中小企業は,大企業や中堅企業と違ってITに詳しい人材がいないし,お金もないから,いざIT化を実践するとなると極めて難しい――。実は私自身,特集「ケータイeチラシの作り方・送り方」(日経IT21の11月号に掲載)を取材するまで,こんな疑問を持っていた。実際,小売店や飲食店など中小企業の中には,パソコンを置く場所さえないケースもある。IT化といってもピンとこない店主も多いはずである。

 そんな考えが一変したのは,滋賀県草津市にある理容店の事例を聞いたからだ。その理容店は完全予約制だが,どうしても生じる予約の空き時間を埋めるため,携帯電話のメールを使ってお客に空き時間を知らせ,割引クーポンも付加することで,うまく空き時間を埋めることに成功したという。

こんな簡単なことで集客できるのか!

 こうした携帯電話のメールを特集では「eチラシ」と呼んでいる。「迷惑メール」にならないように,事前に了承を取ったお客だけに送信しているのが特徴だ。高級クラブのホステスさんは夕方になると携帯電話でなじみのお客に電話するというが,eチラシはこれがメールになったようなもの,と考えると理解しやすいかもしれない。

 しかも最近は,携帯電話だけで操作できるeチラシの送信サービスもあり,月額数千円で済む場合もある。理容店は1人でも来店すれば4000円程度の売り上げになるから,費用は簡単に回収できるはずだ。実際,その理容店が300人ほどの会員にメールを送れば,必ず数人は来店するという。

 「何だ,こんな簡単なことでいいのか!」。それが第一印象だった。「中小企業なんだから,そんなに大勢は最初から相手にしていない。わずか数人が来店するだけでいいよ」。今回の取材で聞いた理容店のマスターの一言こそ,中小企業をIT化する際の大きなポイントだと思った。

IT活用の教科書とは違う

 IT活用の「教科書」では,メールを送るときに大量の顧客の動向を緻密に分析するなど,いかに相手を絞り込むかが重要だった。もしくは大勢にメールを送り,低いヒット率を絶対数でカバーした。しかし,データ・ウエアハウス[用語解説] や顧客管理システム,さらにはCRM[用語解説] などなど,いずれも大規模なシステム化が前提になり,中小企業には荷が重い。

 それに対してeチラシは,分析しない,大量に送らない,コストをかけない,といった「ないない」つくしのIT化である。しかも活用しているITツールは携帯電話だけ。それも店主個人の持ち物だったりする。

 理容店のマスターと同じような言葉を別の中小企業の社長からも聞いたことがあった。BtoB(企業間)の受注を狙ってホームページを開設している会社だが,ホームページが縁となって既に数件の相手と継続的な取引関係に至っているという。「わずか数件でも新規受注が取れれば大きな成果ですよ。何もしなければゼロ。ウチは数件も新規があればやっていけるから」

 この会社の場合,利用しているITは単なるホームページだけである。大量のデータ処理は不要だから,基幹業務システムと結び付いているわけではない。大量のメールを処理する機能もない。

社員が少ない会社に業務削減は向かない

 中小企業をIT化する場合,業務処理の手間を削減するための大企業のIT化とは180度,考え方が違う。社員数はもともと少ないのだから,むしろ売り上げを伸ばすIT化が求められる。それも数件の受注でもかまわないのなら,システムのコストも安くて済むだろう。費用対効果を考慮すると,中小企業のIT化は決して難しくないはずである。

 重要な点はどんな販促を行うかで,eチラシやホームページでは中身が大きく影響する。例えば,既にeチラシを利用している飲食店や小売店などは,メールでキーワードを送っておき,店頭でキーワードを答えた相手だけに割引サービスを実施している。毎朝の市場の仕入れに応じて夜の特別メニューを夕方のメールで告知したり,ワールドカップで日本が予選突破したその瞬間にメールで「おめでとうクーポン」を送信した会社もある。「あなただけの特典」を用意して相手の心をくすぐるなど,様々なキャンペーンに知恵を絞って集客に生かしている。知恵を出すのはタダだから,中小企業も大企業も関係ない。

 いかにお客を来店させるか,たとえ商売の規模や種類は違っても狙いはいずこも同じ。それに対し,どんなITツールをどう活用するかがITベンダーの知恵の見せ所だ。発想を変えればまだまだ目を向けるべきIT化の方向はあるはず。中小企業にとってeチラシはそのための一つの回答だと思っている。

(大山 繁樹=日経IT21副編集長)