい

谷島 プロジェクトマネジメントの本を見ると,品質・コスト・スケジュールに加えて,コミュニケーション,調達,リスクまで,統合的にマネジメントせよ,と書いてあります。これまた,「そんなことはとうにやってきた」と怒る人がいます。

関 怒る人は確かにしっかりやってこられたのだと思います。ただ,ひょっとするとその人と,その人の配下のお弟子さん数人ができるだけではないでしょうか。会社全体の仕組みとして,プロジェクトマネジメントを推進するようになっていないと,まずいでしょう。日本のメーカーや大手ソフト会社は開発標準は立派なものを持っておられます。ただ,それを使ってプロジェクトを進める人の人選がいいかげんだったりする。

谷島 「彼は何年選手だからそろそろプロマネをやらせるか」とか。

関 いきなりトレーニングなしでプロジェクトマネジャをやらせて,しかも会社の中にプロジェクトマネジャを支援する仕組みがなかったりしたら,これは悲劇です。だれもプロジェクトマネジャなんかやりたくなくなりますよ。

谷島 PMBOKは,米国のプロジェクトマネジメント推進団体のPMI(プロジェクトマネジメント・インスティチュート)がまとめたものです。米国生まれの知識体系という点に反発する人も多いですね。

関 無論,PMBOKがすべてではありません。ヨーロッパには別の標準知識体系がありますし。ただ,PMIによると,PMBOKは100万コピー出たという。これはもうデファクトと認めるべきでしょう。PMBOKはあらゆるプロジェクトに共通する知識体系ですから,この上にプロジェクトの特性に応じた知識を積んでいく必要がある。ここは日本独自でいいものを追求すればいい。

谷島 「知識体系なんかいらない。プロジェクトは結果がすべてだ」という人もいます。確かに,プロジェクトマネジメントがこれだけ普及していないのにもかかわらず,日本は数々のプロジェクトを成功させてきました。

関 日本人は事実上失敗しているプロジェクトでも止めませんからね。どんな無理をしてでも,なんとか形にしてしまう。だからみんな成功したことになっている。これに対し米国人は,計画通り進んでいないプロジェクトについては早い時期に見切りをつけてさっさと止めます。だから失敗率は米国のほうが高いように見える。どちらがいいという話ではないですが。

シンポジウムにおけるトップの発言を参考に

谷島 プロジェクトマネジメントについての誤解を解いて,日本でもっと普及させるにはどうしたらいいですか。

関 やはりある程度は経営トップがトップダウンで進めるしかないでしょう。そのときにさっきお話したような品質管理との違いをきちんと説明することです。

谷島 ITProというWebサイトに定期的に原稿を書いているのですが,「とどのつまりは経営トップの問題」と書くと,読者の評判があまりよろしくないのです。

関 エンジニアの方の気持ちはよく分かります。ただし経営トップがプロジェクトマネジメントに関心がないなら,現場のエンジニアの方が「プロジェクトマネジメントは経営に役立つ」と声を上げる必要があるでしょう。なかなか難しいことですが。

 今月29日に,プロジェクトマネジメント学会の設立3周年記念シンポジウムがあります。今回は東京三菱銀行の岸相談役(前会長)や石原信雄地方自治研究機構理事長(前・内閣官房副長官)といった大企業や政府の意思決定に関わってこられた方々をキーノートスピーカーとして呼んでいます。

 岸相談役はシステム開発プロジェクトの経験が豊富です。また石原理事長には「内閣における重要政策の決定プロセス」を交えたお話をいただく予定です。こうした方々の話から,経営トップと話をするためのヒントが得られるかも知れません。そういえば谷島さんはプロジェクトマジメント学会の評議員だったのでは。

谷島 活動に貢献していない評議員です。最近自分のページ(谷島 宣之の情識)を作ったので,そこで昨日シンポジウムのお知らせをしました。今日は長時間ありがとうございました。