記者の眼は,記者が交代で書くコラムである。コラムであるから,大上段に振りかぶった意見記事ばかり書く必要はない。記者の身辺雑記を書いてもよいのである。しかし,筆者は本欄に執筆しようすると,つい気合いが入ってしまう。

 以前,読者の方から,「肩に力が入りすぎ」と評されたことがあったが,これは誉め言葉として受け取った。こうした読者の反応が楽しみなので,どうしても力が入る。記事を公開した直後から,いろいろな意見が書き込まれる。読むだけで勉強になる。返事も書ける。インターネットは偉大だと思う瞬間である。

 ただし,いくら気合いが入っているからといっても,今回の表題は極端に過ぎる,と受け取る読者が多いかもしれない。「国際化の時代に何を言っているのか」とか,「現場を知らない記者にあれこれ偉そうに言われたくない」と思われる方もあろう。しかし,筆者は大まじめにこう考えている。この表題を揶揄(やゆ)したくなる方や,仕事が忙しく日本の行く末にまで気が回らない方は,ここから先は読まなくて結構である。

 それにしてもいつも直球ばかり投げていて芸がない。そこで最初は,独立宣言かなにかを模した文章にしようと思って少し書いてみた。しかし,凝った文を書く能力はないようなのでやめ,いつもの調子で書くことにする。

「システムズ・エンジニア」は偉大である

 本サイトの名称は,IT Proである。筆者が6月末まで在籍した,日経コンピュータ編集部は,ITプロフェッショナルという言葉を使っている。さらに,日経ITプロフェッショナルという雑誌を弊社は出版している。だが筆者は,ITプロフェッショナルと聞くと,マイクロソフトやオラクル製品の認定資格を持つ,技術の専門家をなぜか思い浮かべてしまう。これは筆者だけかもしれないが。ちなみに,IT Proの井上 望編集長に聞いてみたところ,「IT Proではより広く,ITにかかわる専門家の総称としてITプロフェッショナルという言葉をとらえている」そうである。

 筆者は,「システムズ・エンジニア」という言葉のほうがずっと好きである。システム全体と格闘する技術者のほうが,情報技術のプロより,はるかに大きい存在のような気がする。ただし,エスイーというとちょっと寂しい。やはりシステムズ・エンジニアである。そういえば,この職種を初めて作ったIBMは現在,システムズ・エンジニアという名称を用いていない。つまりIBMには今,システムズ・エンジニアは一人もいない。誠に残念なことである。

 2年ほど前に書いたことだが,筆者が尊敬している,大ベテランのシステムズ・エンジニアは,「一つひとつは動かない部品を組み合わせて飛行機を飛ばすのがシステムズ・エンジニアの仕事」と述べていた。だからシステムズと複数形なのだという。この方は,「各部品の基本を知っている必要がある。その意味でシステムズ・エンジニアはスペシャリストではなく,ゼネラリストであるべき」と主張していた。

 次も以前に書いたことである。日経コンピュータのWebサイトで連載をしている米田英一氏は,システムズ・エンジニアリングを「定量的な科学的分析と大人の妥協とのバランス」と定義した。データ・モデリングなど各種の手法を使って,顧客の業務を分析していくところは科学的である。しかし,システムを使うのは人間であり,すべてが理屈通りにはいかないから,最後は大人の妥協が必要になるというわけだ。

システムズ・エンジニアリングを国家問題に適用する

 本題に入る。なぜシステムズ・エンジニアが日本を救うのか。優秀なシステムズ・エンジニアが持っている力とシステム・エンジアリング手法が,情報システムはもちろん,さらにもっと大きな国家システムの改革に使えるはずだからである。

 多くの利害関係者の意見を聞いて問題点を整理し,解決するための新しいシステムのグランド・デザインをまとめあげる力。全体構想を具現化するシステムを設計する力。そのシステムを使うための新しい業務プロセスを設計する力。複雑なシステム開発をやり抜けるプロジェクトマネジメント力も重要である。そのために,各種の問題分析手法,モデリング手法,プロジェクトマネジメント手法が駆使される。

 日本には,金融システムの問題,医療システムの問題など,ややこしい問題がたくさんある。多くの専門家が取り組んでいるにもかかわらず,なかなか解決には至らない。筆者は諸問題については門外漢だが,どうも問題点の構造化というか,整理がなされていないような気がしてならない。

