総務省が毎月,「放送政策研究会」という会合を開いているのをご存知だろうか。デジタル時代の放送事業のあり方を検討するために立ち上げた,情報通信政策局長の私的研究会である。この研究会で2002年10月2日に,デジタルBS放送の「マスメディア集中排除原則」を緩和するための議論が始まった。2002年中に,具体的な緩和策をまとめる模様だ。

 マスメディア集中排除原則とは,放送局の複数支配を禁じる制度である。デジタルBS放送に関しては,放送法施行規則の中で規定されている。具体的には,(1)デジタルBS放送事業者に1社が出資できるのは33%まで,(2)地上波放送事業者はデジタルBS放送を兼業できない──といった規制である。

 現在,デジタルBS放送事業者や民放キー局などが,「これらの規制を緩和してほしい」と求めている。こうした要請を受けて総務省の研究会が,集中排除原則の緩和を検討し始めたというわけだ。

 それでは,デジタルBS放送の集中排除原則を,なぜ緩和する必要があるのだろうか。

民放キー局が必要な額を出資できない

 2000年12月1日に鳴り物入りで始まったデジタルBS放送は,開始当初から視聴者の獲得に苦戦している。NHKの調査によると2002年9月末の普及世帯数は,8月末より8万件増えて322万件となった。内訳は受信機による視聴世帯が157万件,ケーブル・テレビ(CATV)経由の視聴世帯が165万件である。

 普及ペースは2001年に比べて良くなっているが,デジタルBS放送事業者が黒字を確保できる水準には遠く及ばない。特に,無料放送を行っている民放キー局系5社の経営状況は深刻だ。2001年度(2002年3月期)決算をみると,5社の合計で売上高が215億円に対して,当期損失は317億円,累積損失は471億円に達している。

 開局してからずっと単年度赤字を出し続け,多額の累積損失を抱えるデジタルBS放送事業者は近い将来,事業を継続するために100億円規模の増資が必要になるとされる。現在の経済状況では,民放キー局以外の既存株主が増資に応じるのは難しい。増資を引き受けてくれる新たな株主を見つけるのも極めて困難だ。そうなると,民放キー局が中心になって負担するしかない。

 しかし,その際に「1社が33%までしか出資できない」という現行の集中排除原則が緩和されないと,民放キー局は必要な額を出資できなくなる恐れがある。これが,デジタルBS放送事業者や民放キー局が規制緩和を求める最大の理由だ。

 これに対して総務省の研究会では,委員から疑問の声が上がっている。「事業資金のショートを回避するという短期的な理由から緩和を求めているのか,それとも緩和しないと経営が良くならないという構造的な問題なのか」,「経営上の理由だけで規制を緩和してもよいのか。緩和すると,視聴者にどのようなメリットがあるのか」──といったものだ。集中排除原則の緩和を求めるデジタルBS放送事業者や民放キー局は,こうした委員の疑問に明確に答える必要がある。

 例えば,「33%まで」というデジタルBS放送事業者への出資規制を「50%まで」に緩和すれば,現在の急場はしのげるかもしれない。しかし,安定して黒字を確保できなければ,いずれ同じことの繰り返しになる恐れがある。

思い切って規制を撤廃してはどうか

 それならば思い切って規制を撤廃し,民放キー局がデジタルBS放送事業者を合併することを認めてはどうか。NHKと同じ事業形態を可能にするのである。これならばデジタルBS放送事業者の赤字は,民放キー局の利益で吸収できる。民放キー局の1部門になれば,現状よりも番組内容が良くなる可能性も高まる。

 そのうえで民放キー局は,デジタルBS放送の新たな収入源を開拓するため,一部の番組を有料化するほか,ペイ・パー・ビュー(PPV)などの新サービスを導入してはどうか。デジタルBS放送を再生するには,「民放キー局が出資する別会社が,地上波放送と同じ総合編成の無料放送を行う」という現在の事業構造を,抜本的に見直す必要がありそうだ。

(高田 隆=日経ニューメディア編集長)