パスネットカード,バス共通カード,イオカード,Suica,オレンジカード,Edy,テレホンカード,図書カード・・・。あなたの財布や定期入れにはいったい何枚のこうしたカードが入っているだろうか?

 これらはいずれも先にお金を支払って,あとから物やサービスを手に入れる「プリペイド・カード」だ。プリペイド・カードはレジや券売機,乗車口などでの支払いが便利になる半面,何枚ものカードを持ち歩かなくてはならない。現金であれば,なんでも買えるのに,プリペイド・カードはたいていサービスごとに異なっている。

リチャージできるプリペイド・カード→電子マネー?

 ところが,なんでも買えるプリペイド・カードが出てきた。ソニーファイナンスインターナショナルが発行し,ビットワレットが運営する「Edy(エディ)」である。コンビニエンス・ストアam/pmで7月19日から関西圏を除くほぼ全店の約1200店舗で使えるようになり,注目を集めだした。

 テレホンカードやパスネットカードなどほとんどのプリペイド・カードが磁気カードなのに対して,Edyは非接触型のICカードである。磁気カードはカード・リーダーに通すのに対して,Edyではカード・リーダーに触れるだけでOKだ。

 Edyを使って支払いをするには,例えばam/pmの店頭でEdyをPOS端末の所定の位置に置く。金額が表示されるので,確認ボタンを押したら,「シャリーン」と音がして支払いは完了。財布をとりだして,ジャラジャラ小銭を探して,なんとかお釣りが少なくなるように支払う,なんてことは必要なくなる。

 エーエム・ピーエム・ジャパンでは2001年3月からEdyの実験を一部店舗で進めていた。都市部に店舗の多いエーエム・ピーエム・ジャパンでは,特に出勤時間帯とお昼ご飯時に来客者が集中する。レジが混雑していると,他社の店舗にお客さんが流れてしまう可能性がある。そこで「レジ処理を短縮するために非接触型のICカードを導入した」(同社戦略企画部の藤本賢吾デピュティゼネラルマネージャー)。

 当初のカード・リーダーはポールの先端にセンサーが付いていて,Edyをかざして読みとらせるタイプ。しかし,実験運用の結果,カードを“置く”方式の方が運用しやすいことが分かって,現在の置く方式になったという。

 Edyでは残金が少なくなると,POS端末などで追加入金(リチャージ)ができる。これは磁気カードのプリペイド・カードにはできない芸当である。お金を入れて,足りなくなったら再入金して,また使えるというのは,一種の電子マネーだ。ただし,これまでの一部の電子マネーのように支払いのたびに暗証番号を入力する必要はない。

 Edyはam/pmで全店展開するより前にすでに約22万枚が出回っている。そのうちの半分の約11万枚がソニーの家電っぽいパソコン「VAIO W」に添付して配布したものである。VAIO WにはUSBケーブルで本体と接続するEdyのカード・リーダー/ライターが付いている。

 このほか,ソニーの社員証として3万枚,東京三菱銀行の社員証として2万枚のEdyが配布されているという。Edyの裏面は真っ白なので,そこに社員証を印刷しているわけだ。am/pmでは真っ白な裏面に貼るためのシール付きでEdyを販売している。シールのバリエーションがあるので,好みに応じて張り替えたりといったことができる。

474万枚が出回っているJR東日本のSuica

 このようにEdyはタッチして使う,リチャージできるICカードなのだが,これってJR東日本のICカード「Suica(スイカ)」と同じではないかと,お気づきの方もいるだろう。その通り。EdyはSuicaと同じ,ソニーが開発した非接触型ICカード技術「FeliCa(フェリカ)」を用いているのだ。

 Suicaの使い方は同じくJR東日本が発行する磁気式のプリペイド・カード「イオカード」とほぼ同じ。違いは改札機に通すのではなくて,改札機のリーダー部分にタッチする点と,定期券と一体になったタイプがある点,再入金できて繰り返し使える点だ。

 JR東日本では2001年11月18日にSuicaを導入した。Suicaは2002年5月27日には400万枚を突破,9月5日現在では474万枚が発行されている。「400万枚に達するには1年ほどかかると思っていた」(JR東日本設備部の椎橋明夫・Suicaシステム推進プロジェクト担当部長)というから,担当者の予想を上回るスピードでSuicaが普及したことになる。

