「桜が咲くころ,おまえは誰かに刺されるかもしれないな」――。ヤクザ映画のワンシーンにでも登場しそうな,物騒な台詞である。これは富士通ゼネラルのインターネットビジネス開発部の堀進部長が,実際に社長から言われた言葉である。堀部長が,インターネットを使った販売チャネルの改革に携わった,半年後のことだった。

 日経ネットビジネスの11月号(10月25日発売)の特集「入門 ネット戦略マネジメント」では,インターネットを使いビジネスの変革をリードする“ネット戦略マネジャー”に,プロジェクトを推進する際のノウハウを取材した。印象に残ったのは,プロジェクトを阻む“抵抗勢力”の説得に頭を悩ませたという経験を,多くの取材先が打ち明けてくれたことだった。

 冒頭の富士通ゼネラルの堀部長は,刺されはしなかったかったものの,ある役員にひとけのない階段で,「おまえ,何をしでかすつもりだ」と詰め寄られたそうである。インターネットやIT(情報技術)を活用し,企業改革を推進する読者の中にも,多かれ少なかれこうした体験をしたことがある方はいるだろう。

 今や多くの企業が,インターネットやITを活用した改革を経営戦略の柱として位置づけている。インターネットをビジネスにいかに活用するかという“ネット戦略”の立案・実行が,今後の企業の競争力を大きく左右すると認識しているからだ。

 しかし,業務の効率化や新規事業の立ち上げといったネット戦略には,抵抗は付き物である。業務の効率化は,今までの仕事のやり方に変革を迫り,場合によっては人減らしなどのリストラにもつながる。一方,新規事業は,既存事業とのカニバリゼーション(共食い)を起こすかもしれない。そのため,現場は既存の業務を変えたがらないだろうし,部長や担当役員は自らが統括する部門の利益を守ろうとする。

 こうした状況の中,ネット戦略を現場で指揮するネット戦略マネジャーにとって,最も必要なスキルとは何だろうか?システムを理解する力やネット戦略を立案する企画力は当然必要である。しかし,いくら素晴らしいネット戦略を立案し,システムを構築できたとしても,それを具体的に社内に浸透させる「交渉術」がなければ,すべてが無駄になってしまう。抵抗勢力に負けずに,関係者すべてを説得してミッションを迅速に達成する交渉術こそが,今,求められている。

抵抗の“芽”は事前に摘もう

 抵抗勢力は大きく2つのタイプに分類できる。そのタイプとは,「部門の利益に縛られた部長や役員」と「仕事のやり方を変えたくない現場の担当者」である。抵抗勢力を説得するための交渉術としては,まず相手を見極め,それぞれの特徴に応じたアプローチを採るのが得策だ。

 管理職として経営サイドに立たされている部長や担当役員は,経営戦略として決定したネット戦略のビジョンについては合意しているはずだ。しかし,戦略が具体的に戦術レベルになり,人員削減など自らの部門の利益と相反することが明らかになると,ネット戦略の実行計画を素直に受け入れられず,抵抗勢力へと変貌する可能性がある。

 しかも,彼らが企業の“本流”のビジネスを統括している場合には,慎重にアプローチする必要がある。なぜなら,本流を統括する部長や役員は社内のキーパーソンでもあり,下手をすれば強力な抵抗勢力にもなりかねない。そこで,こうした勢力に対しては,たとえ面倒でも事前の説得に注力し,抵抗の“芽”を摘んでおくことがポイントとなる。

 例えば,大京の鈴木徳之ネット戦略室長は,「抵抗勢力の多くは,事前に知らされなかったことに腹を立てる。知らせておけば,協力はしなくても邪魔はされない」と言う。部長や役員はネット戦略の大枠には合意しているため,明快なロジックに裏打ちされたプランであれば,それを大幅に変更するような要望は出しづらい。

 そこで鈴木氏は,ネット戦略を実行に移す前に,影響を与えそうなすべての部長や役員に企画書を配り,意見を求める。そして,その意見を反映した企画書を配り直し,その時点で承認を得てしまうように心がけている。

 一方,現場の担当者への説得は,もっと“ウェット”にメリットを強調しなければならない。現場にとっては経営上のお題目よりも,改革を実行することで自分の仕事が楽になったり,売り上げが伸びて自分の成績になるといった,目先のメリットを優先する傾向がある。そのため,現場の担当者にとってメリットが実感できない場合は,新たなシステムを導入したところで利用してくれない。

 こうした状況を避けるためには,現場の要望を聞き入れ,無駄も承知でシステムに反映することも必要だ。経営やシステム開発の観点から言えば,部門ごとに細かい要望を聞き入れるよりも,業務プロセスをシステムに合わせて変更してもらった方が効率的だ。しかし,効率を前面に出して現場の反発を招けば,ネット戦略はとん挫してしまう。

 現場の協力を取り付けるには,古典的な“飲みニュケーション”で交渉に当たることも必要だろう。鋼材のネット取引を実施する阪和興業では,現場の担当者から役員まで集め1泊2日の合宿を開き,現場の要望を一つひとつ聞き入れシステムに反映した。EC推進チームの川口敏弘チームリーダーは,「結果的に無駄になった機能もある。しかし,深夜まで飲みながらねばり強く要望を聞き,それと引き替えに協力を取り付けていったことが,ネット取引の現場への浸透につながった」と,その効果を語る。

あなたの抵抗勢力との交渉術を教えてください

 一見すると,こうした交渉術はごく当たり前のことのように思える。しかし,与えられたミッションの達成を急ぐあまり,トップダウンで強引にプロジェクトを進めたり,システム偏重で現場の要望に耳を傾けることを怠てはいないだろうか。地道な交渉をおろそかにすると,至る所で抵抗勢力を誕生させてしまいかねない。

 ここで紹介したのは,取材先が教えてくれた交渉術の一部に過ぎない。「企画の内容を一言,3秒で言う」「雑誌などからピックアップした印象的なキーワードをプレゼンで使う」といった基本的な技も含めると,取材したネット戦略マネジャーが日々心がけている交渉術は数多くあった。

 ITを使った改革の一翼を担っている読者の皆様も,あの手この手で周囲を説得し,困難なミッションを遂行しているに違いない。そこで,是非皆様から,ご自身の交渉術を教えていただきたい。抵抗勢力をいかに説得したか。また,どのようなときに抵抗に遭ったか。コメントをお寄せいただき,投稿欄を通じて交渉術のノウハウを共有できたら幸いである。もちろん,訳あって抵抗勢力の側に回った方のご意見もお待ちしている。

 コメントで書ききれないこと,書きにくいことなどは,IT Pro編集部あてにメール(iteditor@nikkeibp.co.jp)をお送りいただければ,と思う。「取材に来ないか」というお誘いも大歓迎である。

(大竹 剛=日経ネットビジネス)