10月初旬,東京でLinuxの企業利用を促進するためのセミナーが開かれた。1日100万にものぼるトランザクション処理の20%を,既にLinuxサーバーに置き換えたという売上高220億ドルの米Morgan Stanley ,IT(情報技術)部門のディレクタは「Linuxは,米企業IT部門で今もっともホットな話題だ」と話した。同ディレクタによれば,売上高の10%をIT投資に振り向けている米ウォール街の金融機関にとって,ITコスト削減は大きな関心事であり,Linuxはその欲求を満たすものだという。

 同社の場合,年間IT予算の19%がシステム構築向け。その半分がサーバー投資だから,この部分のコスト削減はバカにならない。Linuxサーバーの価格性能比について同ディレクタは「ストレージを外して比較すれば,UNIXサーバーの10~30倍が実証された」とした。同社のサーバーは,Windowsが1700台,UNIXが3000台,Linuxが700台だが,三層の中間部分にあたるアプリケーション・サーバーをUNIXからLinuxやWindowsなどの低コスト・サーバーに急ピッチで移行する方針だ。

サーバー用途として着実に浸透

 Linuxがパソコン上でWindowsを駆逐すると思っている人はほとんどいない。しかし,このMorgan Stanleyの例を見るまでもなく,米国では,サーバー用途でLinuxは着実に浸透している。BoeingやLockheed Martin,Amazon.com,E*TRADE,そしてほとんどのウォール街の金融機関では,その巨大なデータ・センターのサーバーの多くが,既にLinuxに置き換えらているか,あるいは現在その作業が行われている。あの自動車メーカーのGMは,1年以内に置き換え作業を終えると言う。

 Linux普及には,政治的な面でも追い風が吹き始めた。中国政府やドイツ政府などを含め,米マイクロソフトの調べでは,25カ国の政府がインフラをLinuxに移行するプロジェクトを66件も走らせている。2001年11月に「それでコストが減るのならオープン・ソースを利用すべき」という法案を可決したドイツ政府は2002年6月,政府や自治体がLinuxを利用する遠大な計画を発表。内務大臣は「Linuxは顧客の独立性を増大させ地位を改善する」とまでコメントしている。

 米GartnerのDataquestの調べによれば,直近の2002年第2四半期(4~6月)の世界のLinuxベースのサーバー出荷金額は前年同期比30%増加,出荷台数は50%も増え,サーバー出荷台数の14%を占めた。米IDCの調べでは2002年第2四半期に世界のサーバー総出荷金額は15%減少している。IDCは2006年にLinuxとWindowsがUNIXを凌駕すると見ており,サーバー出荷金額の56%をWindowsが占めるが,2001年に5%だったLinuxが26%,UNIXは12%と予測する。

 また,米IBMによれば,Linux関連のシステム統合とサポート・サービス契約は,わずか15カ月前には95件だったが現在は800件近くあり,2002年のLinux関連事業の売り上げは20億ドルを超える見通しという。Linuxで走るアプリケーション・パッケージも増加し,昨年末の2800本が今年5月末に3800本を超えた。そして米Dell Computerと米Hewlett-Packardは,Linuxがプリインストールされたサーバーの売り上げが2001年は全体の10%以下だったが,2002年は15~18%になるとした。

一気にLinuxに向けて舵を切ったIBM

 Linuxが勢力を拡大したのは,IBMが採用するようになったからだと見る向きは多い。

 IBMが同社の全サーバーでLinuxサポートを発表したのは2000年10月だ。今のCEO(最高経営責任者)であるサミュエル・パルミザーノ氏がサーバー部門長の時に決断。同氏は,顧客にサービスを売る新しい可能性と同時に,これまで顧客から寄せられた最大の苦情である「OSの違うIBMサーバー同士の非互換性」に対処する方法を発見した。それがLinuxである。今後半年以内に米Red HatやUnitedLinuxの協力を得て,IBMのOSなしで全サーバーがLinuxのみで動くようにする計画だ。

 ここぞと決めたときのIBMの動きは速い。2001年には,新規Linuxプロジェクトや既存ソフト改造に10億ドル,サポート強化に3億ドル,広告予算も3分の1をLinuxがIBMの主力製品だと広く顧客に認識させるために一挙に投じた。

 このIBMの行動が,企業顧客のLinuxへの信頼度を高めたのは間違いない。IBMは最近,Linuxディストリビュータとの間で再販契約を交わし,IBMがライセンスからサポートまでワンストップでLinuxソリューションを提供開始。「誰が?」というLinuxに付いて回った責任の所在の明確化を図った。「Linuxの黄金時代は間近だ」。これがIBMのメッセージである。

「Linuxに転換する作業は気の弱い人には向かない」

 とは言うものの「Linuxに転換する作業は気の弱い人には向かない」というのも依然として正しいようだ。Linux導入のために新しいハードとソフトを大量に購入し,バグ取りをし,バージョンの多さや機種によって想定される非互換性に対処しなければならない。「金ならある。技術的なリスクは負いたくないのでベンダーにお任せ」というユーザーなら,Linuxを導入する意味はなかろう。

 さて,日本でも,(企業システムにおいて)Linuxの黄金時代は来るのだろうか。それを占う鍵は,ユーザー企業が,どれだけ主体的に,自己責任原則で自社のシステムの革新を考えられるか,だろう。

 もちろん,そうして考えた結果,「すべてのユーザー企業にとってLinuxは最適のサーバーOSだ」,などというつもりは毛頭ない。「米国では企業システムに急速にLinuxが浸透している。だから日本も・・・」というつもりもない。Linux導入によるコスト削減効果が得られるかどうか,あるいはオープン・ソースなどの技術的な特徴を生かせるかどうか,は,その企業の情報システムへのニーズや置かれた環境(既存システムの形態や技術者のスキルなど)に依存する。最適解は,あくまでも個々のユーザー企業によって異なるものだ。

 ただ,日本のユーザーがベンダー任せではなく,より主体的に自社のシステムの革新を考えるようになるならば,Linuxの導入を本気で考えるユーザーがさらに増え,その中でかなりのユーザーは実際にLinuxを導入するだろう。日本の企業システム分野でのLinuxの黄金時代とは,そんな時代のことではないだろうか。結果としてシェアが何%になるか,はたいした問題ではない。

 外資系のITコンサルタントによれば,日本の顧客は口ではコスト削減を叫びながらも革新や変化に手を出さないし,そもそも新しいものに挑戦する意欲や気概が少ないという。「メーカーに従来製品の値下げを迫るのがせいぜいだ」と言われるようでは寂しすぎる。

 Linuxが最適解か否かは各企業によって異なる。不備な点もあるだろうが,一度はLinuxを検討してはいかがなものか。少なくとも,なにもしてくれない政府よりは,Linuxの方がずっと信頼性がある。

(北川 賢一=日経システムプロバイダ主席編集委員)