ソニーは9月14,15日(一般公開),自社初の大規模な展示会「Sony Dream World 2002」(パシフィコ横浜)で,AV機器やパソコンがネットワークを介することで,どのような新しい世界を演出することができるのかを,将来像を含めて一般ユーザーの前に具体的に提示してくれた。

 一般ユーザー向けのパソコンとネットワークを常にウオッチしてきた私は,やはりテレビを通じてパソコンに録画蓄積したテレビ番組などを視聴させる「ルームリンク」(MPEG-2デコーダ内蔵ネットワーク・アダプタ「PCNA-MR1」)に目を引かれた。オープン価格だが,市場予想価格は約2万5000円程度。これもそそられる。

 テレビ(これはごく普通のテレビでよい)にルームリンクを接続し,リモコンを操作するとネットワーク内のどこかに置かれたVAIOに蓄えた録画一覧がテレビに表示される。あとは見たい番組を選択すれば,テレビに映像が映し出されるという仕組みだ。
 
ホームAVサーバーは身近になるのか?

 「サーバーに置いた映像をネットワーク越しに鑑賞する」というアイデアはすでにこれまでいくつも出てきている。しかし,テレビ番組を鑑賞するユーザーにパソコンを感じさせないという「ルームリンク」のアプローチは新鮮だ。同じような形で楽しめる仕掛けとして米SONICblue社のReplay TVなどもあるが,「ルームリンク」はサーバー側にパソコンを位置付けているのが,将来の発展性や自由度が高くていい。

 ところが,残念なのは,この仕組みの中でサーバーになれるのはVAIOだけだという点である。せっかくテレビ・チューナ付きのパソコンを持っていても,VAIO以外のパソコンに映像を蓄えてもルームリンクは使えない。

 8月以前に購入したVAIOの場合,ルームリンクのサーバーになるためのソフト「VAIO Media」が装備されていないが,そこは抜かりない。ルームリンクを購入すると付属のVAIO Mediaがインストールできる。

 無理やりこのVAIO MediaをVAIO以外のWindows XP搭載機にインストールすることも可能かもしれないが,正常に動かすのは至難の業となるだろう。とにかくうちの中あらゆるところにVAIOが転がっている家庭でなければ,あきらめてくださいというソリューションだ。VAIO一色で家庭を埋め尽くしたいソニーとしては当然の戦略だが,悔しい思いを感じるPCユーザーも多かろう。

標準を狙う製品構想も続々

 標準のPCプラットフォームの上でこのように「AVデータはどこか任意の場所における」ソリューションがほしければ,米Intelが9月9日,家庭内デジタル・コンテンツ配信の取り組みを発表した「Extended Wireless PC Interactive」か米Appleが提唱しているRendezvous(ランデブー)の完成を待つことになる。
 
 Intelの「Extended Wireless PC Interactive」はテレビ画面を利用してネットワーク内に置いたビデオや音楽メディアをコントロールする「デジタル・メディア・アダプタ」の存在が大きい。ユーザーはこのアダプタにつないだテレビ画面でネットワーク上のAVコンテンツを操作する。Intelはデジタル・メディア・アダプタの参照デザインのサンプルを開発者に提供し,広く共通基盤作りを進める。
 
 Appleの進める「Rendezvous」はインターネット技術の標準化を推進しているIETF(Internet Engineering Task Force)が進めている「ZeroConf」と呼ばれるオープン技術と足並みをそろえたもので,Macintoshへのインプリメンテーションをオープン・ソースとして公開もしている。

 こちらはAV機器にアタッチするアダプタの構想はまだ見えないが,ネットワークの中に存在するさまざまなリソースを全く事前設定なしに相互利用するという考えのもので,家庭内に散在する各種デジタル・メディアを一般のユーザーにリラックスして楽しんでもらえる環境を目指している。

 両社の技術ともにオープンな思想の基に開発が進められているから,アイデアあふれる意欲的な技術者の手にかかれば,これまで想像もつかなかった,簡便で使いやすい仕組みが登場しそうだ。まさにここら辺りが開発者の腕の見せ所となるだろう。

夢のある仕組みに乗せられないデジタル・コンテンツ

 しかし,こうしてせっかく夢の膨らむ仕組みの提案が始まったのに,はっきりしている問題がいくつかある。これらの仕組みにDVD映像などは流せないということだ。
 
 テレビ番組の録画データやCDからリッピングした音楽データなら,ルームリンクや「Rendezvous」を通してシームレスに楽しめるが,DVDなどのコンテンツはネットワークを通じての再生を許していないから,この仕組みの中に取り込んでいくことができないのだ。せっかく「ホームAVサーバー」を立ち上げ,「ルームリンク」を用意したとしても,DVDプレイヤーだけは視聴したい部屋ごと,テレビごとに1台ずつ用意しなければならない。

 メーカーにとってはそれも歓迎されることかもしれないが,「ユビキタス・ネットワーク」時代にこの制限はいかにも時代遅れの仕掛けにしか思えない。
 
 BSデジタルのHD映像は現在のところ容量が大きくなり過ぎて,この種のシステムに組込まれていないが,いずれデバイスが進化して,取り扱い対象になる。しかし,これもライセンス上の問題でネットワーク経由での視聴は難しい。

家庭内ネットワーク配信を前提としたライセンス形態が必要

 CDにもデジタル・コピー不可の製品が徐々に増えつつあるが,こうしてネットワークをフルに生かしたホームAVサーバーの実像が見え始めた今,時代に逆行しているとしか言いようがない。すでにいろいろなライセンス方式が提唱されているが,たとえば1視聴10円といった個別課金ができるライセンス形態とシステムを用意し,ホームAVサーバーが有効に機能できる基盤を急いで作らなければ,せっかくの宝が持ち腐れとなってしまう。
 
 ダウンロードは無料,1視聴ごとに10円というライセンス形態が可能となったときの,皮算用はこうなる。100万人がダウンロードし,内容が面白かったとして同一宅内で10回視聴したとすれば,ユーザーは100円の支払い,コンテンツ提供側は1億円の売り上げだ。システムの初期費用は別として,パッケージ制作コストは低く押さえられ,配送料は限りなくゼロに近づけられる。

 毎日聴きたくなるような曲なら1年間に300回再生して3000円。これなら,楽しませてもらった対価としてはちょうど良くはないだろうか? 一方コンテンツ提供側は,300億円の売り上げ。ミリオン・ヒットとして悪くない売り上げだ。
 
 さて,こんな仕組みを誰が最初にグローバル・スタンダードとして世に問うことになるのか? IT技術者の腕の見せ所がここにもある。

(林 伸夫=編集委員室 主席編集委員)