 JR東日本は改札機の機械部分のメンテナンス・コストを削減するために非接触型ICカードを導入した。「裏が黒い乗車券やイオカードを通す改札機は400万回,読みとらせると部品交換が必要になる」(椎橋担当部長)。非接触型ICカードであれば,機械的に摩耗する部分はなくなり,改札機のメンテナンス費用を下げられる。

 ただし,実際には磁気式の乗車券/カードとの兼用タイプの改札機であるため,メンテナンス・フリーというわけにはいかない。一方,導入にあたってはセンター側のシステム構築費用も必要になるが,「差し引きトントンの計画を立てられ,導入に踏み切ることができた」(椎橋担当部長)。

 首都圏の郊外のベッドタウンの駅では,乗降客の50%以上がSuicaという駅もすでに出てきた。こうした駅ではたとえば1年で機械を交換しなければならなかったものが,2年間交換しないで済むようになるため,コスト削減につながる。椎橋担当部長は「予想以上にSuicaが普及しているため,差し引きトントンが黒字になりそうだ」と顔をほころばせる。

“首都圏を1枚のカードで”はまだ先

 ユーザーの中にはEdyとSuicaの両方を持つようになった人もいるだろう。ICカードは磁気カードよりも分厚いために,磁気カードを2枚持つよりかさばる。もともと,薄かった定期入れが膨らんできたのだ。

 どちらも同じ技術を使っていて,ICを搭載してインテリジェントになっているのだから,カードを何枚も持たずに済むように1本化してもらいたいものである。

 磁気カードも含めて考えると,首都圏のほとんどの私鉄はパスネットカードで乗れるようになったのだから,Suicaと1本化して,どの鉄道も乗れるカードになってもらいたい。財布や定期入れがこれ以上カードで膨らむのは,もうたくさんなのだ。

 鉄道については,東京・浜松町と羽田空港を結ぶ東京モノレールでもSuicaが使えるようになった。さらに東京・新木場と東京テレポート間を結ぶ東京臨海高速鉄道「りんかい線」でも12月1日から使えるようになる。りんかい線が大崎駅まで伸延して,JRと乗り入れ運転するのに合わせて導入するのだ。いずれもJR東日本が株主になっている鉄道だ。

 他の首都圏の私鉄については,「パスネットを導入したばかりですぐにということはないだろう。しかし,各社ともSuica導入に関心は持っている」(椎橋担当部長)。

Suicaも電子マネー?

 では,1枚のカードで物品購入も乗車もできるようにならないのだろうか? コーヒー・ショップをフランチャイズ展開するドトールコーヒーは「400万枚以上もあるなら,ドトールには駅構内の店舗もあるしSuicaの方が魅力的」(同社DCS東日本事業部管理課の堀達也・情報システムチーム課長)とSuicaに関心を見せる。

 それなら,Suicaでカフェ・ラテや週刊誌を買うことはできないのだろうか? 「Suicaのシステムを作り始めてから,このシステムは乗車以外にも,さまざまな面で使えると気が付いた」(JR東日本の椎橋担当部長)。しかし,Suicaを他の物品購入に使うためには2つ大きな課題があると言う。一つは「表示」の問題,もう一つは「供託金」の問題である。

 表示とは,カードに印刷している注意事項のことだ。Suicaには鉄道用の注意事項が書いてあるが,他のものを買うための注意事項は書かれていない。具体的には,利用できる店舗名,入金できる上限の金額,残高の確認方法などである。こうした項目は「前払い式証票の規制等に関する法律」で定められており,Edyなどにはちゃんと記載されている。前払い式証票とは,プリペイド・カードのことだ。

 もう一つの供託金は,未使用残高に応じて法務局に供託金を納めなくてはいけないという点である。前払い式証票の規制等に関する法律では,未使用残高が1000万円以上の場合,その50%以上を法務局に供託しなければならない。乗車券としてのSuicaはこの条項に当てはまらないが,物品購入に使おうとすると,供託金を納めなくてはならなくなるのだ。仮に平均未使用残高が1000円としても,474万枚あると23億7000万円の供託金が必要となる。

