全国の先陣を切って2003年末にデジタル放送を開始する関東・中京・近畿の三大広域圏の地上波放送事業者を対象に,総務省は2002年11月1日に免許申請の受け付けを始める。「放送の開始時期をいかに遅らせるかが最大の経営課題」(民放キー局の首脳)などと,デジタル放送の延期論が一部でくすぶっていた地上波放送業界だが,免許申請の受け付けを目前に各社ともデジタル化に向けて一斉にかじを切り始めた。

 三大広域圏の放送事業者は2002年12月にも,そろって免許を申請する予定だ。一方,三大広域圏以外の放送事業者は2005年ごろまでに免許を申請し,2006年末までに放送を開始する。2011年7月には全国で現行のアナログ地上波放送が終了し,デジタル放送への移行が完了する計画となっている。

番組編成の主導権巡り,キー局と系列局が綱引き

 デジタル地上波放送のサービス内容は,放送開始当初,アナログ放送と同じ番組をHDTV(ハイビジョン)で流し、これにデータ放送を付加する形が中心になる。さらに,SDTV(標準画質テレビ)の番組を最大で三つ同時に流す多チャンネル放送も可能となる。

 しかし,ある民放キー局の幹部は「視聴率を奪い合うような複数の番組を同時に流せば,スポンサーが反発する」という。民放キー局による多チャンネル放送は,チャンネルの切り替えで見たいカメラの位置を視聴者が選択できるスポーツ中継などの「マルチアングル放送」や,災害時の緊急放送などに限定されそうである。

 これに対して一部の地方局は,多チャンネル放送によって独自の番組編成の可能性が広がると期待する。近畿広域圏のある放送事業者の幹部は,「これまでは番組を供給してくれる民放キー局に,実質的な番組編成権を握られていた。デジタル放送では多チャンネル編成を利用して,独自の新チャンネルを運営したい」と,民放キー局への依存度を引き下げる意向を示す。

 しかし民放キー局は,「系列局が多チャンネル編成を行うのであれば,我々が系列局に支払う全国CM収入の配分を,いくらか減らさざるを得ない」と対抗策に打って出る構えである。民放キー局と系列局が,編成の主導権を巡って早くもけん制し合っている状況だ。

 NHKと民放各社の関係も揺れている。NHKは地上波放送のデジタル化を機に,まず2004年10月に茨城県で県域放送を始める。さらに栃木県や群馬県など関東地区の他県でも,県域放送を行いたい考えである。こうしたNHKの計画に民放各社は,「民業圧迫」などと反発している。

 このように,地上波放送のデジタル化を目前に控え,「NHKと民放」,「民放キー局と系列局」という長年の共存共栄関係に微妙な変化が現れてきたようだ。新たな業界秩序の構築に向けて地殻変動が始まったといえそうだ。

足の引っ張り合いをしている場合ではない

 地上波放送のデジタル化は,家電や通信など周辺業界にも大きな経済波及効果を及ぼす。例えば家電業界は,数十兆円規模といわれるデジタル地上波放送用受信機の市場に期待を寄せる。デジタル地上波放送では移動体向けの放送サービスも可能になるため,移動通信業界は停滞気味の携帯電話市場の喚起を見込んでいる。

 地上波放送のデジタル化を成功させるには,こうした周辺業界との連携が不可欠だ。そのためにも主役である放送業界が足を引っ張り合うのではなく、新たな協力体制を構築しなければならない。

(吉野 次郎=日経ニューメディア)