プログラマ,SE,プロジェクト・マネージャなどのITエンジニアにとって,欠かせない基本スキルの一つが会計知識。これを身につけるにはどうしたらよいか──。日経ITプロフェッショナル10月号で会計知識の特集を担当することになり,20人近い会計コンサルタントや会計システム担当のITエンジニアにこの問いをぶつけて回った。「どうも会計は苦手だし好きになれない」というITエンジニアでも,それを払拭できるような効果的な勉強法がきっとあるはず。すでに会計をマスターした先輩諸氏に,それを求めたのである。

 ところが判を押したように,ありきたりな答えばかりが返ってきた。それは,「まずは日商簿記検定の3級,できれば2級を取得すること」というものだ。この答えを聞くたびに「そんな大ざっぱなアドバイスではあまり役に立たないと思うのだが」と問い返したが,それ以上の答えを得るのは難しかった。

 簿記の資格取得を目指すことが間違っているというつもりはない。ITエンジニアが身につけるべき会計知識において最も基本となるのは,会計の帳簿に情報を記入したりそれを整理するルールである。それが「(複式)簿記」だ。簿記検定は,簿記の仕組みを中心に,幅広い経理業務の実務的知識を問う。だからその資格を取得できれば,ITエンジニアとして要求される会計知識の基本部分を身につけたことになる。

 しかし簿記の資格を習得するのは簡単ではない。このアドバイスは「英語を身につけたいなら,英検に受かれ」と言うようなものだ。取材しながら,「それができれば苦労はしない。会計士や,会計システムを担当するITエンジニアから見れば,簿記なんて簡単に思えるのだろう」と感じずにはいられなかった。

「一気に勉強が進むようになったきっかけ」を取材で探る

 「これでは特集が書けない」と思案していたとき,会計が苦手なITエンジニアの気持ちが分かる公認会計士に出会った。その会計コンサルタントは,学生時代に公認会計士を目指して勉強を始めたときに,最初に取り組んだ簿記の理解に苦しんだという。とにかく最初は簿記のルールを丸暗記して,コツコツと演習問題に取り組まざるを得なかったらしい。

 ところがあるとき,簿記の仕組みがなぜそうなっているのかという理屈が,急にパアッと見通せるようになったという。その会計コンサルタントいわく,「簿記は合理性を極めた仕組み。美しささえ感じる」。そのあとは,一気に会計の勉強が進んだという。

 どうやったら,その境地にたどり着けるのか。丸暗記したり,コツコツと簿記の演習問題をこなさずとも,簿記の神髄を知る方法はないのか──。この問題意識を持ってさらに取材を続けたところ,別の公認会計士からそのヒントを得た。それが,「ストック」と「フロー」という2つの視点から簿記の仕組みを説き起こすことである。

 簡単に言えば,ストックとは「製造設備」や「預貯金」,「銀行からの借入金」といったある時点における財産や負債の状態,フローとは「売り上げ」や「利益」のようなある期間における変化を表す。「貸借対照表」や「損益計算書」という言葉を聞いたことがおありだろう。実は前者がストック,後者はフローに該当する情報だ。

 会計の根本の目的は,お金という物差しで経営の状況を客観的に測ることだが,その際に必然的にこのストックとフローという2つの視点が必要になる。考えてみればすぐ分かるが,売り上げや利益(フローの情報)を見ても,それを生み出すためにどれだけの資金を投入しているのか,借入金がどれだけあるのか,といったストックの情報まで把握しなければ経営状況はチェックできない。そして,ストックとフローの視点で会計情報を効率的に整理する仕組みこそが,簿記というわけだ。

「ストック」と「フロー」を起点に考えると頭がスッキリする

 この考え方を「会計アレルギーの処方箋(せん)」と言ったら大げさかもしれない。しかし筆者自身,特集を書くにあたって,ストックとフローを起点にして簿記の仕組みを勉強し直したところ,それまでもやもやとしていた頭がスッキリした。

 ストックとフローの考えを前提にすれば,すべてが合理的に理解できるからである。それまで一つずつ丸暗記しなければならなかった点の知識が,線で有機的につながった感覚だ。そして簿記の仕組みを感覚として理解すると,不思議にも決算報告書の読み方や会計システムの仕組みといった応用的な会計知識も,以前より簡単に感じられるようになった。

 これから会計知識を身につけたいと考えている人や,以前に勉強したがスッキリ理解できていないという人は,ぜひストックとフローという視点を起点に簿記の仕組みを学んでほしい。

 その際にもう一つ意識すべきは,会計知識は単にITエンジニアの仕事に役立つにとどまらないということだ。会計知識を身につければ,自分の会社やライバル会社の経営実態はどうなのか,ストック・オプションはどんな仕組みで欠点は何か,税制改革は銀行の不良債権処理と関係があるのかといった経済や企業の動向を,読み取りやすくなる。つまり個人的にも,面白い知識なのである。

 実際に,取材した20代のあるITエンジニアは最近,株式投資を始めたという。自社の会計システムを担当した際に会計知識を学び,企業や経済の動きが分かるようになったことがきっかけだ。そして今では,経営者として独立する目標を周囲に公言するまでになった。

 その意味で会計は,ビジネス・パーソンであるITエンジニアが最も優先して学ぶべき知識の一つと言える。「会計嫌い」は早く治しておかないと,はっきり言って損である。