 全体の構造を見渡した上で,「急所のここを直そう」というやり方ではなく,対処療法というか,妥協の産物というか,パッチワークの改革案が多い。しかも,改革案を作るときに,だれも情報システムのことを考慮していないから,改革案の矛盾や無理が,情報システム構築の段階に来て表面化する。

 実際,おかしなことがたくさん起きている。例えば,ペイオフ(預金の払戻保証額を元本1000万円とその利子までとする措置)解禁を巡って,飛び出した決済用新預金の構想である。わざわざ新預金を作ると,情報システムにどのくらい影響があるかという議論がすっぽり抜け落ちていた。

 医療を例にとると,電子カルテ・システムがよく話題になる。病院への導入を促進させる施策もある。しかし,情報システムのカギとなるデータ項目の標準化がなされていない。医療の場合は,病名コードである。この標準がまだないため,各病院が勝手に記録しているだけだ。システムといえる代物ではなく,ただの記録装置である。

 どちらも施策の構想段階から,システムズ・エンジニアあるいはその素養がある人が参画していれば,こうした施策が表に出る前になんとかできたのではないだろうか。あらゆる構造改革の議論の場に,システムズ・エンジニアを参画させるべきである。だが,どうやったらそういうことが実現できるのか,筆者は今のところ策を思いつかない。

 残念ながら,現状ではシステムズ・エンジニアの出番は,お偉いさんが政治的に仕様を決めた後からである。どんなに優秀なシステムズ・エンジニアでも,もともとの仕様が歪んでいては,真っ当なシステムを作ることはできない。

 ペイオフにまつわる新預金問題では,銀行の情報システム部門が「開発は無理」と反対意見を述べた。ともすれば,「頑迷なシステム部門がまたできないと言っている」と見なされがちだが,実態は違う。馬鹿な施策が進展するのを,システム部門のエンジニアたちが水際で阻止しているのである。

 無論,システムズ・エンジニアは職業であり,稼がなければならない。とはいえ,「こんなアホなシステムをなんで作るのかなあ」と思っていてはいい仕事はできまい。やはり,上流段階の会議に乗り込み,システムズ・エンジニアが議論を仕切る必要がある。

筆者を「意見の増幅器」として使ってほしい

 今回は金融と医療の二つの例を上げた。こうした馬鹿なことはたくさんあるので,それぞれ個別に追求していきたい。やむをえず,無意味な開発プロジェクトにかかわっているシステムズ・エンジニアの方は,筆者が攻撃に行くまで,なんとかプロジェクトの暴走を阻止していただきたい。

 10月から,「記者の眼」欄に定期的に書くことになった。隔週木曜日を当番日にしたので,次回は10月17日に登場する予定である。読者の方々には,質問反論異論など積極的なコメントをお願いしたい(コメント書き込みは,記事末の「Feed Back!」欄からどうぞ)。これまで通り,コメントにはできる限り回答する所存である。また,コメントでは書きにくいこと,書ききれないことや,取材にこい,といったご案内は,IT Pro編集部あてにメールをお送りいただきたい。
(IT Pro編集部のメール・アドレスはiteditor@nikkeibp.co.jpです)

 筆者のいささか乱暴な問題提起に,システムズ・エンジニアの読者の方々が実のある意見を寄せていただければ,それをうまく集約して再発信できる。つまり筆者を「意見の増幅器」として使ってほしい。以前,「情報システムの現場にいた経験はない」と書いたところ,いろいろ言われたが,筆者は大学生まではエンジニア志望だったのである。

 唐突だが最後に,エンジニアリングの定義を紹介する。日本技術者教育認定機構によると,「数理科学,自然科学および人工科学の知識を駆使し,社会や環境に対する影響を予見しながら資源と自然力を経済的に活用し,人類の利益と安全に貢献するハード・ソフトの人工物やシステムを研究・開発・製造・運用・維持する専門職業」となっている。

(谷島 宣之=コンピュータ第一局編集委員)

追伸:前回の「投票をお願いします!「保守/運用」の代替名」では,多くの方に投票をいただき,ありがとうございました。結果をこちらのページでご報告しています。