 「供託金は最悪何とかなる。だが表示だけはどうしようもない。カードに直接,記載しなくても,駅でこうした注意書きを記載した紙を誰でも手に入れられるようにしたり,透明なカード入れに記載して配ったりということで,電子マネーとして使えるようにしてもらいたい」と椎橋担当部長は法律面での対応を求めている。

 一方でSuicaはJR東日本が発行しているクレジット・カード「ビューカード」と一体化して,物品購入にも使えるようにする計画だ。しかし,あくまでクレジット・カードなので,物品を購入する時にはサインが必要だし,少額の利用には向かない。

関西圏では2003年に共用カードが登場

 このよう首都圏ではすぐに実現しそうにない,乗車券用カードとなんでも買える電子マネーの一体化だが,関西圏ではこれが2003年度に実現する。

 関西圏では,「スルッとKANSAI協議会」が中心となって磁気式のプリペイド・カード「スルッとKANSAI」対応カードを36社・局で発行している。首都圏のパスネットカードのようなものである。

 スルッとKANSAI協議会を運営する株式会社スルッとKANSAIは,次世代のカードとして非接触型ICカードを2003年度中に発行する。技術的にはSuicaやEdyと同じFeliCa を使っている。当初,阪急電鉄と京阪電気鉄道が対応し,他の会社・局も設備更新のタイミングに合わせて順次導入していくのだという。

 「JR西日本でも利用できる方向で話を進めている」(同社ICカードプロジェクトチームの花岡敏和マルチモーダル担当課長)というから,1枚のICカードで関西圏の公共交通機関を乗り降りできるようになるのだ。

後払いにして一体化を実現

 肝心の1枚のカードで物品購入も,という点についてはどうか? これは今までにない方式でクリアしようとしている。EdyにしてもSuicaにしても,予めカードにお金を入れておいて,利用時に引き落としていくプリペイド・カードだったが,スルッとKANSAIのICカードは“ポストペイ”すなわち後払い方式を採用する。1カ月分の物品購入金額を合算して,銀行口座から引き落とすのである。後払いだから,Edyのように前払い式証票の規制等に関する法律に従って,供託金を納める必要はない。

 クレジット・カードのようではあるが,「クレジット・カードと競合する気はない」と花岡マルチモーダル担当課長は言い切る。クレジット・カードは利用時に原則サインが必要である。また限度額は利用実績に応じて,数十万円から数百万円となる。しかし,スルッとKANSAIのICカードはEdyのようにサインいらずで使える。利用限度額は数万円に押さえて,少額決済を狙う。鉄道各社の関連店舗からまず使えるようにしていく。

 ただし,口座引き落としのために,銀行口座の登録が必要で,EdyやSuicaのようにお金を出せばすぐにカードを手にするわけにはいかない。発行には数日かかってしまう。そのため「クレジット・カードでやっているような即日発行ができないか研究している」(花岡マルチモーダル担当課長)。

 なお,乗車券として使った場合は,残高が少なくなったら,改札機で自動的に2000円程度を口座から引き落として,運賃に充てる仕組みになっている。つまり,いったんカードを持ってしまえば,新しいカードを買ったり,追加入金したりといった手間がいらずに,公共交通機関や店舗で使えるようになるのだ。なんとも便利なカードが誕生しそうである。

命名方針に見る協議会の“大志”

 このカードの名前はまだない。「“KANSAI”や“カード”は付けたくない」と花岡マルチモーダル担当課長は言う。その心は,KANSAIと付けると関西圏でしか使えないイメージが付いてしまうが,ゆくゆくは全国的に使えるものにしたい。また,カード式でなく,携帯電話や腕時計にカードの機能を入れ込むこともあり得るので,○○カードという名前にはしたくないのだそうだ。

 果たして,どんな名前で登場するのか。全国でなんにでも使えるという便利なICカードが実現するのか。そして財布や定期入れにあふれていたカードは,すっきり1枚になるのか。これからが楽しみである。

(和田 英一=IT Pro副編集長)